第7話「王都からの影と不器用な贈り物」
平和な日々を破ったのは、一羽の伝書鳩だった。
王家の紋章が入った豪奢な封筒を足に結びつけ、吹雪の中を飛んできたのだ。
執務室でアレクセイがその手紙を受け取った時、部屋の温度が五度は下がった気がした。
「……くだらん」
アレクセイは手紙を一読すると、そのまま握りつぶし、一瞬で凍らせて粉々にした。
キラキラと舞う氷の粉が綺麗だったが、彼の表情は能面のようだ。
「王都からですか?」
お茶を淹れながら尋ねると、彼は忌々しげに頷いた。
「ああ。来月、王城で開かれる建国記念の舞踏会への招待状だ。辺境伯として、必ず出席しろとな。……そして、追放した罪人の様子も報告せよ、と書いてあった」
罪人、というのは私のことだ。
胃のあたりが重くなる。
王都。
私を陥れた元婚約者のエドワード殿下や、義妹のミレーヌがいる場所。
二度と戻りたくないと思っていた。
けれど、アレクセイが出席するなら、私もついていく必要があるのだろうか。
「俺は行くつもりはない。こんな時期に領地を離れられるか。それに、お前をあんな腐った場所に連れて行く気もない」
彼は私の不安を読み取ったように言った。
しかし、その言葉とは裏腹に、彼の表情には懸念の色があった。
王命を拒否すれば、ヴォルガード家は反逆の意志ありとみなされるかもしれない。
ただでさえ「魔王」と恐れられている彼だ。
王都の貴族たちは、彼を排除する口実を探しているに違いない。
「……アレクセイ様。行きましょう、王都へ」
私はカップを置き、彼を見つめた。
「どういう意味だ? あいつらに会いたいのか?」
「いいえ、会いたくはありません。でも、貴方の立場が悪くなるのはもっと嫌です。それに……」
私は言葉を選んだ。
「逃げ隠れするのは終わりにしたいんです。私は罪を犯していない。堂々と胸を張って、貴方のパートナーとして出席したい。貴方が選んだ私が、どれほど幸せかを見せつけてやりたいんです」
アレクセイは目を丸くし、それから深く溜息をついた。
そして、堪えきれないようにクスクスと笑い出した。
「はは……お前は、本当に強いな。俺の方が守られている気分だ」
彼は立ち上がり、私の前に来た。
「わかった。行こう。あいつらに、俺たちの絆を見せつけてやる。そして、お前を侮辱したことを後悔させてやる」
その瞳には、楽しげな、しかし獰猛な光が宿っていた。
ざまぁ展開の予感に、私は少しだけワクワクしてしまった。
数日後。
アレクセイから「部屋に来い」と呼ばれた。
何か深刻な話かと思って行くと、そこには大きな箱が置かれていた。
美しいリボンがかけられている。
「……これ、お前にだ」
アレクセイはそっぽを向きながら言った。耳が赤い。
「開けてもいいですか?」
「早くしろ」
急かされてリボンを解き、箱を開ける。
中に入っていたのは、息を呑むほど美しいドレスだった。
氷のような淡いブルーの生地に、銀糸で繊細な刺繍が施されている。
裾には本物の水晶が散りばめられ、動くたびに星のように煌めく。
さらに、分厚くて暖かそうな白銀の毛皮のショールもセットになっている。
防寒対策もバッチリだ。
「綺麗……!」
「王都の舞踏会用だ。それと、これは普段使い用だ」
彼がもう一つの箱を指差す。
中には、最高級の羊毛で作られたコートや、手袋、ブーツが入っていた。
どれも私のサイズにぴったりで、機能性と美しさを兼ね備えている。
いつの間に準備していたのだろう。
「ヴォルガードの女がみすぼらしい格好をしていては、俺の沽券に関わるからな」
彼はぶっきらぼうに言ったが、その言葉の裏にある深い愛情を感じ取らずにはいられなかった。
私を守りたい、私を美しく着飾りたい、という彼の想い。
「ありがとうございます、アレクセイ様! 一生大切にします!」
私は感極まって、彼に抱きついた。
彼は一瞬驚いたように硬直したが、すぐに優しく抱きしめ返してくれた。
「……似合うはずだ。誰よりも」
彼の囁きが耳元をくすぐる。
こうして私たちは、王都へ向かう準備を整えた。
最強の魔導師と、最強の料理番(自称)。
そして、最強の聖獣スノー(ただし見た目は大型犬)。
このトリオが王都に乗り込めば、どんな騒動が起きるか。
元婚約者たちは、まだ知らない。
自分たちが手放したものが、どれほど大きな存在になって帰ってくるかを。
旅立ちの日は、雲ひとつない快晴だった。
雪原が光を反射して輝いている。
馬車に乗り込む私の手を取り、アレクセイがエスコートする。
その手は、もう完全に温かかった。
「行くぞ、リリアナ。俺たちの反撃の始まりだ」
「はい、アレクセイ様!」
馬車の車輪が回り出す。
目指すは王都。
復讐の、いや、幸福な大逆転劇の幕が上がる。




