2話
ケイシーは二階の部屋からネックレスの入った袋を取ってくると階段を下っていた。
「いつ頃結婚するの?」
レナルドの母親の声がした。ケイシーは足を止めた。顔からは落ち着きはなくなっていた。ケイシーは二十五歳、レナルドは二十六歳である。結婚していても普通の年齢だが二人の間に結婚の話題はなかった。
「まだ当分は結婚するのは難しい」
レナルドは否定した。ケイシーは落ち着きを取り戻したように胸に片手を当て溜息を吐いた。
「あなたもう結婚していてもいい年齢なのよ。早くケイシーさんに結婚を申し込みなさい」
レナルドの母親が改めて言った。先ほどの声よりも感情の込め方に力が入っていた。ケイシーの呼吸は乱れそうになっていた。
「そうだぞレナルド」レナルドの父親がレナルドの母親に同調すると続けて、「ただケイシーさんは家を時折開けてるのが気になるな」と心配事を吐いた。
「この際、冒険者を辞めるように頼んだら? あなたも好きな人と毎日会える方がいいでしょ?」レナルドの母親の声は息子のことを思っていた。
ケイシーは口を開いたまま絶句していた。そのまましばらく表情も変えず立ち尽くしていた。
レナルドの両親が家を訪ねて一週間が経っていた。ケイシーは顔が見える鋼鉄の兜に鋼鉄の胸当てを装備していた。背中には両手剣が背負われている。ケイシーはこれから街に出かけて仲間と共に依頼を受けるつもりだった。玄関で靴を履いたケイシーは玄関扉に手をかけた。
「ケイシー、少し待ってもらえるか?」
後ろからレナルドの声がした。ケイシーは体ごとレナルドの方を向いた。
「どうしたの? レナルド」
ケイシーは尋ねた。
「伝えたいことがあるんだ」
レナルドは不安を隠すように左手はズボンを握っていた。
ケイシーはレナルドの左手を見て表情を引き締めた。
「内容は?」
ケイシーは言った。レナルドはすぐには返事はせず目を瞑って一回唾を飲み込んでから口を開いた。
「俺と結婚して欲しんだ」
「結婚……その言葉はものすごく嬉しいわね」
ケイシーの言葉は喜びを表していた。だが表情に笑みは一切なかった。
「なら結婚してくれるか?」
レナルドは恐る恐る聞いた。ケイシーは腕を組みレナルドの足元を見た。そこから視線を上げレナルドの顔を見た。
「一つ聞きたいけど結婚してもわたしは冒険者続けてもいいの?」
ケイシーは警戒した口調で言った。
レナルドはケイシーから視線を逸らし、「冒険者は辞めてほしい。ケイシーには村の経営を手伝ってもらいたい」と返答した。
「それは無理よ。まだお金も貯めたいし、そもそも冒険者だったわたしに惚れたんじゃないの?」
ケイシーは眉間に皴寄せていた。レナルドと出会ったのはとある依頼がきっかけだった。レナルドはケイシーの活躍に惚れ、何度か出かけたのち交際が始まった。
「金のことなら何とかする。君に惚れたのはそれが理由だがだからこ――」
レナルドが話しているとケイシーは言葉をわざと被せた。
「悪いけど冒険者は辞めない。それでもいいなら結婚してあげる。わたし街に行ってくるからじゃあね」
ケイシーはレナルドに背を向けると扉を開いた。
「待ってくれケイシー」
レナルドはケイシーを引き留める言葉を叫んだ。ケイシーは振り向きもせず扉を閉めた。
「なんでわたしが冒険者を辞めないといけないのよ」
ケイシーは髪を乱れるほど片手で頭を搔いた。ケイシーは冒険者ギルドの角にある丸テーブルの席に腰掛けていた。ケイシーの話を他の冒険者仲間二人が椅子に座りながら聞いていた。今日の冒険者ギルドはさほど賑わってはおらず依頼を受けるカウンターの前の列も数人程度だ。
「怒るなよ。お前の恋人も考えがあって頼み込んだんだろ」
槍使いのバーナビー・モンクトンは言った。ケイシーだけではなくレナルドのことを気遣ったような口調だ。
「どうせ親から結婚をせがまれたからよ。前までは冒険者業に理解があったのに」ケイシーは苛立った様子で言葉を吐いた。
魔法使いのローラはケイシーに同情の眼差しを送りながら、「まああんた依頼で一か月帰らなくても文句ひとつも言わなかった人だしね」
「やっぱ本音では家にいてほしいのかしら」ケイシーは天井を見上げた。
「そりゃあ愛する人の顔なら毎日見たいから騎士様の気持ちを分かるぜ」バーナビーは目を瞑りながら二度頷いた。
「ねえ、既婚者のバーナビーに聞き来たけど冒険者業か奥さんどっちを取る?」
ケイシーは興味を持った目でバーナビーを見た。
「両方だな」バーナビーは即答した。
「両方か」ケイシーは小声で呟いた。
「仕方がない。冒険者業をしないと食っていけない。だからといって嫁さんがいなくなるのも辛い。だからどっちも選べんよ」
バーナビーは迷うことなく自論を述べた。
「ケイシーならどっちを取るの?」ローラは尋ねた。
「選べないかな。けど今は冒険者を辞めるつもりはない。だってお金に余裕がないからね。レナルドは今でこそ主に認められて村の統治を任されてるけど村自体貧しいから領主としての収入も限られているからね。あと冒険者には愛着があるからね」
ケイシーは悩みながら語った。恋人と冒険者を天秤にかけることなどケイシーには無理だった。
「やっぱり大変なんだな領主というやつも」
