表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の魔力を偽って追放された私、辺境の氷の公爵様を薬膳料理で餌付けしたら、味覚を取り戻して溺愛されました~もふもふ聖獣付き~  作者: 黒崎隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

第9話「舞踏会の開幕と元婚約者の愚行」

 ミレーヌが杖を掲げ、甲高い声で詠唱を始めた。

 しかし、そこに現れたのは神聖な光ではなく、どす黒い霧のような靄だった。

 会場がざわめき始める。


「な、なんだあれは?」

「聖女の光ではないぞ……まるで瘴気だ」


 ミレーヌは焦ったように声を張り上げるが、霧は濃くなるばかり。

 彼女の手元の杖――聖女の証とされるアーティファクト――が、ピシリと音を立てて亀裂が入った。


「ち、違うの! これは……まだ準備が!」


 ミレーヌが叫んだ瞬間、杖から黒い波動が弾け飛び、近くにいた貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。

 会場の花瓶に生けられていた花が一瞬で枯れ落ち、テーブルの料理が腐敗していく。

 それは祝福どころか、呪いそのものだった。


「ミレーヌ! どういうことだ!」


 エドワード殿下が慌てて彼女に駆け寄るが、ミレーヌは震えながら後ずさる。


「私のせいじゃない! 土地が……土地が私の魔力を拒絶しているのよ!」


 その光景を、私とアレクセイは静かに見つめていた。

 アレクセイが私に耳打ちする。


「予想通りだな。器でない者が力を無理に使えば、こうなる」


「……彼女は、自分の生命力を魔力に変換して使っていたようですね。限界が来たのでしょう」


 私は冷静に分析した。

 薬膳の知識で言えば、彼女の「気」は枯渇寸前だ。

 その時、パニックに陥ったエドワード殿下が、矛先をこちらに向けた。


「貴様ら! 貴様らが何か細工をしたな!?」


 彼は壇上から私たちを指差し、血走った目で叫んだ。


「リリアナ! お前が呪いをかけたのだろう! 追放された恨みで、ミレーヌの儀式を妨害したに違いない!」


 あまりの言い掛かりに、会場が一瞬静まり返る。

 アレクセイが溜息をつき、一歩踏み出そうとしたが、私はそれを手で制した。

 ここは、私が言うべきだ。

 私はゆっくりと壇上の二人を見上げ、凛とした声で言った。


「殿下。私はただ、この会場で美味しい空気を吸い、アレクセイ様との時間を楽しんでいただけです。細工などする必要もありません」


「嘘をつくな! ではなぜ、ミレーヌの力が暴走するんだ!」


「それは、彼女が聖女ではないからではありませんか?」


 私の言葉に、会場中の視線が集中する。

 タブーを口にした。

 しかし、誰もが薄々感じていたことだ。


「なっ……! 無礼者! ミレーヌこそが真の聖女だ! お前のような毒婦とは違う!」


「毒婦、ですか。……では殿下、一つお聞きします。真の聖女が祈りを捧げて、なぜ作物は枯れ、人々は飢え、水は濁るのですか? 聖女の加護とは、生命を育むものではないのですか?」


 私の問いかけに、エドワード殿下は言葉を詰まらせた。

 現実があまりにも雄弁に物語っているからだ。


「うるさい! 衛兵! この女を捕らえろ! 不敬罪で処刑だ!」


 エドワード殿下が喚き散らす。

 衛兵たちが躊躇いながらも動き出そうとしたその時、ドォォォォン! という轟音が響き渡った。

 窓ガラスが割れ、夜空から巨大な影が舞い降りてくる。


「グォォォォォォ!!」


 咆哮と共に現れたのは、骨と皮だけの巨大なドラゴンのような魔物――アンデッド・ドラゴンだった。

 王都の地下に溜まった瘴気が実体化したものだ。

 会場はパニックに陥り、悲鳴が響き渡る。

 衛兵たちは剣を抜くが、恐怖で足が動かない。

 ミレーヌはその場にへたり込み、エドワード殿下は腰を抜かしている。


「ま、魔物だ! 逃げろ!」


 貴族たちが出口へ殺到する中、アレクセイが悠然と前に出た。


「やれやれ。こんな余興まで用意しているとは、王家のおもてなしには恐れ入る」


 彼は右手を軽く振る。

 それだけで、迫り来るドラゴンの爪の前に、巨大な氷の壁が出現した。

 ガギィィィン!

