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第一話 進路決定!

本作品は読者参加型アンケートを用意してあります。

詳細は第七話、あとがきにて。


それではどうぞ、本編をお楽しみください!

「そういえば、今朝提出した進路希望調査表、なんて書いた?」


 箸に刺した給食の唐揚げを口に運びながら、すぐるが僕に言った。

 優しそうな声と顔。彼は名前の通り、勉強も運動も優れたメガネくん、神沢かみさわ すぐる。僕の親友だ。


 僕は得意げに、手に持った箸を優へと向けた。


「ふふふっ。知りたいか、メガネくん? 僕は――」


 すると、僕の言葉を遮るように校内放送の呼び出し音が教室に鳴り響いた。


『進路希望調査表に 異世界転生 と書いて提出した、祭ヶ丘まつりがおか かける。大至急、職員室まで来い。繰り返す──』


 聞き覚えのあるしゃがれた声と、ヤクザのような話し方。声の主はすぐにわかった。

 組長オヤジか……。

 気がつくと、賑やかだった教室は静まり返っていた。クラスメイト達の視線が僕へと向けられている。

 それはそうだろう。何を隠そう、祭ヶ丘 翔とは僕の名前なのだから。


「何をやってるんだよ、翔。また、先生を怒らせたりして……」


 優があきれたような顔をした。

 僕は肩をすくめた。


「別に。ただの小粋なギャグじゃんか。まったく……組長オヤジは冗談が通じないんだから」


 軽口を叩きながら、僕は唐揚げに箸をさした。それを口に運ぼうとしたその時、タイミングを合わせたかのように再び放送が入った。


『言い忘れたが、わしは気が短い。わかっとるな、祭ヶ丘ぁ……』


 恐っ!? 脅迫じゃん!? 

 声を張り上げないのが一層恐い。

 もはや案内放送じゃないだろう、これは……。本当に教員かよ、あの人。 

 僕は溜息を吐いて周囲を見回した。クラスメイト達は両手を合わせて僕を拝んでいる。

 ははっ。ご愁傷様ってこと?

 僕は頬を掻きながら、目の前に座る優へと視線を戻した。


「行かなきゃだめ……かな?」


 そう言って、可愛らしく小首を傾げてテヘペロしてみた。

 優はおもむろに僕の両肩を掴んで首を振った。


「早く行け……死ぬぞ」

「そうですね」


 僕はがっくりと肩を落とした。



 職員室前、廊下――


「失礼しま――」


 職員室の扉を開ける動作の途中で、僕の体は停止した。てっきり自らの席に座って待ち構えていると思っていた人物が、開いた扉のすぐ先にいたからだ。

 僕は恐る恐る顔をあげた。


 街中に出たら十中八九職務質問されるであろう、堅気とは思えない人相の悪い顔。五十代とは思えない程鍛えられた、がっしりとした体格。高級感あふれる真っ黒なストライプスーツ。昇り竜をあしらった金色こんじきのネクタイ。白髪交じりの頭をオールバックにしているせいで、いかつい顔がより一層強調されていて、恐さ三倍増しである。

 この人は小笠原おがさわら 鬼一きいち。通称、組長オヤジ。この中学校の教員で、僕の担任だ。どうしたらこの人相で教員になれるのかは、はなはだ疑問である。

 義理と任侠にんきょう……いや、人情にあつく、見た目に反して生徒から多くの信頼と人望を集めている。

 


「お、オヤ――」

「座れ」


 僕の言葉は、組長オヤジのドスの効いた声によって遮られた。

 え……座れ?

 何かの聞き間違いだよな? ここ職員室の入口なんですが……。


「あの、ここ――」

「座れ」


 気持ち悪いくらい先程と全く同じ口調だった。

 どうやら聞き間違いではないらしい。


「あ、はい」


 僕は諦めてその場に正座した。

 組長オヤジは高さを合わせるようにヤンキー座りをして、手に持った紙を僕の眼前に突きつけた。


「なんじゃ、これは?」


 それが何なのかは言うまでもない。


「進路希望調査用紙ですよね」


 僕は思ったままを口にした。

 僕の言葉に、組長オヤジの顔が歪む。眉間にぎゅっとしわが寄った。


「そんなことを聞くと思うか、わしが?」

「はい、すみませんでした」


 僕は反射的に、額を床に擦りつけた。

 恐いよ、恐すぎるって!