バーナビーは顎を撫でている。
「先祖代々の土地ならまた事情は違ったのでしょうけどね」
ケイシーは苦笑いしながら言った・
「それでどうするの? このまま別れるつもり?」
ローラは真顔で尋ねた。
ケイシーは反省した顔つきで首を横に振ると「依頼から帰ったら謝るつもり。ただ冒険者は続けるよう認めてもらうつもり」
「どっちにせよパートナーとは仲良くするのが一番さ。俺も嫁さんと喧嘩したときはすぐに謝って仲直りするぜ」
バーナビーは笑顔を見せながら言い切る。
「バーナビーのとこは奥さんが強いから機嫌損ねたら夕飯抜きだからね」
ローラは悪だくみするような目つきでバーナビーの瞳を凝視する。
「まじで食事抜きは嫌だからな。一回抜きになりかけて死ぬほど謝ったな」
バーナビーは慌てた様子で項垂れた。
「結婚も色々と大変そうね」
ケイシーは言った。
「大変だがいいこともあるぞ。まあ帰ったらもう一度話し合え」
バーナビーは拳を見せながらケイシーを勇気づけた。
「そうするわありがとう」
「それより依頼決めましょう」
ローラが依頼を張っていある掲示板を指差した。
「そうね何受けようかしら」とケイシーは席から立ちあがった。
岡が見える沼地にケイシーら三人は依頼で来ていた。ここまで来るのに三日は要していた。沼は水深が数センチほどでありで足元を取られるほどではない。
「次が来るぞ」
槍を握ったバーナビーが叫んだ。三人は一か所に固まっていた。バーナビーの視線の先には大きさが馬程度のカエル型の魔物プリバウンスが複数体、跳ねながら進んでいた。更に反対側からもプリバウンスが三人の方へと向かっていた。
両手で剣を持つケイシーは苛立った口調で、「きりがないわね。バーナビーは反対側の敵をお願い。わたしは正面から来る敵に対処するわ。ローラ、攻撃魔法の準備をしておいて」ケイシーは片方のプリバウンスの方へと突っ込んでいた。
「分かったわ」杖を持つローラは手短に了承した。
「そっちは数が多すぎるぞ。無茶するな」
バーナビーは警告を出した。バーナビーの方は数が3体程度だが、ケイシーの方は最低でも八匹はいたのだ。
「大丈夫よ。これくらい」
ケイシーの言葉は自尊心に溢れたものだった。
「怪我だけはするなよ」
バーナビーは諦めた様子で言った。
「バーナビーも怪我して奥さん悲しませないようにね」
ケイシーは余裕のある表情でお世辞を言った。
「それはお前にも似たことが言えるだろう」
バーナビーは頭を抱えたいような顔をしつつもプリバウンスたちの方へと走っていった。
ケイシーはプリバウンスの群れに接近する。プリバウンスの一匹が十メートルは跳ねた。その下にはケイシーがいた。プリバウンスが落下するとケイシーは一瞬でそれを避けた。落下したプリバウンスの側面に剣を突き刺す。剣身の根まで剣が入ったプリバウンスは絶命した。更にプリバウンスがもう一匹ケイシーの方へ襲い掛かる。プリバウンスは舌を伸ばしケイシーに攻撃を仕掛けた。ケイシーは上空へと跳ねてそれを回避する。落下するとともに伸びたプリバウンスの舌を剣で切断した。痛みのあまり悶えだすプリバウンス。着地したケイシーはその隙に頭部を剣で切断した。プリバウンスはその場で横たわった。
「ケイシー、準備ができたから離れて」
魔法の準備が出来たローラがケイシーに指示を出した。
「今離れる」
ケイシーは走ってプリバウンスの群れから離脱する。ローラの杖から巨大な火の玉が現れる。巨大な火の玉からは無数の小さめの火の玉が乱射される。放たれた無数の火の玉はプリバウンスに続々と着弾した。巨大な火の玉が消え放出が止まる頃にはプリバウンスの焼死体が出来あがっていた。
「こっちは片付いたかな。バーナビーそっちに加勢するわ」
ケイシーはプリバウンスの焼死体を確認してからバーナビーの方を向いた。
「ケイシーまだ、生き残ってるやつがいる」
ローラが声を張り上げた。
「えっ?」
ケイシーは不意を突かれた声を漏らした。後方を向くと皮膚が焼けたプリバウンスが一匹ケイシーの方へと跳ねていた。ケイシーは咄嗟に剣を前に構えた。プリバウンスはケイシーに体当たりをした。ケイシーは足を地面につけたまま後方へと押し飛ばされる。ケイシーに傷はなかった。だが攻撃を喰らったことに戸惑いを覚えた目つきでプリバウンスを見ていた。
「ここで死ねないのよ」
ケイシーはプリバウンスに突進を仕掛ける。プリバウンスは舌を伸ばしケイシーに攻める。だがケイシーは攻撃を難なく避けプリバウンスの間近まで近づく。
「はあ!」
ケイシーはプリバウンスの正面で剣を振り上げた。頭部目がけて剣を振り下ろすとプリバウンスの頭部は縦真っ二つに切断された。
「ケイシー怪我はない?」
ローラがケイシーのもとへと駆け寄ってきた。
「大丈夫よ。少し気が抜けてただけ」
ケイシーは気を使わせないよう笑みを作って応対した。
「焦ったぜ。無事ならいいが」
バーナビーもケイシーの方へ来た。ケイシーはバーナビーが元々いた方向に視線を変える。そこにはプリバウンスの死体だけがあった。
「心配かけてごめんね二人とも。これからは気をつけるわ」
ケイシーは両手を顔の前に合わせ目を閉じ二人に謝罪をした。