 爪が弾かれ、ドラゴンがたじろぐ。


「アレクセイ様!」


「リリアナ、下がっていろ。すぐに終わらせる」


 彼は私に背を向け、戦闘態勢に入った。

 会場の空気が急速に冷却されていく。

 しかし、私は気づいた。

 ドラゴンの体から溢れ出る瘴気が、アレクセイの魔力と反応し、彼の呪いを活性化させようとしていることに。

 彼の手の甲に、黒い氷の紋様が浮かび上がっている。

 まずい。

 このまま高出力の魔法を使えば、彼自身の体が内側から凍りついてしまう。


「アレクセイ様、だめです! その魔物は、ただ倒すだけじゃ……!」


 私の叫び声は、轟音にかき消された。

 ドラゴンが再び瘴気のブレスを吐く。

 アレクセイはそれを氷の盾で防ぐが、苦悶の表情を浮かべて片膝をついた。


「くっ……! 魔力が……持って行かれる……!」


 彼の呪いは「魔力の循環不全」と「冷気の暴走」。

 瘴気のような負のエネルギーを吸収してしまう性質があるのだ。

 このままでは、彼は氷像になってしまう。


『どうすれば……私にできることは』


 私は周囲を見渡した。

 逃げ惑う人々、枯れた花、腐った料理。

 ここには「生命力」が足りない。

 負の連鎖を断ち切るには、圧倒的な「陽」の力が必要だ。

 私は、ドレスのポケットに入れていた小さな瓶を取り出した。

 それは、辺境を出る前に作った「特製スパイス」。

 太陽の光をたっぷり浴びたハーブと、火炎キノコ、そして私の魔力を凝縮させたものだ。


「スノー!」


 私が呼ぶと、影から巨大化したスノーが飛び出してきた。

 いつもの可愛い姿ではない。銀色の毛並みをなびかせる、神々しいフェンリルの姿だ。


「アレクセイ様を守って!」


「グルルァッ!」


 スノーがドラゴンに飛びかかり、その牙で腐った肉を噛みちぎる。

 その隙に、私は会場の中央にあった給仕用のワゴンへと走った。

 そこには、手つかずのワイン樽がある。

 私は瓶の蓋を開け、中身をワイン樽に放り込んだ。

 そして、ワゴンの上のキャンドルを倒し、樽に火をつける。


 ボッ!


 アルコールとスパイスが反応し、一瞬にして青白い炎が燃え上がった。

 しかし、それは物を焼く炎ではなかった。

 優しく、温かく、そしてどこか懐かしい香りを放つ「浄化の炎」。

 ハーブの香りが会場中に広がる。

 ローズマリー、セージ、タイム。

 それらは古来より、魔を払い、場を清めるために使われてきた。


『届け、私の想い! 温かいご飯の記憶よ、みんなを守って!』


 私が祈りを込めると、炎はさらに大きく燃え上がり、天井を突き抜けるほどの光の柱となった。

 その光は、ただの物理現象を超えていた。

 私の「聖女」としての力が、料理という触媒を通して爆発したのだ。


 光がドラゴンを包み込む。

 アンデッド・ドラゴンは苦しげに身をよじったが、やがてその体から黒い霧が晴れていき、ただの骨へと戻って崩れ落ちた。

 同時に、会場に充満していた瘴気が消え去り、枯れていた花々が、見る見るうちに色を取り戻していく。


「な、なんだこれは……」


「体が……軽くなる……」


 うずくまっていた人々が顔を上げる。

 光の中で、私はただ祈り続けていた。

 そして、その光の中心に、アレクセイがいた。

 彼の体の氷が溶け、苦痛に歪んでいた表情が和らいでいく。

 彼は驚いたように自分の手を見つめ、それから私を見た。

 その瞳には、かつてないほどの熱情が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