ヒロイン追加だけど、もうスカはないから安心して
◇◇◇
「その後、人類は魔族に対する考え方の違いから、三つの組織に分かれました。「魔族は人類の脅威として、速やかに排除すべき」と唱えたのが、「キラー」です。旧アメリカ合衆国や、私たち日本も「キラー」に賛同しています。対して、「魔族の力は人類にとって貴重な財産であり、有効活用すべき」と主張しているのが「キャプチャー」です。これにはアジア大陸の国家が参加しています。最後に「魔族は人間ではないが、高等な知能を持った動物であるため、保護するべき」としたのが、「ガーディアン」です。これはヨーロッパ諸国が賛同し―――」
場所は変わって、小学校の教室にて。ここでは歴史の授業が行われていた。テーマは「「ノア・ディザスター」後の人類の歴史」だ。魔族に対処するため一致団結したはずの人類が、考え方の違いによって別々の組織を結成するという内容。……いつの時代も、似たようなことはあるものだな。
「……」
とはいえ、その辺りのことは現代っ子からすれば常識の範囲なので、今更丁寧に説明する必要はない。故に、児童たちはまともに授業を聞いておらず、内職しているか、居眠りしているかだった。
「……先生」
「はい、愛美さん」
しかし、勉強熱心な奴も一人くらいはいるもので。女児が一人、手を挙げて質問していた。……茶髪ツインテールの女児で、色素の薄い銀色の瞳はアンニュイな雰囲気を漂わせている。小学生にしては大人びている少女だな。
「「キラー」は、魔族をどうするの?」
「え? え、えっと……私たちの生活を脅かす魔族を速やかに排除して―――」
「つまり、殺すの?」
「え、えっと……」
しかし、彼女の質問に、教師はタジタジになっていた。……さすがに、小学生に「殺す」という言葉を遣うのは抵抗があるのだろう。とはいえ、「キラー」は英語で「殺人者」という意味なのだが、日本語だと印象が変わるのか。
「殺すの? 人間だったのに?」
「えっと、その……」
食い下がられても、教師はその質問には答えられず。結局、その授業は彼女の質問だけで終わるのだった。
◇
「……はぁ」
「また溜息吐いてるのか?」
授業が終わって。職員室で項垂れているのは、先程の教師。同僚教師の突っ込みによると、これは日常的な光景のようだ。
「だってぇ~! 三夜愛美さん、いっつも授業で痛いところばかり突いてくるんですよぉ~!」
「そういう子供はたまにいるぞ。勉強だと思ってしっかり苦労しておけ」
「ひ~ん!」
相談するも、同僚にはそう一蹴されて、教師は悲鳴を上げた。……どうでもいいが、いい年した大人が出す声じゃないだろ。「ひ~ん!」って。
「彼女はちょっと大人びてるだけだろ。お前がちゃんと大人らしく振舞えば、大丈夫なはずだ」
「大人らしく……」
「まあ、無理だろうけどな」
「そんなぁ~!」
同僚の意見に同意。まだ学生気分が抜けていないのか、この教師の態度は子供のままだった。これでは子供に舐められるだろう。
「うぅ~……」
しかし。それを考慮しても、あの愛美という少女は変わっているように思えるが。
……その頃、夜朗たちは。
「それで、宿の当てはあるの?」
「ない」
「ちょっと」
宿泊先の相談をしていた二人。しかし、夜朗が堂々と放った言葉に、蝶香は一気に不安になった。
「まあ、ある程度狙い目のところはあるさ」
「……どこよ?」
「民宿。それか、出来るだけ、もぐりっぽいところ。そういうところなら、電子的な照会はされないだろうから、あれが使えなくても問題ない」
「ああ、なるほどね」
夜朗の意図を理解して、蝶香は安堵した。……どうやら彼らは、普通の宿には泊まれないらしいな。
「じゃあ、行くか」
「ええ」
そうして彼らは、近くの町に入った。
◇
……そうして彼らは、町の片隅にある小さな宿にやって来た。木造の古い外観で、観光客向けのリーズナブルな値段設定。しかも、正式な届出は出していないようだった。行政からの営業許可を示すマークがないことからも、それが窺える。
「宿泊、二名でお願いします」
「あら、お若い二人だこと。カップル?」
「いえ、姉弟です」
「あらー、仲良しなのね」
応対してくれた店主は、中年の女性だった。悪人とかではなく、自宅の余ったスペースを宿として提供しているお人好しって感じだな。
「この町へは観光で?」
「ええ。お互い試験休みで、ちょっと遠出しようってことになって。ここは大きな港がありますから」
店主と話しているのは蝶香だった。即興で出鱈目を並べて、「仲の良い普通の姉弟」を演じる。
「同じ部屋でいいのよね?」
「ええ。問題ありません」
「部屋にはシャワールームがあるけど、それとは別に大浴場もあるから。それと、夕食は六時から。朝食は七時からね」
「はーい」
鍵を渡されて、二人は一緒に部屋へ入った。部屋には簡素なベッドが二台のみ。壁の扉は、シャワールームに通じているのだろう。
「……ふぅ。久しぶりにゆっくり座れるぜ」
「全くね。シャワーも浴びれるし、布団で寝れるし、まともな食事も出るわ」
二人は部屋に入った途端、ほっと一息吐いた。長い間密航していたので、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているのだ。
「先にシャワー浴びていい? 早く体を洗いたいの」
「いいぜ」
お漏らししたから、余計にな。なんて言葉は飲み込んでおいた。口は災いの元。余程のことがないなら、余計なことは言わないべきだ。夜朗はそれを、体で覚えていた。
「何か、失礼なこと考えてない?」
「き、気のせいだろ……?」
「そう? ならいいんだけど」
しかし、蝶香は意外と勘が鋭かった。危うく、またもや口論になるところだったな。
「じゃあね」
「ああ」
シャワー室に入る蝶香を見送る夜朗。彼女の姿が見えなくなって、彼は安堵した様子でベッドに腰掛けた。
「……ったく、蝶香の奴。今日は「女みたい」だったな」
一人になって。夜朗は小さな声で呟いた。……夜朗は普通の人間だが、蝶香という少女は違う。彼女は魔族だ。それも、「対極者」という特殊な魔族。この種族は、外見も基本的な体の構造も人間と同じ。しかし、一つだけ違うところがある。
「船に乗る前は「男っぽかった」から、油断してたぜ」
それは、ホルモンの影響を受けやすいということ。例えば、男性ホルモンが多いときは男性的に、荒々しく、好戦的になる。逆に女性ホルモンが多い場合は、しおらしくなったり、受身になる。蝶香の場合、男性ホルモンが多いと豪快で物怖じしなくなり、お漏らし程度では動じない。逆に女性ホルモンが多いと、気が強いのはそのままに、恥じらいが出てきて清潔さを求めるようになる。
「まあ、今更「男になる」よりはマシだけどさ」
また、ホルモンバランスが極端に偏ると、カクレクマノミのように性転換する。それもこの種族の特徴だ。今のところ、蝶香はずっと女性体だが、場合によっては性転換するかもしれない。
「……ったく、どっちかに固定してくれればいいのにな」
冗談ではなく割と本気で、夜朗はそう思った。しかしながら、それが彼女のアイデンティティであり、今更普通の人間になっても嬉しくないのだが。少年の心は複雑なのである。