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合コン

 ”失恋者を励ます会”とでも言うような飲み会も終盤。

 梨のシャーベットを食べながら、小山くんとTEL番号を交換した。


 シャツの胸ポケットに私の書いたメモを入れた小山くん。なんとなく、『うっかり洗っちゃった』とかって展開になりそう、と呟いた私に、虎太郎が、

「その時は、俺に言えって。な? ヤマショウ」

 と、胸を叩いてみせる。


「いや。そこまで……」 

 言いよどんだ小山くんの顔を覗き込むようにして、やっちゃんが尋ねる。

「どこまで?」

「そんな必死、じゃないし。俺」

 あー。はいはい。

 初対面の相手に、必死になってもらえるなんて、思ってませんよー、だ。

「私だって、気にしないし」

 負けずと言い返した私の肩を、やっちゃんがスプーンを持ったままの手でポンポンと叩く。

 シャーベットのしずくを気にして軽く睨んだ私に、ニヤリと やっちゃんは笑ってみせて。


「二人とも意外と気が合うじゃない」

「あってないっ」

 私の反論は、軽く流されて。

「だからさ。まずは”友達”でいいじゃない。友達の友達から新しい出会いでもあれば、めっけもんよ?」

 そんなことを言った やっちゃんに、虎太郎が頭を抱えた。

「姉者。それ、思いっきり地雷」

「は?」

 クイクイと、立てた親指で隣を指さす虎太郎の仕草に誘われるように、小山くんを見ると。


 最初に見た時よりも、更に落ち込んで。

 暗い雰囲気を漂わせた小山くんが、タバコのパッケージを握りつぶしていた。



「”彼女”に、『やっぱりヤマショウとは、お友達でいたいな』って、言われたらしくって」

「あららら」

 ごめんねぇ、と、悪びれたところのない やっちゃんの声に

「……や、別に……」

 と、地の底から聞こえたような声で、小山くんが答える。


 そのまま。

 なんとなく居心地悪いまま、お開きにして。

 背中を丸めるようにして帰っていく小山くんを、三人で見送った。



 そのあと、小山くんから連絡があるわけでも、こっちから連絡をするわけでもなく。

 『桐生さんに男の子が生まれた』と報告があったり、院内の慰安旅行があったりしながら、日が過ぎる。



「お姉ちゃん、コタローから電話」

 ドアから覗き込んだ妹の声に、私は職場から持ち帰って読んでいた専門雑誌から顔を上げた。

「やっちゃんじゃなくって?」

「うん」

 なんだろう? さぁ?

 そんな会話を交わして、妹から子機を受け取る。



[もしもし?]

[あぁ。紀美ちゃん。今いい?]

 そんな挨拶から始まった虎太郎の電話は。


[合コン……って]

 この姉弟は。まったく。

[ヤマショウと、昼休みに紀美ちゃんの話になってさ。横で聞いていた連中が、『病院で働いてるなら、ぜひ看護婦さんと』って、盛り上がっちゃって]

[私にナースさんとのつなぎをつけろと]

[頼める? こっちはヤマショウが幹事になるから]

 小学生のころの”困った顔”を思い出させるような声色で、虎太郎が頼み込むように言う。

 その声に絆されるようにして、仲のいいナースさんの顔を思い浮かべる。この前の慰安旅行で『彼氏は居ない』って言っていたし。彼女から伝手をたどれば……。あ、同期で検査技師の瀬尾っちも誘おうか。


 私を含めて、ナースじゃない職種が含まれてもいいと、虎太郎に確認をとって。

 その日は、電話を切った。



 それから一週間ほどで、こっち側の人数が大体固まった。

 検査室の瀬尾っち、外科の渡辺さんと山崎さん、それに私。勤務の都合が合えば、外来の戸田さんも、て。

 三交代勤務の渡辺さんたちの勤務に沿った”希望日”のメモと手帳を前に揃えて、電話の子機を手にする。

 アドレス帳に書かれた、小山くんの番号を慎重に辿る。


 呼び出し音が鳴る間。

 経験したことのないような息苦しさを感じて、”切”を押したい衝動に駆られる。

 その衝動を抑え込むように、左耳に電話を押し付ける。


[はい。小山です]

 耳元で聞こえる声に、『あーあ、繋がっちゃった』と、思ってしまう。

[あの、川本、と申しますが。祥二さんは……]

 本人の声だとは思うけど。

 もしかしたら、家族かも……と、取次をたのむと、しばらく考えるような間があって。

[えーっと。紀美さん? トラの……]

[いや。別に虎太郎の、ってわけじゃないんだけど?]

 思わず突っ込んだ私に、軽く謝った彼が、もう一つ謝罪を口にした。

[紀美さんが言うみたいに、俺、TEL番、失くしちゃって]

[失くしたぁ?]

[洗わないように、って帰りの電車の中で、開けたばかりのタバコのパッケージに挟んだんだけど]

 外包装の透明フィルムに挟んでいて、そのまま捨てた、らしい。

 なんというか……ちょっと抜けたところがあるのは、学生だから、かな?


 改めて、電話番号を伝えて。

 『一人暮らしだから、家族に気を使わなくて良いよ』とか。

 そんな話をしてから、本題に入る。


[仕事の都合と日程が合わせられたら、こっちは五人、かな、って] 

[ああ、だったら。こっちが合わせるから]

[そう?]

[暇な学生が社会人に合わせるべき、じゃない?]

[暇、なんだ]

[そりゃ、三年にもなったら、シャカリキに講義なんて取らないだろ?]

 学部によっては、そんなところもある、と聞いたことがあるけど。

[紀美さんは、真面目に講義、取ってた?]

