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第二話 投稿サイト!

前回までのあらすじ。

夢も目標も特技もない落ちこぼれ中学生、祭ヶ丘 翔は進路決定を迫られ小説家になることを決意するが――

祭ヶ丘まつりがおか。お前は一つ勘違いをしている」


 組長オヤジが、なぜかあきれたような顔をして言った。

 勘違い?

 僕は小首を傾げた。


「そもそも、この紙は将来の夢を書くためのものじゃない」

「え……じゃあ、一体何を書けば?」

「良く見ろ。一行目に書いてある」


 僕は手に持ったプリントに目をやった。


「本当だ、志望校を記入しろって書いてある……」 


 それは知らなかった。


「長いこと教員やってるが、こんなこと書いてきたのはお前が初めてじゃ」

「さいですか」

阿呆あほうなことばかりやってないで、真面目に書け。お前は私立の単願じゃろ?」


 確かに、この間の面談で私立単願にするって話したけど。でも、でも……僕は!



「先生! 僕は小説家になるので高校いきません!」



 僕は大声で叫んだ。


 もちろん、心のなかで。


「はい、私立単願です」

 実際に口から出たのはこっちだった。

 僕は小説家と書いた欄にすごすごと大きくバツ印をつけ、すぐ下に私立高校の名前を記入した。



 一週間後――


「祭ヶ丘ぁ。ちょっと来い」


 朝のホームルームが終わるなり、僕は突然、組長オヤジに呼び出された。

 うへぇ……朝からなんだよ、一体。

 僕は顔をしかめながら組長オヤジの元までいった。

 組長オヤジは溜息を吐いた。


「あからさまに嫌そうな顔をするな」


 バレてるー。まあ、いっか。

 僕は頬を掻いて誤魔化した。


「なんですか? 志望校なら先週きちんと書きましたよね?」

「いや、別件じゃ」

「別件?」


 僕は首を傾げた。

 なんだろう、一体。


「お前、あれから小説書いてるのか?」


 組長オヤジの口から出た予想外の台詞に、僕は目を丸くした。

 わ、忘れてたー!?

 ゴキブリの如く高速で慌てふためきながら、僕は咄嗟に――


「も、もちろん書いてますよ! ままま、毎日書きまくりですよ!」


 なぜか大嘘をついた。

 勘違いとはいえ、あれだけはっきりと言い切ってしまった手前、書いてない……ましてや、忘れていたなんて言えるはずもなかった。

 まあ実際、あの日以来、小説家の『し』の字も思い出すことすらなかったんだけどね。ほら、僕って熱しやすく冷めやすいし。


「嘘くさいのぉ。飽きっぽいお前のことじゃ、どうせ三日坊主で終わったんじゃろ」


 ふふふ、残念だったな。三日坊主どころか、スタートすらしてないぜ!

 僕は自慢にならない台詞を、心の中で得意げに言い放った。我ながら、情けないことこの上ない。


「こ、今週はちょっと忙しかったんですよ! それより、何の用ですか? まさか、わざわざ僕を茶化すために呼び止めたわけじゃないですよね」


 バツが悪くなった僕は、組長オヤジにジト目を向けた。


「ああ、そうじゃった。昨日な、昔の教え子が家に来たんじゃよ。就職先が決まったといってな」

「へぇ。さすが小笠原組おがさわらぐみは義理と任侠にんきょうあついですね、組長オヤジ

「誰がヤクザじゃ」

「いや、誰も言ってないし」 


 まあ、人相の悪い顔といい、しゃがれた声といい、どうみてもヤクザだけどね。

 しっかし、卒業してから組長オヤジにわざわざ報告にいくなんて、物好きなやつがいたもんだな。僕だったら、こんなおっかない先生の家に挨拶なんて、絶対いかないだろうな。


「そいつも昔、お前と同じように小説家になるって豪語ごうごしていたことがあっての。お前のことを話したら、大笑いしていたよ。自分と似ているってのぉ」


 そう言って、組長オヤジが珍しく嬉しそうな表情を浮かべた。

 僕は一瞬で顔が熱くなった。


「ちょっと、勝手に人の話で盛り上がるのやめてくださいよ! 生徒の個人情報ですよ!?」

「すまん、ついな」


 組長オヤジは悪びれもなくそう言った。相変わらず口元は緩んだままである。

 し、信じらんねぇなこのおっさん……。

 僕は呆れて溜息を吐いた。


「それで、結局なんなんですか?」


 僕がそう言うと、組長オヤジは思い出したようにスーツの内ポケットに手を突っ込んだ。

 拳銃チャカか!?

