3話
「今回の報奨金は多いわね。これならレナルドも喜んでくれるかも」
丸テーブルの席にバーナビー、ローラとともに座ったケイシーは報奨金の入った袋を手にしていた。任務で倒したプリバウンスは二十体は討伐していた。夜の冒険者ギルドは既に静まり返りつつあった。
「あー、しばらくは依頼はいいわ」
ローラは天井を見上げながら愚痴をこぼした。
「くたくただなローラは」
バーナビーは疲れのない笑みで言った。
「動き過ぎたからね今回は」
ローラは視線を水平線に戻した。顔は疲労感で溢れていた。
「二人ともお疲れ様。このあと飯でも行かない?」
ケイシーは二人に目をやった。腹が減ったという感情を目で表していた。
「悪いが俺はすぐに家に帰るぜ。嫁さんに会いたいからな」
バーナビーは顔の前で手を振り断る仕草をした。
「ならわたしと二人だけで行く?」
ローラは両手を手につき乗り気の返事をした。
「そうね。そうしましょう」
ケイシーは言った。
「聞いたかよ。村が魔物の大群に襲われたらしい。冒険者が駆けつけた時にはもういなかったらしいが」
近くの席に座っていた冒険者の話し声がケイシーに聞こえた。ケイシーは張り詰めた顔つきで話の続き聞いた。
「確かあのデパオーブス村か。騎士が一人で戦っていたと聞いたが大丈夫か」
別の冒険者の声がした。村名を聞いた瞬間、ケイシーの顔が混乱と危機感が前面に出だした。
「ごめんわたし村に急いで戻る」
ケイシーは席から立ちあがると二人の目も見ずに告げた。
「ケイシー、あなたの恋人ならきっと大丈夫よ」
ローラは慰めるようににケイシーに声をかけた。
「ローラ、気を使ってくれてありがと」
ケイシーはローラを見た。視線を合わせるのがやっとの目だった。
「早く恋人のもとに行ってやりな」
バーナビーはケイシーを一目見た後視線で冒険者ギルドの出入り口を示した。
「うん、またね」
ケイシーは走って冒険者ギルドの出入り口へと向かった。
「何よこれ、これじゃまるで廃村じゃ」
ケイシーの視界内には荒れ果てた村の姿があった。畑の踏み荒らされ、多くの家屋は破壊されていた。
「ケイシー様?」
一人の女がケイシーに声をかけてきた。その女はケイシーと面識のある村人だった。
「何があったのですか?」
ケイシーは感情を抑え込んだ声で事情を尋ねた。
「六日前に魔物の大群が押し寄せました。レナルド様は一人で戦っていたのですがそれでも何人も犠牲者が出て」
村人の顔は憔悴しきっていた。
「わたしが村に残っていれば」
ケイシーは爪が皮膚に食い込んで痛みを覚えるほど右手を握り締めた。
「ケイシー様、早くお屋敷に向かわれてください。レナルド様はかなり危険な状態だと聞きます」
村人は急かすように屋敷の方向を指差した。
「レナルドが?」
ケイシーは声量を上げて尋ねた。
「はい、傷を負いながらも一人で戦われていたので」
「教えてくれてありがとうございます」
ケイシーは頭を下げると屋敷の方へと走っていった。
ケイシーは屋敷に帰ると駆け足でレナルドの部屋が二階まで向かった。
「レナルド!」とケイシーは扉を開けながら言った。部屋にはベッドで横になるレナルドとベッドの傍で椅子に座る男の医者がいた。
「ケイシー……」
レナルドは掠れた声でケイシーの名を呼んだ。ケイシーはレナルドの元へと駆け寄った。
「ごめんなさい。わたしが入れ場こんな目に遭わなかったのに」
ケイシーの目からは涙が流れている。
「レナルド様は危険な状態です」
医者は重みのある声で言った。
「そんなに危険なの?」
ケイシーは医者の顔を見た。
「はい、このままでは厳しいでしょ」
医者の返答を聞いたケイシーは「そんな」と震えた声を口から出した。
「お医者様、悪いが少しの間二人だけにしてもらえるか?」
レナルドは今にも潰れそうな声で医者に懇願した。
