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妻のセイナさんが仕事に出て間もなく、彼女からアマナギ図書館に電話がかかってきた。
図書館のカウンターに座っていたフォレスさんはパソコンと外交関係の書類をわきにどかし、受話器を取る。
「フォルさん、ごめんなさい。サンタ役の人が風邪を引いて急に来られなくなったの。フォルさん、今日はどこにも出る予定はなかったわよね? サンタの代役をお願いしたいの」
受話器の向こうのセイナさんは焦った様子だった。
訳が分からないながらも、夫のフォレスさんはうなずく。
「わかった。サンタ、という役を引き受ければいいわけだな?」
セイナさんの声は明らかにほっとしたようだった。
「ありがとう、フォルさん。じゃあ、十時に保育園に来てくれる? そのクリスマス会でサンタの格好をしてプレゼントを配って欲しいの。お願いね」
用件だけ言って電話は切れた。
受話器をおろし、フォレスさんは考える。
「サンタ、と言う名前からして、恐らくはこの世界の男性の名前なのだろう。だが、サンタとは一体何者で、どんな役割を持った男なんだ?」
フォレスさんは腕組みをして考え込んだ。
そこはフォレスさんの趣味で世界中の蔵書を集めたアマナギ図書館である。
サンタについて書かれた本も山ほどある。
フォレスさんは本に書かれている内容を読み、一応は理解した。
「この世界の、この国で祝われるクリスマス、という日に頻繁に出没する、赤い服を着た老人の名前が、サンタ、と言うのか。ある記述によると、クリスマスの夜に子どものいる家の煙突から不法侵入し、子どもの枕元にプレゼントを置いて去っていくと書いてある」
フォレスさんは本から顔を上げ、眉をひそめる。
「どこの泥棒集団だ? しかもこのサンタの乗り物は空飛ぶトナカイの引くソリときている。空を飛んで不法侵入を繰り返す犯人を、人間の警察が捕まえられる訳はないだろう。これはこの国の警察と協力して、サンタを早急に逮捕しないとな。こんな怪しげな老人をいつまでも野放しでは、子どもたちは安心して夜も眠れないだろう」
すっかり勘違いしてしまったフォレスさんだった。
そこへケルベロスのカルーアと、ケットシーのにゃんたまがやってくる。
フォレスさんが呼んでいるクリスマスの絵本に目を留める。
「ご主人、何を読んでいるのですか?」
「これ知ってる。クリスマスの本だにゃん」
にゃんたまは得意そうに言う。
「クリスマス? クリスマスと言うと、神の子の誕生を祝う日のことですか?」
カルーアが首の一つを傾げる。
「そうにゃん。おいしいごちそうが沢山食べられる日だにゃん。セイナさんも、昨日からおいしそうなごちそうの準備をしてたにゃん」
カルーアとにゃんたまは二匹で楽しそうに話している。
「そしてサンタのおじさんが、良い子にプレゼントをくれるにゃん。セイナさんも良い子にしていたら、あたし達にプレゼントがあると言っていたにゃよ?」
「プレゼントですか。それは楽しみですね」
盛り上がる二匹の会話を聞いて、フォレスさんは怪訝な顔をする。
「サンタは不審人物じゃないのか? そいつがどうして良い子にプレゼントをくれるんだ?」
考えてみれば妙な話である。
サンタという老人は、なぜわざわざ捕まる危険を冒してまで不法侵入をし、子どもたちにプレゼントを贈るのだろう。
フォレスさんにはその理由がわからなかった。
カルーアとにゃんたまは顔を見合わせる。
「ご主人、何か大きな勘違いをされているようですね」
「サンタさんは悪い人じゃにゃいですよ?」
二匹とも捨てられたり、野良だったりしたものの、元はこの世界で育ったために、ある程度の常識を踏まえていた。
サンタを知らないフォレスさんに一から説明した。