第六話 読み方!
前回までのあらすじ。
優からお墨付きをもらった処女作『夢からさめれば。』を初投稿した翔。しかし、すぐに評価はつかず、夜は更けていった――
「ん……あれ、今何時だ?」
僕は机に突っ伏した上半身を起こして、欠伸をした。そのままグゥッと伸びをすると、背骨と椅子が軋んで音を立てた。
「うー、眩しい……しかも、寒い……っていうか、腰痛い……」
僕は目を細め、腰をさすりながら呻いた。見回すと、パソコンの電源も部屋の明かりもつけっ放しだった。どうやら小説を書きながら寝てしまったらしい。窓越しに、朝焼けに包まれた外の景色が見える。五時……いや、六時くらいだろうか。
そういえば昨日、『夢からさめれば。』を投稿したんだっけ……。どうなったかな?
そんなことを思い、僕は服の袖で眠たい目を擦り、マウスを動かしてなろうのマイページを開いた。すると、画面上に見慣れぬ赤文字がパッと浮かび上がった。
……なんだこれ?
僕はしょぼしょぼとした目を画面に近づけ、文字を読みあげた。
「書かれた感想一覧が……更新……されました?」
言葉にしてみたが、寝起きの僕には意味がよくわからなかった。
乾燥……完走……いや、感想? 書かれた感想?
頭が回りだした僕はパチッと目を見開いた。
「って、どぅえぇ!? 感想!?」
僕は素っ頓狂な声を上げ、慌てて赤文字をクリックした。
「か、書かれてる……」
僕は声を震わせた。それは紛れも無く、僕の作品に対する感想であった。
食い入るように画面を見つめ、それを黙読した。
題名に惹かれて読み始めたら、急激に速度を増すストーリーに一気に引きこまれました……。最後に途中で切れる台詞。まさに今このような夢を見てから飛び起きたような気分になり、おおおっと感動しました。不思議な夢や、恐ろしい夢を見た後に目覚めたときと同じ気分でした。臨場感あふれるひとときを、ありがとうござ――
「……あ、あれ?」
突如、画面が歪み、文字が読めなくなった。すぐにその理由は知れた。
目に涙が溜まっていたのだ。めちゃくちゃ嬉しいはずなのに、なぜか僕は泣きそうになっていた。
そっか……泣くほど嬉しかったんだ、僕は。
自分の感情を理解した途端、どうしようもないほどに喜びが込み上げた。僕はゴシゴシと袖で涙をぬぐい、足をバタつかせた。当然、頬は緩みっ放しである。頬を掻く手が止まらない。
やばい。嬉しい……すっげぇ、嬉しいっ!
余韻に浸っていた僕は、ふいにあることを思い出した。
「そうだ。お気に入りは!?」
そう言って、マウスを動かし、小説情報を開く。
「……あっ」
僕は目を丸くさせた。
お気に入り登録という項目の隣に、一件と表示されていたのだ。
お、お気に入り……してもらえた……。
思わず、僕はパソコンの画面に指を添えた。一件と書かれたその部分を、優しくなぞってみた。
一件。たった一件である。それでも、僕はそれが嬉しくて堪らなかった。そしてそれは、僕の創作意欲へと変換されていった。
よし。この調子でいくつか短編作品書いて、また優に見てもらうか!
自信がついた僕は、にんまりと笑みを浮かべた。
「よっしゃあぁ! やる気出てきたぁあああぁっ!」
一週間後、教室――
「うーん、ごめん。つまんない」
「…………へ?」
申し訳なさそうな、でもきっぱりとした優の物言いに、僕はキョトンとした表情を浮かべた。
褒めてもらえる気満々だった僕は、予想と真逆の反応に驚きを隠せなかった。
つ、つまんない!?
「ぜ、全部……?」
「うん。全部」
「またまたぁ。メガネくんったら冗談きついんだからぁ、もうっ!」
僕は主婦友達と会話するおばちゃんのような手振りとしゃべり方で茶化した。
しかし、優は笑み一つ零さず、首を横に振った。
「ごめん。冗談じゃなくて、本当につまらないんだ」
僕の書いた短編三作品は、優の一言で見事に一蹴された。ついでに僕のガラスのハートが粉微塵に砕け散ったのは言うまでもない。
「どうやらこないだの作品は、まぐれ大爆発だっただけみたいだね、翔」
「小説でまぐれって何だよ!?」
優は腕組をして、小さく息を吐いた。
「うーん。まぐれというか、たまたま条件が重なったんだと思う」
「……条件?」
僕が小首を傾げると、優はこくりと頷いた。
「例えば、物語の舞台が夢であったこと。翔の書く文章がちぐはぐだったことで、逆に夢の曖昧な世界観を上手く表現できちゃったんじゃないかな?」
「ちぐはぐって……」
僕はカクンと項垂れた。そんな僕に構わず、優は言葉を続けた。
「それから、翔はその物語を実際に夢で見ているんだよね? それなら、想像上のモノを書くより、書きやすかったと思うし」
確かにそれはある。あの時は、なんだかすんなり書けた。
でも僕は、あの作品がまぐれじゃないとなんとか否定したくて、必死に反論した。
「ま、待ってよ! えーと……そ、そうだ。優だって『夢からさめれば。』は面白かったって言ってくれたじゃないか!? 最後びっくりしたって!」
そういい終わって、僕はハッとした。
最後……びっくりした……。そうか!?
