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とある、休日?

 年明けの忙しさも一段落したその日。私は土曜出勤の代休で、昼から半日の休みを取っていた。

 市役所のあるターミナル駅で、二時からの映画を一本見て。

 軽くお茶でも飲もうと、近くのコーヒーショップに入る。


 タイミングよく空いた二人掛けの席をキープしておいて、ミルクレープとカフェオレのセットを買った。

 そして、カフェオレを一口飲んでから、さっき見た映画のパンフレットを取り出す。

 テレビでしていた宣伝に惹かれて、見ることにした映画だったから、主役の俳優さんを初めて見たけど。なんていうか……キレる表情が凄かったなぁ。それも、想い人を奪われた復讐で、ってのが、見ていて悶えるほど素敵だった。


 あー。あんな風に、誰かに想われるって、どんなのだろう。



「だから。お前もいい加減にさぁ」

 テーブルの横に置いてある大きな鉢植えのポトスの影から聞こえた声に、現実に引き戻される。

 もうちょっと、静かに話せばいいのに。

 内心で、文句を言いながらミルクレープにフォークを入れる。

「だって……」

「そういうキャラの子、だっただろ? 元々」

「……もう、別れるしか……」

「諦めろって」

 なんて会話を、なんて所で。

 聞く気なんてないのに、盗み聞きをしているような後ろめたさを感じた私は、頭を一つ振って、パンフレットに目を戻す。 


 でも。だんだんと声が高くなる会話に、戻したつもりの視線は文字の表面を撫でるだけになってしまって、内容が頭に入らない。



「トラ。だから、さ。それは、縁ってことだろ?」

 ん?

 トラ?

「ヤマショウだって、分かるだろう?」

「分かるけどさぁ。分かるからこそ、いつまでも泣き言を言ってるな、って言うんだろ」

 あー。

 これは……。


 虎太郎と小山くん、か。



 どうしようもない居心地の悪さに、早々に立ち去ろうとパンフレットをしまって。残っていたミルクレープを急いで片づける。

 冷めたカフォオレを飲んでいる私の耳に、虎太郎の鼻が詰まったような声が聞こえる。

「諦められるわけないじゃん。高校から、なんだぞ?」

「それは、お前。一方通行ってのがだな……」

「だって……」

 ああもう。虎太郎。

 もうちょっとで、出ていくから。

 人目もはばからずに泣くのは、それからにして。


 そっと音をたてないように立ち上がる。

 カバンを手にして、空いた手をトレーに伸ばしたところで

「あれ? 紀美さん?」

 名前を呼ばれた。


 小山くーん。人が気を使っているのが、判らないかなぁ?


