第三話 はじめての小説!
前回までのあらすじ。
組長から教わった小説投稿サイト『小説家になろう』に興味を惹かれた翔は、大急ぎで家に帰った――
早く書きたい一心で、全力ダッシュして帰ってきた僕は――
「おろろろろろろ――――――」
自宅のトイレで盛大にゲロっていた。
「ふ、普段走らない人間が、いきなり全力疾走とかしちゃいけないってことか……うぷっ――!?」
ふっ。来やがったか、セカンドインパクトめ!
僕は便器を抱え込んで、衝撃に備えた。
いいぜ、僕は逃げも隠れもしない! 勝負だ!
「おろろろろろろろろろろろ――――――!」
十数分後。なんとか立て直した僕は、二階にある自室へと向かった。
部屋に入るなり、僕はパソコンの電源を入れた。汗で湿った制服をベッドの上に放り投げ、押し入れから寝巻用のジャージを引っ張り出す。
服を着替え、制服一式をタンスの横に置かれた洗濯用の籠へと入れる。それを部屋の外の廊下に置き、室内へと戻った。そして、換気のために窓を全開にし、思いっきり息を吸い込んだ。
「空気……うまいなぁ」
体の中に入ってきた九月の空気は程よくひんやりとしていて、先ほどまでの憂鬱だった気持ちを、さらっと流してくれるようだった。僕はその場で大きく伸びをして、振り返った。
「さて、やりますか」
そう言って、僕はパソコンの前に置かれた椅子に腰かけた。
インターネットブラウザを立ち上げ、小説家になろうのページを開く。
まずはログインしないとな。
実は、昼休みにユーザー登録だけは済ませてあった。その時間を惜しむほどに、帰ったらすぐに小説を書きたかったのだ。
「えっと、IDとパスワードは……っと」
僕は昼に登録したIDとパスワードを入力した。
ログインをクリックすると、ユーザーページと思われる画面へと切り替わった。
僕は思わず眉をひそめた。
「情報が多くて、なにがなんだかよくわからないな……」
とりあえず、どこをクリックしたら小説が書けるんだ?
僕は画面の中にそれらしい単語がないかを探した。すると、それらしいものが目についた。
新規小説作成……これでいいのか?
カーソルを合わせて文字をクリックしてみる。
「おおお! これが執筆画面か!?」
………………意外としょぼいな。
それは、小説タイトルと本文を入力するスペースがあるだけというとても簡素なものだった。
まあ、いいや。とりあえず、ここに書けばいいんだろ。
サイト制作者に聞かれたら、怒られても文句が言えない言葉を心の中で呟いて、キーボードに手を置いた。
「よっしゃ、書くぜ。そして、はじまるぜ! 僕の伝説!」
僕は声高らかに、執筆活動開始を宣言した――
「……あれ?」
―― 二秒後に重要なことに気がついた。
「小説ってどうやって書くんだ?」
僕は胸の前で両腕を組んで、首を傾げた。
まさか一文字も書かずに、壁にぶち当たるとは思わなかった。とにかく書きたいってことしか頭になかった。良く考えたら小説読むのは大好きだけど、書いたことなんてないからどうやって書いたらいいのかわかんないや。
なんか書くときのルールとかあんのかな?
うーん、と唸ってみたが、良い答えは全く浮かんでこなかった。
「もういいや。気にせず好きなように書こう!」
僕は思うがままにキーボードを叩いていった。
六時間後――
「できたー!」
僕は椅子に座ったまま大きく伸びをした。背中やら肩やらの骨がゴキゴキと音を立てて一斉に鳴る。
途中、マンガ読んだりアニメみたりしてかなり脱線しまくったけど、とりあえず一話目を書ききったぞ!
安心した途端、疲労が一気に全身を襲った。
「うわぁ、腕の筋痛い……。あと目も……」
慣れない長時間のタイピング作業と液晶上で文字を読みまくったせいであろう。指を動かすだけで両腕の筋に痛みが走り、瞳は酸素を求めるように細かく瞬きを繰り返していた。
僕は改めて、パソコンの画面へと視線を戻した。
「意外と大変だったなぁ。でも……」
書けた!
書けてしまった!
