突然ですが、お漏らしです
※このページはスカトロ表現があります。苦手な方はご注意ください。
……目が覚めると、そこはパンツだった。
「……」
いや、間違えた。目の前にパンツがあった。粗悪な布で作られた、薄汚れた白のパンティ。使用者が何日も穿いてるのか、若干臭い。これでも一応女物なのだが、黄ばんでいるし、色気も何もあったもんじゃない。
「……つーか、何故こうなった?」
少年―――夜朗は、素直な気持ちを口にした。さて、状況を整理しよう。……まず、彼が今いるのは、救命ボートの中だ。といっても、別に海の上をプカプカ浮いているわけではなく、大きな連絡船に備え付けられたボートである。何でそんなところにいるのかといえば、彼らは密航している真っ最中で、他に居場所がないからだ。船員や乗客に見つかれば、海の上では逃げ場もない。海に落とされたら一巻の終わりだった。
「……で、蝶香と一緒にここに入って、どうしてこうなってるんだ?」
救命ボートではあるが、実際はただの木製ボートである。上に麻布のカバーが被せてあるが、元々粗雑なのと、潮風で隙間が出来ていることで、明るさは十分だった。それ故に、この惨状になったわけだが。
「……蝶香の奴、寝惚けてるのか?」
夜朗と一緒に密航しているのは、蝶香という少女だった。夜朗よりも一つ年上の十六歳で、彼の姉貴分だった。彼女と夜朗はとある事情から、この連絡船で密航しているのだが……どうやら、この蝶香という少女は寝相が悪いらしい。決して広くはないボートの中で、この奇跡的な体勢を作り出すくらいだからな。パンツの上にズボンなりスカートなりを穿いていたはずだが、それも脱げているくらいだ。
「っていうか、これをどうにかしたいんだが……」
夜朗とパンツの距離は、およそ十センチ。顔を埋めようと思えばそう出来るし、逆にしたくなくてもそうしてしまいそうな間隔だな。
「これ、ばれたら殺されるよな」
正直、臭いし汚いし、見れてもあまり嬉しくないパンツなのだが。このタイミングで蝶香が目を覚ませば、夜朗は良くて半殺し、下手すれば本当に殺されるかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。しかし、下手に動けば彼女を起こしてしまう。いっそ、このまま寝た振りをして、彼女が自発的に退くのを待つか。―――しかしながら、そんな悠長なことは言っていられなくなった。
「……ん? ちょ、おい、まさかっ……!」
言うなれば、それは予感だった。直後に来るであろう最悪の事態に、夜朗は自分が密航者だということも忘れて、思わず悲鳴を上げそうになった。尤も、実際に上げることはなかったが。
「……っ!」
何故ならば、パンツの向こう側から漏れ出した液体で、夜朗の口が塞がれてしまったからだ。鼻を突くような異臭を放つ、黄金色の液体が、パンツから染み出して、夜朗の口に注がれる。
「~~~!」
それはかつて、一部の男たちから「聖水」と呼ばれ崇められたものだったが、夜朗にとってはただの不快な液体に過ぎない。そんなものを起き抜けに飲まれて、夜朗の意識は遠のくのだった。
◇
……それから数十分後。船は無事に港へ到着した。
「うぅ……なんてことなの。まさか、夜朗の前で、あんなことを……」
港の隅っこ、貨物を保管する区画にて。汚れたパンツを海水で洗う少女が、顔を真っ赤にしてそう呟いていた。先程汚したパンツだろう。
「どっちかって言うと、俺は被害者だよな?」
「うるさいわねっ! 乙女に恥かかせたんだから、そのくらいは当然の報いよっ!」
夜朗は彼女に怒鳴られながら、赤く腫れ上がった頬を押さえる。どうやら、少女に殴られたらしい。寧ろ、それくらいで済んで良かったのかもしれないが。
「恥も何も、俺と蝶香は裸の付き合いもしたことあるんだから、今更だろ?」
「子供の頃と一緒にしないでっ!」
洗濯は終わったのか、蝶香は立ち上がり、パンツのを絞って水気を落としている。……色素の薄い灰色の髪に、瞳の色も灰色の少女。身長は夜朗よりも高く、細身のスレンダーな体型だ。肩に掛かるくらいに伸びた髪は、エメラルドグリーンの色調が目立つ、蝶型の髪留めで纏めていた。顔立ちは端整だが、今は怒りのために表情が歪んで、折角の美少女が台無しである。
「いくら何日も隠れてないといけないからって、トイレくらい隙を見て行けよ。それか、海に直接垂れ流すか」
「そ、そんなこと言っても……ここ数日くらい、妙に巡回が多かったし。それに、海に垂れ流しなんて真似、出来るわけないでしょ?」
「それで俺に引っ掛けてたら世話ないな」
「何ですって!?」
激しい口論を繰り広げているが、元々人気のない区画だからなのか、港の職員や作業員などがやって来る気配はない。とはいっても、自分たちは密航してきたのだから、あまり騒がないほうがいいと思うのだが。
「つーか、早くしてくれよ。宿の手配をしないと、野宿になるぞ?」
「……ったく、分かったわよ」
しっかり水気を絞ったパンツを、蝶香は背中のリュックサックに仕舞った。……因みに、彼女は既に新しいパンツに履き替えているので、ノーパンではない。例えノーパンだとしても、ジーンズを穿いているので、大事な部分が見えることはないが。
「さ、行くわよ」
「ああ」
蝶香はリュックサックを背負い直し、夜朗はロッドケース(釣竿を仕舞うケース)を肩に掛ける。そして、彼らは港を後にした。
◆◆◆
……西暦二〇九〇年、世界が大きく変わった。テクノロジーを飛躍的に進化させた人類は、通称「禁忌の三大実験」―――「小型ブラックホールの発生実験」、「空間から素粒子への相転移実験」、「地球の自転・公転からのエネルギー抽出実験」といった、最先端研究の実験を同時多発的に行った。
実験の結果、生じたのは実験場の壊滅。それだけで済めば良かったのだが、現実派それほど甘くなかった。実験により生じたのは、空間の歪みと、地球の自転・公転速度の変動。それにより、世界は大混乱に陥った。磁場や電場が歪んだためなのか、世界中の電子機器が全滅。地球の自転・公転速度の変化により気候も変動し、生態系にも大きな影響を与えた。
そんな中、各地で特殊な人間が出現するようになる。背中から翼の生えた鳥人、下半身が鱗に覆われた人魚、体組織を組み替えて姿形を変えられる変化妖怪など。更には人間離れした能力を行使する者まで現れた。彼らは魔族と呼ばれ、人間社会から爪弾きにされ、或いは殺され、或いは奴隷のように扱われ……ともかく、混迷を極める人間社会において、唯一の目標となった。
「新たな脅威である魔族に、団結して対処する」という指針を手に入れ、魔族という共通の目標を得た人間たちは、世界を再構築していくのだった。
この一連の流れは後に「ノア・ディザスター」呼ばれ、教科書にも載る有名な出来事として、歴史上の重大事件として、語り継がれるのだった。