 一年の頃からずっと組長オヤジが担任だけど、未だにこの圧迫感には慣れない。 


「お前、どこかいきたい高校はないのか?」

「ないですね」


 顔を上げて、僕は言った。

 組長オヤジは大きく溜息を吐いた。 


「なら、なにか目標はないのか?」

「ないですね」

「やりたいことは?」

「ないですね」

「特技は……すまん。なかったな」


 組長オヤジは残念そうな顔をして、首を振った。

 自己完結かよ!?

 見事に図星だっただけに、僕はムッとして、


「あはは、先生。冗談は顔だけにしてくださいよ」


 と、思わず皮肉を込めて返してしまった。


「東京湾の底で魚のえさにでもなるか……祭ヶ丘ぁ?」

「ごめんなさい。顔が滑りました」

「阿呆が。顔じゃなくて口じゃ。まぁ、顔も滑ってるがの」


 皮肉は脅しによって一蹴いっしゅうされ、渾身のギャグは正論で返された。うん、これはひどい。


「すみませんね。特技がないだけじゃなくて、顔まで滑ってて……」


 僕はむくれながらそっぽを向いた。 

 組長オヤジの言う通り、僕はおおよそ特技と呼べるものを持っていなかった。それどころか、ルックス中の下、成績中の下、運動神経中の下と全てにおいて平均を下回る、どこにでもいる落ちこぼれ君である。

 勉強も運動も苦手な僕には、いきたい学校や将来就きたい仕事など皆無であった。


「なら、好きなことはないのか?」

「好きなこと?」


 特技はないが、趣味くらいなら僕にもある。僕は元気よく手を掲げて声をあげた。


「はい! 漫画とかアニメとか小説が大好きです……けど?」


 僕は小首を傾げた。

 うーむ。自信たっぷりに答えてはみたものの、それと進路にいったいどんな関係が?


「漫画、アニメ……小説のぉ」


 組長オヤジは後ろ頭を掻いた。その様子を見て、ふいに僕は理解した。

 そうか、この手があったか――。

 ピコンと音をたてて、僕の頭上に豆電球がともる。

 

「先生! 僕、漫画家になります!」


 もともと空想癖が強かったし、物語を考えたりするのも好きだった。

 いやぁ、趣味を職業にするなんて考えたこともなかったけど、これは我ながら名案だぞ。

 不思議そうな顔をして、組長オヤジが口を開いた。


「お前、絵ぇ描けるのか?」


 勢いで、はい、と言おうとして咄嗟に口をつぐんだ。

 先日、ノートに描いた絵を「上手いじゃん。旧サグかぁ。渋いな、お前」とクラスの連中に高く評価された。

 だが、描いたのは本当は緑髪の魔法少女だとは口が裂けても言えなかった。確かにカラーは合っていたが、赤く光る一つ目も、刺々しいショルダーパッドも描いた覚えは全くなかった。

 僕はその時はっきりと理解した。

 絵は無理だ……と。


「うぅ、すみません。描けませんでした」


 口にすると、なんだか余計に悲しくなった。

 こみ上げる精神的苦痛に耐えるように、僕は胸のあたりを押さえてうめいた。

 その時、突如僕の中に神が降臨した。



 待てよ……。小説ならどうだ?



 文章だけだから、絵が描ける必要はない。

 そうだよ、ライトノベルくらいなら僕でも書けるんじゃないのか? この長年鍛え上げた空想力があれば、話には困らないはず。小説なんて書いたことないけど、ラノベはライトってつくぐらいだし大丈夫だろ。

 それに、今ラノベブームだし、一発当たれば一生安泰。おお、なんだ俄然がぜん良い案に思えてきた!

 うん、やれる! やれる気がする!

 僕はにんまりと笑顔を浮かべて、手を伸ばした。


組長オヤジ! その紙貸して!」

「誰が組長オヤジじゃ。って、おい――」


 僕は組長オヤジの手から進路希望調査票を奪い取り、床に置いた。胸ポケットに入っていたペンを取り出して、書かれていた『異世界転生』の文字に横線を引き、その隣に新しく三文字書き足した。

 それを見せつけるように、僕は調査票を差し出した。



「僕、小説家になります!」



 だいぶ軽い感じではあるが、こうして僕は自分の進路を決めた。

 だけど、この時僕は何も知らなかった。

 小説を書くことの楽しさも、辛さも。

 この思いつきが、僕の人生を大きく変えるということも──


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