 生命の危機を感じた僕は、咄嗟に後方に飛び退き、身構えた。


「なに阿呆なことをやっている。ほれ」


 組長オヤジの内ポケットから出てきたものは、拳銃チャカではなく、折り畳まれた一枚の小さな紙だった。

 僕は警戒態勢のまま、その紙をじっと見つめた。


「なんですか、それ?」

「その教え子がの、お前に渡せばわかると言って、わしに寄越してきたんじゃ」


 僕はその紙を渋々受け取り、開いてみた。

 そこに書かれていたのは、URLと思われる文字列と、そして――


「小説家に……なろう?」


 小説家になろう、という言葉だった。


 なんだろう、これ。こっちの文字列がURLだとしたら、これはもしかしてサイト名か……?

 僕は紙を見つめながら、頬を掻いた。


「小説投稿サイト、というものだそうじゃ」

「小説……投稿サイト……?」


 僕はなぜか、その紙から目が離せなかった。見えない力に吸い寄せられるように、じっと見続けた。

 すると、組長オヤジきびすを返して、手をひらひらと振った。


「まあ、わしにはよくわからないが、三日坊主のお前に渡したところで意味はないかもしれんなぁ」


 茶化すように皮肉の籠った言葉を吐き、組長オヤジはそのまま教室を出ていった。

 いつもの僕だったら、腹いせに何か言葉を返していただろう。だけど、不思議と腹は立たなかった。そんなものが気にならなくなるくらい、僕の胸は熱を持ち始めていたのだ。


「小説家になろう……か」


 その熱の正体を、この時の僕はまだ知らない。



 一時間目が終わり、休み時間になった。

 僕は教室の隅に置かれた、古いパソコンの前にいそいそと腰かけた。電源ボタンを押すと、ビーっと機械音が上がり、ゆっくりとファンの動く音が聞こえ始めた。

 もっそりとした起動画面を、僕は落ち着きなく見て待った。


「早くしろよ、このオンボロ。急がないと、休み時間終わっちゃうだろ……」


 なんだか、そわそわして落ち着かないな。

 くそっ。こんなことならスマホを持ってきておくんだった!



 数分後、ようやくデスクトップ画面が映った。僕は急いでインターネットブラウザを立ち上げた。

 机の上に置いた一枚の紙に視線を落とし、URLを確認する。ブラウザ上にあるアドレスバーにカーソルを合わせ、一文字ずつ入力していく。


「えーっと、h……tt……p……だぁー、めんどくせぇ!」


 短気な僕は、検索エンジンの検索欄にサイト名を直接入力することにした。

 これでも出るだろ、きっと。


「小説家になろう……っと。おっ、出た出た」


 授業の間、僕はずっとこのサイトのことを考えていた。なぜか気になって気になってしょうがなかったのだ。我慢しきれなくなった僕は、休み時間になるなりこうやってインターネットを覗きに来たわけだ。


 僕は検索項目の一番上に現れたそのサイトをクリックした。

 古臭い液晶に、トップ画面が表示される。


 まず視界に飛び込んできたのはサイトの一番上。小説掲載数と登録者数であった。

 掲載作品数、約十七万作品。登録者数、およそ三十万人。

 それは、僕にとって驚愕の数字だった。


「これが、小説家になろう。す、すげぇ……。こんなにたくさんの人が、ここで小説を書いたり読んだりしているのか……!?」


 僕はマウスをスクロールさせた。すると、ランキングや小説の新着情報、公式企画など、いろいろな心惹かれる単語が目に飛び込んできた。

 想像以上だ。こんなにしっかりとしたサイトだなんて思っても――

 僕は手の動きを止めた。気になる単語が目に入ったからだ。


「出版作品紹介……?」


 そこには、作品名と思われる名前がいくつも並んでいた。僕はすぐにそのうちの一つにカーソルを合わせて、リンクをクリックした。

 表示された内容は、小説家になろうから書籍化された作品の紹介だった。

 そのページに、僕の目は釘付けになった。


 書籍化……。ここから、プロに繋がっているんだ……。


 僕は鼓動が速くなっていくのを感じた。

 自分でも聞こえるくらい、大きく脈打っている。

 息苦しくなり、僕は思わず胸を押さえた。


 心臓が……熱い。


 やばっ……。なんだ、これ?

 僕は咄嗟にぎゅっと口を閉じて、両手で覆った。

 そうでもしないと、こみ上げる衝動で叫び出しそうだったからだ。



 書きたい。


 書きたいっ。


 早く書きたいっ!



 この日、僕は帰りのホームルームが終わったと同時に全速力で走って帰った。

 一秒でも早く家に帰りたいとこんなにも強く思ったのは、生まれて初めてのことだった──

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