第13話「辺境への帰路と幸せの食卓」
その日の夜、ヴォルガード城の大広間で盛大な祝宴が開かれた。
領民たちも招き入れ、テーブルには所狭しと料理が並べられた。
メインディッシュは、私のレシピを元にガストンたちが腕を振るった「ヴォルガード風特製シチュー」と、巨大なイノシシの丸焼きだ。
薬膳の知識を活かしつつ、誰もが楽しめる味付けになっている。
「カンパーイ!!」
ジョッキをぶつけ合う音、笑い声、肉を焼く香ばしい匂い。
かつて静まり返っていた城とは思えない賑やかさだ。
アレクセイは上座に座り、珍しく酒を飲みながら、次々と挨拶に来る領民たちの話に耳を傾けている。
その表情は穏やかで、時折柔らかい笑みさえ浮かべている。
「氷の公爵」の氷は、完全に溶け去ったようだ。
私は厨房と広間を行き来しながら、みんなの皿に料理を配って回っていた。
スノーも首に赤いリボンを巻かれ、子供たちに囲まれて撫で回されている。
まんざらでもない顔をしているのが可愛い。
「リリアナ」
呼び止められて振り返ると、アレクセイが私の手を取った。
「働きすぎだ。主役が座っていなくてどうする」
彼は私を自分の隣の席――公爵夫人のための席に座らせた。
「でも、みんなが食べているか気になって」
「心配いらん。ガストンたちが上手くやっている。……それより、俺の相手をしろ」
彼は少し酔っているのか、目がとろんとして甘えたような口調だ。
私は苦笑しながら、彼のために切り分けた肉を差し出した。
「はい、あーん」
「……人前だぞ」
「あら、公爵様は恥ずかしがり屋さんですか?」
私がからかうと、彼は観念したように口を開けた。
パクり。
美味しそうに咀嚼し、飲み込む。
「……美味い。お前の手から食べると、さらに美味くなる気がする」
「それは良かったです。これからも毎日、食べさせてあげますね」
「ああ。……毎日だ。約束だぞ」
彼は私の手を強く握り締めた。
その言葉の重みに、胸がじんと熱くなる。
毎日。一生。
それは、何気ないようでいて、奇跡のような約束だ。
宴は深夜まで続いた。
やがて、人々が満足して帰り始め、広間に静寂が戻ってきた頃。
私たちはバルコニーに出て、夜空を見上げた。
満天の星空。
そして、その下にはオーロラが揺らめいている。
「綺麗……」
「ここでの冬は厳しいが、この景色だけは悪くない」
アレクセイが私の肩にショールをかけてくれた。
私たちは身を寄せ合い、冷たい夜風の中で温もりを分け合う。
「リリアナ。お前が来てくれて、俺の世界は変わった。色がついたんだ」
「私もです。追放された時は絶望していましたけど、ここに来て、アレクセイ様と出会って、本当の自分を見つけられた気がします」
料理を作ること、誰かを癒やすこと、そして愛すること。
その全てが、この場所にはあった。
「リリアナ」
アレクセイが向き直り、片膝をついた。
その手には、小さな箱が握られている。
中には、氷の結晶のようなデザインの、青いダイヤモンドの指輪が輝いていた。
「改めて言わせてくれ。……俺と結婚してくれ。俺の生涯をかけて、お前を守り、愛し抜くことを誓う」
真剣な眼差し。
私は涙が溢れるのを止められなかった。
「はい……! 喜んで!」
彼が指輪を私の左手にはめる。
サイズはぴったりだった。
彼は立ち上がり、涙で濡れた私の頬にキスをし、それから唇を重ねた。
オーロラの下での誓いのキス。
それは甘く、とろけるように温かかった。
「……愛している、リリアナ」
「私も愛しています、アレクセイ様」
足元でスノーが「ワオーン!」と遠吠えを上げ、私たちを祝福してくれた。
これから先、どんな困難があろうとも、私たちなら大丈夫だ。
温かいスープと、愛する人がいれば、どんな冬も乗り越えられる。
そう確信できる、幸せな夜だった。
(本編おしまい 番外編・エピローグに続く)