僕の心の声に相槌を打つように、優はゆっくりと頷いた。
「そう、そこだよ。何より、『夢からさめれば。』は叙述トリックを用いた作品だ。例えキャラやストーリーに魅力が無くても、ラストのドッキリのおかげで話として成立しちゃうんだ。結果的に、面白かった作品としてね」
「はうあっ!」
最後の牙城が崩され、一週間前に感じた小説に対する自信は音を立てて崩壊した。
僕は銃で胸を打たれたような大げさなリアクションを取り、ゆっくりと倒れた。
「まあ、そんないきなり上手くなるわけないしね。また、地道に頑張りなよ」
そう言って、優は悪意も何もない笑みを浮かべた。
僕は身体を起こして、優にジト目を向けた。
「くそぅ……。バッサリ言うなぁ……」
「嘘で面白いって言われるのと、どっちが良いと思う?」
「うっ……。すみません。正直に言ってもらったほうが良いです」
僕はわざとらしく土下座して、謝罪した。
かなり冷たい感じはするが、こんな風に冷静に客観的な意見が言えるのは、優の凄いところだと思う。昔から、そんな優に僕はよく助けられてきた。
「だろ」
短く答えて、優はクスクスと笑った。
……しかし、困ったな。
僕は顔を上げ、頬を掻いた。
「どうやったら上手く成れるのかな? 今の僕の課題はなんだろう?」
「うーん、そうだね。具体的にコレと挙げるには、今の翔の課題は多すぎるかもなぁ」
「じゃあ、どうしろと……」
僕はガクッと肩を落とした。
「そうだな……。本を読んだらいいんじゃないかな?」
「本? 僕、ラノベは結構読むよ?」
優は首を横に振った。
「それは普通に読んでるってことだろ? 違う視点から読むんだよ」
違う視点……?
僕の脳内に、逆立ちをして本を読む自分の姿が浮かぶ。
「翔。違う視点から読むって、そういう意味じゃないからね。逆立ちって……」
僕は咄嗟に女性が自分の胸を両手で隠すようなポーズを取った。
こ、こいつのメガネは脳内のイメージすら読み取るのか!?
「違う視点っていうのは、読み手と書き手って話だよ」
「読み手と書き手?」
僕は首を傾げた。
「うん。普通は本を読むとき、純粋にその作品を楽しもうとして読むよね? これが普通の読み手として本を読むってこと」
「うーん、つまりは何も考えずに普通に読んでいる状態ってことか?」
「極端な言い方をすればそうだね」
「ふむふむ。それで?」
「俺が言ったのは、書き手の……物書きの視点から読むってこと。楽しむために読むんじゃなくて、自分が成長するために読む。つまり、他人の作品から表現技術を盗むくらいの気持ちで読むのさ」
「な、なるほど……」
僕は思わず感嘆の声を漏らした。
書き手として本を読む。そんなこと考えたこともなかったや。優が言うと、その方法が物凄く成長できる方法に思えてくる。早速今日の帰りに小説買って帰ろうか……いや、待てよ!
僕は机の脇に掛けていた鞄を引っ張り上げ、中から財布を取り出した。
「……翔?」
優が不思議そうな声を上げる。
僕は折りたたみ財布を広げ、中身を確認した。
うん。お札は……ない!
次いで、小銭入れのチャックを開き、逆さまにして机の上に入っていた小銭をぶちまけた。
「いち、にぃ、さん……ぐふっ」
合計、三百六十二円也。こんなはした金じゃ、小説の一冊も買えやしなかった。
「これで全財産なの? お小遣い日、ついこないだじゃなかったっけ?」
「うー……。欲しかった新作のゲームソフト買っちゃったんだよ。どうしよう、優。これじゃあ、小説買えない……」
そんな僕の様子を見て、優はにんまりと笑った。
「別に今まで買った本だっていいと思うよ? っていうか、そもそも翔はお金なんか要らないじゃないか」
そう言って、優は僕のスマホを指先で摘まんで、僕に見せた。
優が言わんとすることが理解できなかった僕は、そのスマホを訝しげに見つめた。
数秒後、僕はハッとして、目を見開いた。
「……あっ、わかった! なろうか!」
「そういうこと」
そうだ。なろうは書くだけのサイトじゃない。当然、人が書いた作品だって自由に読めるんだ。そういえば、十七万くらい作品が掲載されてるとか書いてあった気がする。書くのに夢中で、今まで一回も読むために利用したことがなかったや……。
「これなら、確かにお金をかけずに色々な作品が読めるな! どんな所に意識を置いたらいいかな?」
「うーん。セリフまわしや、いいなぁと思った描写や比喩、キャラや世界観の設定……意識しようと思えば、見るべき部分はいくらでもあると思うよ。まあ、最初はその中からポイントを絞っておくのが良いんじゃないかな?」
「……そっか。わかった、ありがとう、優!」
僕はお礼を言って、手に持ったスマホに視線を落とした。
よーし、たくさん読んで、たくさん技術を盗んでやる! そして、面白い小説が書けるようになってやる!
「おっしゃ、早速何か読むぞ!」
「ほう……? いい度胸じゃのぉ、祭ヶ丘ぁ?」
僕の肩がビクンと跳ねた。僕は恐怖に駆られながらも、顔を上げた。
目の前に立った組長は、睨むわけでも、怒鳴り散らすわけでもなく、どこまでも冷ややかな目をして僕を見下ろしていた。
尋常じゃない汗が全身から噴出し、僕の身体は小刻みに震えだした。僕は全力で愛想笑いを浮かべ、スマホをポケットにしまった。
「あ、もうホームルームの時間だったんですね?」
「他に言うことは?」
「すみません。どうぞ、僕のスマホを没収してください」
僕はしまったばかりのスマホを取り出し、丁寧に組長に差し出した。
小笠原組の掟は、厳しい――




