序章『まだ、始まらない』
ほんと黒歴史。読んでくれたら嬉しいです。
冷たい粒を傘で弾く音がした。
すっかりクリスマス一色に染まった街のイルミネーションの光を反射させ、ゆらゆらと雨がアスファルトへと無数に落ちていく。
賑わう人々が同じように傘をさし、同じように楽しげな表情を浮かべて交差点を渡り歩く。
きっと誰も雨の冷たさになど気づいていないのだろう。
寒さを呟く者はおれど、冷たさを口にする者はいない。
しかし彼女は違った。
彼女は他の人とは違った、どこか哀しい表情を浮かばせ、傘を文字通り忘れ信号を待っていた。
やがて赤色が消え、緑色へとかわる。
歩き出し、交差点の真ん中に立ち尽くした彼女は、まるで世界中の不幸を背負ったかのような声でこう呟いた。
「冷たいなぁ────」
そして全ては始まった。
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『昨夜、渋谷にて発生した無差別殺傷事件ですが、犯人の情報はいまだ────』
12月25日。煩わしい程の快晴に恵まれた空とは裏腹に、テレビの画面は凄惨な事件を映し出していた。
画面には『渋谷無差別殺傷!消えた犯人の行方!?』と文字。専門家が犯人について熱弁しているが、スタジオの誰もが聞き流していることが容易に想像できる。
退屈そうにどこか別の場所を見ている者、次の原稿を確認する者。専門家の男の言葉は彼らの耳には届かないようだ。
『・・・・・・・・・以上の理由より、この殺傷事件の犯人は女性、それもかなり若い女性であることがわかりますねぇ。』
やれやれ、といった別の専門家の溜め息がテレビ越しに聞こえてくる。彼女もまた、男の意見に呆れているのだろう。
テレビの向こう側が疑念で満たされ、僅かながらに沈黙が流れる。そのやや重い雰囲気を察したのか、司会者の男が素早く別の話題へと移った。
『では次の────』
司会者が繋ぎの言葉を言い切る前にテレビを切り、誰もいない室内に彼は声を飛ばした。
「行ってきます」
マフラーを巻き、イヤホンをあてる。
結露に濡れたドアノブに手をかけ、冬の朝を再認識した。
そして確認するかのようにもう一度ポツリと言う。「行ってきます」と。
凍えそうなクリスマスの朝。
空は綺麗すぎる程に蒼く澄み渡っていた。
彼には知る由もなかった。
意味なく流れていた、ただのニュース番組が大きく彼に関わることになるなどとは────────