5話
知ったら最後
知る前には戻れない―――――
告白後、特に仲がギクシャクするわけでもありませんでした。
むしろ以前より仲良くなっていったかもしれません。
そんな中私の海外留学の話が決定し、いよいよ進路を絞る時期となりました。
留学をするか否かはもちろん自分で決めたことなので、留学をすると溶に伝えました。
「海外留学することになったんだー!」
「もう日本へはもどってこないのか?」
「戻ってくるよー」
「いつ」
「長期休みには戻ってきたい!まず入学できるかが問題だけどね!」
「落ちちまえー」
「さみしいの?」
「うるせー」
周りの人にさみしいと言われるより何倍も嬉しかったです。
「お兄ちゃんがよしよししてくれたら落ちてあげるよ!」
「なんだと」
「えへへ」
「だがしない」
「むぅ・・・」
「いつか会えた時してやるよ」
私はこの時に会いたくないと思ったのをはっきりと覚えています。
なぜなら会って、仲良くなって、仮に頭を撫でられたら。
会わず、手の感覚を知らなかった頃には一生戻れないのです。
知ってしまった代償に寂しさなどが生まれるでしょう。
いつでも会えるわけでないのに、そんなことを思うようになったら耐えられる自信が当時の私にはありませんでした。
そんななか溶が私の住むところから電車で30分かからないところに来るという話になりました。
本来ならばそこで会いにいくのが普通みたいですね。
ですが私たちは会いませんでした。
溶が近くにいるということが頭ではわかっていたし、会えてしまう距離だったので会わないというのは辛かったです。
しかし会ったことはなかったので、それほど苦しんだわけではありませんでした。
溶も家に戻り、数日が経ったある日のことでした。
溶が絵を描いたと言っていたのに気がつき見せて欲しいといったところ、私が描いた絵と交換といいました。
正直私は溶とは違い絵心は全くなかったので、ハチャメチャなイメージイラストを送りました。
やけくそだったかもしれません。
私は美術というより、音楽のほうが得意でした。
溶もそれは承知の上だったのでもっと変な絵がくるかと思っていたが、そんなに下手ではないと言ってくれたのを覚えています。
これが私の絵を描き始めた理由です。
その日から絵を描くのが少しずつ好きになりました。
今まで全くといていいほど美術に関わりがなかったので、私の周りの人は少し驚いていました。
それまでの活動といえば、楽器演奏やら歌詞作りだったので。
私は溶にあることを話しました。
私は音楽の感性は確かにあるかもしれない。
だけど周りで音楽をやっている人のように音符は読めないし、楽器だって天才的に弾けるわけではない。
絶対音感かといわれればそうではないし、歌詞だって売れるようなものを書いたことはない。
だけど、人がもっている音は見分けられるといいました。
どんな人でもみんな1つの音を持っていて、自分の音に合う人と合わない人がいるのだといいました。
溶からこんなこと言いました。
「俺は音楽に詳しくはない。お前のような感性もない。だけど芸術の神様で一番偉いのは音楽だときいたことがある。
美術にハマるのはいいことだけれど音楽ができるといことは誇りだよ。」
この言葉がどれだけ私の助けになったかはわかりません。
そんなある日私たちはたまに外の景色を送るようになりました。
今日は夕焼けがキレイだったとか、星がたくさん見えるとか。
私たちの住んでいうところは遠かったので、もちろん空もだいぶ異なりました。
例えば、「空が澄んでいて雲が青くてキレイ」にたいして「真っ暗で月すら見えない」だったり
「雪が積もってて雪掻き大変」にたいして「雲ひとつない晴天」だったり。
まるで、同じ国に住んでないんじゃないかと思うくらいの違いがあった。
私が都会だったので、自然が沢山ある所にはものすごく憧れていました。
確かこの頃でした。
一人旅をしていろいろな世界を見てみたいと思い始めたのは。
月は1つしかありません。
しかし、本ができてしまうくらいヒトリで様々な顔を持つのです――――――