フォレスさん視点
色々あって、俺ことフォレス・ノーステッドは、春にセイナ・アマナギと結婚した。
セイナは魔族の俺と違って人間だが、世界と世界を渡ることのできる空間術師で、様々な言語に精通している。
俺は外交官という仕事を任されているが、セイナにその交渉に同行してもらっている。
正直に言うと、俺はセイナと結婚したことを少し後悔している。
俺たち魔族の公爵家には特殊なしきたりがあって、次の当主を決める時には、他の親族を殺さなくてはならない。
その代替わりの儀式に、彼女を巻き込んでしまうのではないかと、心配している。
少し前に公爵家の当主に就いたエルトも、姉のレヴィアを殺したことをひどく気に病んでいるようだった。
公爵家の仕事はきっちりこなしているようだが、あいつは元々一人で抱え込んでしまう生真面目な性格なので、今度様子を見に行こう思っている。
エルトと対照的なのは、軍部を預かるレイルの奴だ。
あいつは親族を皆殺しにしてさっさと公爵家の当主の座に就くと、軍部を自分の好きなように作り変えた。
自分の命令に従う部下を重要な位置に配置し、意を唱える者を重要ではない位置に追いやった。
その自分勝手な配置換えに、爵位を持つ者からは不満の声が上がった。
けれどレイルそれを黙殺し、未だに軍部の頂点に君臨している。
もしもの時は、俺とエルトがあいつを止めなければならないが、今のところは大きな戦争を起こす気配もない。
しばらくは様子見、と言ったところだろう。
また変なことを考えていないといいが。
俺の方は、外交の仕事の傍ら、小さな街の片隅で私立の図書館を開いている。
趣味で世界中の本の収集をしているので、一部の本をこちらに持って来ているのだ。
いわば、自分の本棚代わりに図書館を開いている、というところだ。
セイナは、近所の保育園に保育士として通っている。
図書館の隣にある貸家で、セイナの拾ってきたケルベロスのカルーア(セイナ命名、毛の色がカルーア酒に似ている、からだそうだ)と、ケットシーのにゃんたま(俺命名、セイナには変な顔をされたが、たま、というのは、この国の猫の名前では一般的だそうだ)の四人で暮らしている。
「ご主人たちは、つがいになったというのに、子どもは作らないのか?」
「折角つがいになったのに、それじゃあ面白くないにゃんよ?」
などとカルーアとにゃんたまからそれぞれうるさく言われるが、すべて無視している。
「これでも食ってろ」
夕食の料理で食べた骨を放り投げると、見事にキャッチするカルーア。
足元にいるにゃんたまに魚の残りをあげると、うれしそうに食べ始める。
こんなところはまだまだ獣だな、と俺は溜息を吐く。
「もう、フォルさん。二人をあまり甘やかさない下さい。ペットフードを食べなくなります」
テーブルの向かいに座り、お茶を飲んでいたセイナは不満そうだ。
「そう言うお前だって、時々料理の残りをやってるだろう?」
俺がそう言い返すと、セイナは何も言えないようだった。
セイナは頬を膨らませつつも、無言でうなだれる。
「すみません」
「別に責めている訳じゃない。こいつらも年を経て力をつければ、いずれ人化するだろう。そうなれば、人と同じものを食べても構わないはずだ」
するとセイナは魔獣の特性を知らなかったのか、目を丸くする。
「人化って、人の姿になるのですか? この二人が?」
うれしそうに骨を食べている二人をまじまじと見る。
「知らなかったのか? てっきり知っていると思ったが」
「この二人が人の姿に」
セイナは椅子から立ち上がり、骨を食べ終わったカルーアの顔を見る。
その首の一つに抱き着く。
「カルーアも人になるのですか? 今でも十分美犬ですが、さぞかし美形さんになるんでしょうね~」
ぎゅっと抱き着き、その頭を撫で繰り回す。
出た、飼い主馬鹿。
俺は口には出さずに、ただ黙々とお茶を飲んでいる。
「にゃんたまは、どんな美女になるんでしょうね? 今から楽しみですにゃ」
猫なで声になる妻のセイナを見つつ、俺は小さく息を吐き出した。
「世はこともなし、か」
俺は我が家の平和を噛みしめる。
静かに夜は更けていった。