「承知しました。何かありましたはすぐにお呼びください」
医者は立ち上がると部屋から出ていった。
「レナルド、死なないで」
ケイシーは両手でレナルドの片手を握った。ベッドの上にはいくつもの粒が落ちていた。
「まだ死ぬ気はないさ。だって君と結婚してないからね」
レナルドは笑みを作ろうとするが表情筋を殆ど動かなかった。
「こんなことになるなら冒険者辞めてあなたと結婚しておけばよかった」
レナルドは首を横に振ると、「それは駄目だよ。冒険者を辞めたら今の君ではなくなる。僕の本心は君にはずっと冒険してほしいからね」
「やっぱりあれは本音じゃなかったのね」
「そうだよ。だから冒険者のままでいていいから結婚しよ」
レナルドは握られていなかった片手を起こした。何も持っていないが重みのある鉄を掴んでいるような動きだった。起こした片手をケイシーの両手に添えた。
「いいわよ」
ケイシーは口元を緩めて言った。レナルドは片手で机を指した。ケイシーが机の先を見ると指輪ケースが置かれていた。
「君にこれを――」
レナルドは言葉を発するが発言途中で言葉が途絶え机を指してた手はベッドの上に落ちた。ケイシーが握っていた片手からも力が抜けていくのが分かった。
「レナルドしっかりして! お医者様来て」
ケイシーは叫んでレナルドに呼びかけた。すぐに扉が開いた。
「ケイシー様、少し見させてください」
医者が駆けつけるとレナルドの状態を見だした。しばらくすると医者はケイシーの顔を見た。
「駄目です。息をしておりまさん。残念ながらお亡くなりになりました」
医者はケイシーに告げた。ケイシーはレナルドを見ると限界まで開いた目でレナルドの顔を直視した。
「そんなの嘘よ。レナルド結婚するんでしょ? 目を覚ましてよ」
ケイシーは叫んだ。だがレナルドが反応することは一切なかった。
レナルドが亡くなって一週間が経過していた。村は荒れ果てたままだが生き残った者たちによって土地の整備や壊れた家屋の修復が行われていた。ケイシーは壊れた瓦礫を持って歩いていた。その傍には冒険者仲間であったバーナビーやローラもいた。ケイシーやバーナビーは瓦礫を持っても表情に何ら変化はなかった。ローラだけは歯を食いしばりながら運んでいた。牛車までたどりつくと荷台に瓦礫を載せた。荷台のスペースにはまだ余裕があった。ケイシーとバーナビーは背筋を伸ばしながら瓦礫のある場所まで歩いていく。ローラは背中を曲げながら後を追っていく。
「瓦礫運ぶの疲れた」
ローラは言った。
「お前本当体力も筋力もないな」とバーナビーはローラの方を振り向いた。
「わたしは魔法使いだ。前衛職と違ってあんまり動かないんだ」
ケイシーはローラを見ると、「もう少ししたら休憩だから頑張ってローラ」
「分かった。頑張る」
ローラは小さく頷いた。
瓦礫運ぶがひと段落すると三人は木陰で座りながら休憩を取っていた。太陽が照り付けていたが木陰の中に光はあまり入ってはこなかった。
「復興には時間がかかりそうね」
ローラは壊れた家屋を見ていた。 額から小さめの粒が流れている。
「亡くなった人が多かったから建物を造るのに人手が足りないわ」
ケイシーは村全体を眺めた。復興に参加している人の数は多いとはいえなかった。
「人手なら俺たちを頼れ。時間があるときは手伝ってやる」
バーナビーはケイシーの横顔を見ながら口角を上げた。
「ありがとうバーナビー。何年かかっても村を復興させて見せるわ」
ケイシーはバーナビーの顔を見ると顔を緩ませた。
「冒険者を引退することは寂しいけどね」
ローラが下を向いて言った。
ケイシーは地面に手を突くと立ち上がり、「そうでもないと村にはいられないからね。それにレナルドが守ろうとした村の役に立ちたいのよ」
ケイシーはレナルドと過ごした屋敷を見詰めていた。左手の薬指には指輪がはめられていた。