[当たり前じゃない]

[当たり前?]

[卒業と同時に、国家試験があるのよ。私達には]

 不合格イコール失職だからね。人生かかってるの。



 それからも、何度か電話でやり取りをして、内容を詰める。

 店を決めたり予算を立てたりするのに、この夏、”歓送迎会”の幹事をした時に利用したガイドブックや、”経験”が意外と役に立った。

 何事も、経験、か。



 そうして、迎えた当日。

 乾杯をして、自己紹介をして、なんて場の流れを創るのは、合コン経験の少ない私には無理な話だったけど。

 卒なく小山くんがこなしてくれた。


「ねぇねぇ。紀美子さん」

 馴れ馴れしく話しかけてきたのは、高橋くん、と言ったか。

「薬剤師ってさ。やっぱり、ヤバイ薬とか手にはいり放題なわけ?」

「は?」

 言われた内容に、頭が追いつかなくって、マヌケな返事を返してしまった。

「ほら、麻薬とか」

 横から会話に混じってきたのは、ええっと。

 猫みたいな目、って自己紹介の時に思った……金子くん。

「はいりませんっ」

「なんだ、つまんないの」

 つまって、堪るか。


 そんな会話を挟みながらの合コンでも、瀬尾っちは峯山くんと意気投合したみたいだし、さっきの二人と西岡くんの三人は、ナースさんたちと盛り上がっている。

 で、なんとなく。

 いつの間にか、小山くんと二人話している状態になっていた私がいて。


「紀美さん、グラス空いているよ」

 って言葉とともに、ビールが注がれる。

「あ、どうも」

 お返しにこっちも、彼のグラスが空くのを待って、ビール瓶を手に取る。

 あー。

「ごめん。なんだか、泡ばっかり」

「料理だけじゃなくって、こっちも苦手?」

「悪かったわね」

 父親が『女の子が酌なんて、覚えるもんじゃない』って、決して私達姉妹には、酌をさせないから。 

 外で友達と飲むようになって、なんとなく真似事のように注いではみるけど。上手く注げる事のほうが少ない。

 注ぐタイミングも、まだよくわからないし。


 クスクス笑っている小山くんを、軽く睨んでから気づいた。

 彼の笑い顔を見るのって、初めてかもしれない。


 『眼鏡がないと、三白眼が一段と怖くみえる』と、今夜の待ち合わせで顔を合わせた時には思ったけど。

 大きな笑い声ではないのに、なんだか笑いが伝染してくるような楽しげな笑い顔に、『仕方ないなぁ』って、こっちの顔も綻んでしまう。

 小山くんの”彼女”だった子が、別れても”お友達”でいようとしたのも、わかる気がする。



 そんなことを考えながら、一つだけ残ったポテトフライに箸を伸ばしたところで、金子くんの大きな声が、響く。

「ではぁ、ここでぇ。西岡くんがぁ、イッキやりまぁす」

 さすが学生。

 イッキ飲みは、お約束、か。


「大きく三つ」 

 金子くんの掛け声に、手拍子が重なる。

 ん?

「ね、これって」

 左隣りに座った、戸田さんに声をかける。

 ヒソヒソと『駆けつけ三杯、のコールじゃない?』と、言った私に肩をすくめて見せた戸田さんが、顎をしゃくるようにしてテーブルを示す。

 一応、手拍子は周りに合わせながら、見たテーブルの上。

 西岡くんの前に、いつの間にかジョッキが三つ並んでいた。

 なんで、遅刻でもないのに”駆けつけ三杯”。

 ま、これも”学生”って、ことかねぇ。



 目をつぶるようにしながら一つ目のジョッキを空けた西岡くんが、二つ目に手を伸ばす。

「飲め、吐け、死ぬまで飲め飲め」

 ループを繰り返して無責任なコールが、男の子たちの口から途切れずに流れる。

「そんなことで、死なれて堪るかっての」

 横で、戸田さんの声。

 内緒話、の姿勢になった私の耳元で、戸田さんがぼそっと

「正直言って、迷惑なのよね。急性アル中って」

「やっぱり、救急で来る?」

「来る。特に、学祭シーズンの先月はひどかった」

 とぼやく。そんな戸田さんの向こう隣りに座った渡辺さんも、どこか呆れたような微笑みを浮かべていて。

 盛り上がっている男の子たちとの、温度差が見て取れた。



 三杯を飲み切った西岡くんは、何とか潰れずにいたけど。

 真っ赤な顔で、呂律も怪しい。

 去年の歓迎会で潰れた私が言うな、って先輩たちには言われそうだけど。

 自分の酒量を知って、適量を、だねぇ。


「立派に、酔っ払いだ」

 そう独り言ちて、グラスに口をつける。

「そういえば、”薬局は酒豪揃い”って、聞いたけど?」

「誰がそんな」

「レントゲン室長」

 戸田さんの答えに、院内随一の酒豪だと噂の室長を思い浮かべる。

「うーん……」

「意外、って、外来(うち)の婦長は驚いていたみたいだけど」

「まぁねぇ。ザルとワクの見本みたいな人たちなら……」

「えー。誰? ね?」

「ザルが桐生さん。ワクは堀田さん」

 今年の春で退職した薬局長に、『川本さん、あの二人の間に座ったら、また潰れるわよ』と言わしめた年近い二人の先輩たち。


「桐生さんっていえばさ……」

 そのまま、戸田さんと院内の噂話に突入して。

 私たちの間で、合コンは、ただの飲み会と姿を変えた。 

イッキ飲みは、命に係わることがあるので止めましょう。お酒は適量を守って。

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