そしてすんなり突入
……さて、蝶香たちのチームはどうなのか。
「蝶香。悪かったな」
「ううん、気にしないで」
打ち合わせのときに、フェアリーは蝶香へ謝罪していた。夜朗と別のチームにしてしまったからだろう。
「エディとスティがあんな調子なのは確かに困るし、仕方ないって割り切ってるわよ。そりゃ、何があるか分からない仕事だけど、少しくらい離れてても問題ないわ」
「……そうか。助かる」
思ったよりも聞き分けのいい妹に、フェアリーは素直に感謝した。……彼女だって夜朗とは離れたくないだろうに、よく我慢しているものだ。
「っていうか、悪いのは私じゃなくてエディだから。私のせいにしないで頂戴」
「何寝言を……いや、どうせ無駄か」
「そうね。不毛なだけだから、止めておきましょう」
そんな二人に文句を言うスティだが、フェアリーたちはまともに相手をしない。それより、優先すべきことがあるのだから。
「それで基本方針だが。施設に侵入後、二手に分かれたら、俺と蝶香で内部の「キャプチャー」共を制圧。囚われた魔族を解放し、スティが壁をぶち破って脱出。詳細な行動は通信で指示を受けつつになるが、問題は連れ出した魔族の護衛と、連れ出すまでの防衛だな」
「そうね。事情を説明しないと出てきてくれないだろうし、数が多いと護衛も大変だから。多分、牢屋みたいな場所に囚われているんだろうけど……入り口を抑えられると面倒だから、防衛は二人で、説明は一人だけが無難かしら?」
「その場合……説明するのって、もしかして私?」
「だな」
「そうね」
打ち合わせの中で、誰かがやらなければならない説明役。囚われた魔族に事情を話す役割は、スティが候補となった。
「だって、スティは単体戦闘能力ほぼゼロだし」
「だな。俺や蝶香の風魔法は足止めに向いているが、お前のは対人よりも対物向きだ。足止めは俺たちに任せて、魔族をしっかり説得して来い」
「うっ……私、そういうの苦手なんだけど」
「細かいことはどうでもいいのよ。要はさくっと説明して引っ張ればいいんだから。一応、残りたい人は残すってことだけど」
「簡単に言うわね……」
なんだかんだで、説明役はスティで確定。……っていうか、壁抜き役なのに戦闘力皆無なのか? 対物ってことは、人相手には使えない危険な攻撃でもあるんだろうか? それで対人戦闘ができないとか。
「じゃあ、引き受けるけど……その代わり、やっぱり防げませんでしたって言うのは駄目よ?」
「分かってる」
「大丈夫よ。私たち兄妹を信じなさい」
「だったらいいけど……」
そうして、エディチームとは対照的に、こちらは役割分担がしっかり決まるのだった。
◇
……そして、とうとう作戦決行となった。
「さ、行くわよ。私の部下はもう配置に着いてるわ」
「ええ」
グナリの指示を受け、一同は移動を開始。手入れのされていない林を抜け、目的施設の近くまでやって来た。
「アルフ。状況はどうなってるの?」
「あ、グナリ! 助っ人連れてきたの?」
そこでグナリが合流したのは、赤毛の少年だった。あどけない顔立ちと華奢な体躯。恐らくはまだ十代前半であろう彼は、グナリの顔を見るなり嬉しそうな表情を見せた。
「いいから状況説明」
「あ、うん……。えっと、全員配置について、待機中だよ。いつでも突入できるよ」
「そう。じゃあ、十分後に動くわよ」
そんな少年に、グナリはあくまで簡潔な用件しか言わない。素っ気無いが、状況を考えれば当然だろうか。
「全員に通達。十分後に陽動開始。精査班はそれぞれ事前通達した回線に通信を絞って。今後は通信係を経由して報告するように。それから、事前精査の結果も報告させなさい」
「う、うん、分かった……」
グナリの指示を受け、少年は通信機と思しきカードで連絡を取る。そうして、作戦実行のときは徐々に近づいていった。
◇
……十分後。
「……陽動開始! エディ、突入して!」
「了解です!」
グナリの指示を受け、エディたちは施設の前まで走った。そして、近くの茂みに身を隠し、そっと様子を窺う。
「陽動はうまくいってるみたいですね……」
見れば、施設の前では数人の魔族が暴れていた。マーメイドの少女が水の魔法で壁を濡らし、警備員の気を惹いている。彼女を捕らえようとしたのか、中から数名の人間―――いや、どうやら魔族らしい―――が出てきて、マーメイドの少女のほうへ駆け出す。獣人タイプの魔族がマーメイドの少女に爪を伸ばすが、彼女は水の魔法で迎撃。水の塊をぶつけて吹き飛ばし、蛇のようにゆるゆると逃げ出した。マーメイドの少女を追って、魔族たちは施設を離れていく。
「……これで、警備は大分手薄になりましたね」
「だな。見たところ、入り口の警備員はただの人間っぽいし。拳銃で武装してるから、気をつけないとだがな」
「それなら私がやるわ」
蝶香は茂みの陰から風の魔法を発動。風の塊で殴りつけて、あっさりと警備員を昏倒させる。
「……にしても、大きな施設ね」
侵入する準備が整って。スティが漏らしたのは、施設の外観についてだ。……打ちっぱなしのコンクリートで覆われた「キャプチャー」施設は、とにかく巨大だった。愛美ならば、まるで小学校の校舎のように思っただろう。校舎と違う点があるとすれば、一階建てであることと、窓が全くないことだろうか。
「どうやら、入り口から少し行ったところで左右に分かれるみたいです。右は私たちが行きますから、フェアリーたちは左をお願いします」
「了解」
分担を決めつつ、エディたちは施設に侵入する。内部にも何人か人間がいたが、姿を見られる前に蝶香とフェアリーが昏倒させる。そうして進んでいき、やがて分岐点に差し掛かった。
「それでは行ってきますけど……フェアリー、私がいなくても大丈夫ですか?」
「当たり前だ。スティも蝶香もいる。心配するな」
「私は心配です……スティがフェアリーに変なことしないか」
「するわけないでしょ!? エディこそ、新人にみっともない姿見せないで頂戴」
「スティにだけは言われたくありません」
「もう既にみっともないからな、二人とも」
分かれる寸前。エディとスティは案の定、喧嘩を始めてしまった。……班を分けて正解だったな。
「……フェアリー、さっさとスティを連れて行ってくれ」
「了解した」
「夜朗、気をつけてね」
そうして彼らは、それぞれの担当区画へと移動していった。