「やばい、どうしよう……。顔がニヤける」
待て、落ち着くんだ。とりあえず、これを保存しよう。
保存はこれでいいんだよな……たぶん。
僕は、新規保存という文字にカーソルを合わせ、クリックをしようとした。
「あ、これ間違ってる」
その時、なぜか僕は本文にあった誤字を目ざとく発見した。
いや、発見してしまった――
「保存する前に、直しておくか」
僕はおもむろにキーボードに手を伸ばし、Back Spaceキーを押した。
悲劇は、起こった――
小説作成画面が、なぜか一瞬にしてユーザーページに飛んだのだ。
「………………ん?」
あれ、おかしいな。ユーザーページになっちゃったぞ?
僕は慌てて新規小説作成をクリックした。
しかし、そこに書き上げた小説の姿はなかった。
「………………んん?」
あちこちクリックして探してみるが、やはりどこにも見当たらない。
僕は最後の望みをかけてググってみることにした。
検索したところ、何件かヒットしたので一番上のをクリックしてみる。
【スレタイ】
間違えて文字入力以外の画面でBack Spaceキー押しちゃって、全部消えちゃった(テヘペロ)
【レス】
1:名無し作家
どうよ!
2:名無し作家
>>1 南無
「んんんんんんんんんんんっ!?」
え、つまりなんだ。
き、消えた…………ってことでいいのかな?
「うわー……萎えたぁぁぁぁ」
僕は椅子からずるりと床に滑り落ちていった。
っていうか、普段誤字とか絶対気付かないくせに、なんで今に限って気付いちゃってんだよ、僕は!?
見つけなければ保存できてたはずなのにいいいぃっ!
「馬鹿馬鹿しい。寝るか……」
僕は立ち上がり、電気も消さず、ベッドに潜り込んだ。
普段なら、布団に入ったらものの数秒で寝られるのだが、なぜか今日は眠れなかった。
なんか、胸がもやもやする。
布団の隙間から時計を覗くと、時刻は夜の十時を示していた。
「……がんばれば、今ならさっきと同じのが書けるかな?」
折角だし……やってみようかな。
不思議なやる気に後押しされ、僕はベッドから出て、再びパソコンの前に座った。
翌日――
僕は廊下の先を歩く優を見つけ、声を上げた。
「優!」
声に振り返った優が僕の顔を見るなり、眉をひそめた。
「どうしたんだ、翔? 目が真っ赤じゃないか」
僕は得意げに腰に手を当てて、胸を張った。
「実は昨日、徹夜で小説を書いてたんだ。目が赤いのは寝てないからだよ、メガネ君!」
「小説?」
優が首を傾げた。
「そう、小説! 『小説家になろう』ってサイトなんだけどさ、折角書いた一話目を間違えて消しちゃって、まさかの書き直し。夢中になって直してたら朝になってた」
「へぇ。翔が小説をねぇ……」
僕はにんまりと笑った。
「読んでみてくれないか!」
「いいよ」
優はそう言って、自分の席に着き、鞄を机の横に掛けた。
僕は向かい合うように座り、制服のポケットからスマホを取り出した。執筆中小説をタッチして、朝までかけて書き直した小説を開く。そして、それを優へと手渡した。
「レジェンド……? ねぇ、この長いのタイトルか?」
「そうだよ。レジェンドオブエンシェントファイターズ。伝説の古代戦士たちって意味さ」
「ふーん」
五分も経たないうちに、優はスマホを机の上に置いた。
僕が書いた第一話目の文字数は、約六千七百字。たぶん、ゆっくり読んで十分位かかる文量だ。
「随分読むの速いな。さすが秀才! で、どうだよ。僕の小説!」
「うーん……」
優は胸の前で腕を組んだまま、唸ってしまった。
うー、焦れったいな……。なんだか、メチャクチャ緊張する!?
優の口が少し動くたびに、僕の心臓がドクンと大きな音を立てて鳴って忙しない。
「ひゃ、百点満点中何点くらいだね? 率直な感想を頼むよ、メガネ君」
「正直に言ってもいいのか?」
顔をあげた優が意外そうな表情を見せた。
僕は強がって自信満々の顔をして、大きく頷いた。
「どーんと、来い!」
「……五点」
………………え? 今、なんて?
理解が追いつかなかった僕は、大きく見開いた目をパチクリさせるしかなかった。
「ご、五点?」
優は申し訳なさそうに頷いた。
「うん、五点。翔……言いにくいんだけど、これは小説じゃないよ」
な、なんだってぇ!?