 ため息を押し殺して返事をして。 

 ポトスの向こうへ顔を出す。

「紀美ちゃん……」

「どうも」

 真っ赤な目をした虎太郎が、床に目を落とす。  

 けっして大きいとは言えない体を縮ませてるその姿に、目のやり場に困る。

 困っているのに。

「ほら、紀美さん。座って」

「いや、私もう帰るし」

「まあまあ、そう言わずに」

 あからさまに『助かった』って顔で、小山くんがさっきまで私が座っていた席から椅子を一つ引っ張ってきて、自分が座っていた椅子の隣に置く。

「紀美さん、何飲む?」

「だから。私、帰るって」

「迷惑料だから、トラのおごり」

 遠慮せずに、どうぞ、とか言いながら、小山くんがジーンズの尻ポケットから財布を取り出す。


 仕方ない。行き合わせたのも何かの縁、か。


 遠慮なく、ブレンドコーヒーをお願いする。注文カウンターに向かう小山くんの後ろをついていくようにして、さっきのトレーをひとまず片づける。

「トラが、彼女とケンカしたらしくって。落ち込んでるから」

「……知ってる」

「聞いた?」

「聞こえたの! あんな大声で話してたら、丸聞こえ」

「あー」

 苦笑いをこぼした小山くんが、ポリポリと頭を掻く。


 自分の分のお代りも買ってきたらしい小山くんが、コーヒーを前に改めて話してくれたことによると。

 虎太郎の高校時代、同じ部活の一学年上にめちゃくちゃ格好いい先輩がいて。その先輩に夢中になっている女の子に、虎太郎は片思いして。

「先輩が卒業して、やっと付き合えるようになったその彼女が、いわゆるミーハーな子で」

「はぁ」

「シーズン毎、くらいの頻度で次々と芸能人に熱を上げてるわけ」

「へぇ」

 気のない相槌を打ちながら、コーヒーに口をつける。


「で、この春?」

「うん」

 確認するような小山くんの言葉に、小さく頷いた虎太郎が話をひきとる。

「その先輩のバンドが、メジャーデビューするらしくって」

「ほぉ」

 身近で、そんな話題が出るとは、夢にも思わなかったなぁ。

「もう今から、彼女はなんだか浮かれててさぁ」

 すっかり冷めたようなコーヒーを、意味なくスプーンでかき混ぜている虎太郎が、ため息をつく。

「それで?」

「ばかばかしい、止めろって言って……」

 ケンカに、なったらしい。


「今まではスルーしてたクセに、急に咎めたりするからだろ?」

 スンスンと鼻をすする虎太郎に、腕組みを解いた小山くんが呆れたような声をかける。

「だって……」

「だから。そういう子だって、諦めたらいいだけだろ? べつに、お前と別れて、先輩と付き合うとか言ってるわけじゃなし」

「でも、やだ」

 『やだ』って……幼稚園児か。


「なんで、今回はスルーできなかったわけ?」

 そう尋ねると、虎太郎は口を尖らせて。

「実物を見た事があるだけに、なんていうかさぁ。存在がリアル、なんだよ」

「リアル?」

「うん。今まで彼女が夢中になっていたアイドルとかは、ほら、テレビでしか見た事ないじゃん? だからドラマの主人公が実際には存在しないように、作られた偶像、を見てる感じで」

「偶像、ねぇ」

 確かにアイドルを訳すと、”偶像”だったっけ。

「でも、先輩は実際に”居た”わけでさぁ。毎日、一緒にバレーの練習やって、試合ではチームメイトで、って。彼女よりも近い所で、俺、見続けてきたわけじゃん?」

「毎日……か」

「カリスマ性、っての? 試合中に『トラ、ナイスプレー』って、ハイタッチなんかされたら、『よっしゃ、もう一本』って、思わせるような人なわけ」

 毎日毎日、先輩の手の上で転がされたわけだ。


 で、子トラよろしく転がされ続けた虎太郎は、自分の手なんか眺めちゃって。

「これで、先輩が超イヤなヤツだったりとかしたら、まだ救いもあるのにさぁ」

 そう言って、ため息をついた。


 それからしばらく、虎太郎の”先輩語り”を聞かされて。

 デビュー前の芸能人だっていう人のプロフィールに、妙に詳しくなってしまった。



 喋り疲れたように、やっと虎太郎が口を噤んだ。

「紀美さんは、好きな芸能人とかいる?」

 小山くんが、首をコキコキ鳴らしながら尋ねてくるのに、一瞬答えを躊躇して。

 数年前にデビューした二人組のユニットの名前を出す。

「へぇ。紀美さんも、ミーハーだねぇ」

「そう?」

「だって。最近、だよね? ブレイクしたの」

「……まぁね」


 元々好きで聴いていたバンドの、サポートメンバーだった人が独立して、ってつながりで聴き始めたユニットだけど。

 最初に聴いていた方のバンドが、私の周囲では”マニアック”扱いなものだから、なんとなく……言いづらかった。


「あれ? 姉者と一緒にキャーキャー言ってたバンドじゃないんだ。最近は」

 虎太郎が話によってくる。 

 こら、”マニアック”な趣味をばらすんじゃない。

「えー?」

 なんとかはぐらかそうと、とぼけてみるけど。

「ほら、ロボットアニメの映画の主題歌を歌っていた……」

 ダメを押すような形になった虎太郎の言葉に、なんとなく恥ずかしくなって。俯くようにして、コーヒーカップに口をつける。


 そんな私の横で、小山くんが辛うじて聞こえる程度の音量で鼻歌を歌いだした。

 ……って。あれ?

 ファーストアルバムに入っていた、それこそ”マニアック”な曲。

「小山くんも……」

 『知ってるの?』と、聞く言葉を飲み込んだ私と目があった彼が、ニッと笑う。

 トウモロコシの粒のように、きれいに並んだ歯が印象に残る。



「紀美さんだったら……もっと、おとなしそうなのを聴きそうかな、って勝手に思ってたから。こっち系を聞くとは思ってなかった」

 サビまで歌った所で止めた小山くんが、嬉しそうな声で言う。

 うん。私も、『仲間が居たー』って、実は内心喜んでいる。

「小山くんこそ」

「そう? 俺はほら、スナイパーアニメの主題歌が……」

「あぁ。そうか。少年漫画が原作だっけ」

「あ、やっぱり知ってる? 週刊の本誌も友達と回し読みしててさ」

 そんな話を小山くんと交わしていると、突然、虎太郎が立ち上がった。



「どうした? トラ?」

「なんかもう。やってらんない」

「はぁ?」

 椅子の背中にかけてあった通学用らしきショルダーバッグを引っ掴んだ虎太郎が、空になったカップを手に取る。

「ヤマショウと紀美ちゃんが、イチャイチャしてるの見てたら、ケンカしてる自分が馬鹿らしくなってきた」

 イチャイチャ? してたか?

 突拍子もない言葉に、小山くんと顔を見合わせて。


 彼の方に引き寄せられるように、ぐらり、と姿勢が崩れて……妙な声が出る。

 肩に、感じる。他人の体温。 

 私、今。

 小山くんに、肩、抱かれてる……。


「うらやましいだろ」

「ふん」

「さっさと謝ってこいって」

「言われなくっても、行ってくる」

 顔をあげることもできずに、頭の上で交わされる会話をただ聞く。


 全身が心臓になったような鼓動に、自分の顔が真っ赤になっているのが判る。



「じゃ、紀美ちゃん。また」

 そんな虎太郎の挨拶にも、黙って頷くしかできなかった。

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