僕は影が怖くてね
ドキアは池の中で涙を流しました。胸は張り裂けそうで、ヴァンに会えたのに会えないときの辛さよりも苦しみました。ヴァンに知らないフリをした自分を恥じたのです。
それにヴァンのことはドキアの頭から離れませんでした。手を振り返さなかった時の、悲し気に下に落ちていく目だけの顔がドキアに突き刺さりました。
あの時はドキアも不安だったのです。捕まっている吸血鬼と知り合いだなんてばれたらドキアも捕まるかもしれません。ですが、あの時知らないフリをしたことは結果的に二人にとってチャンスになりました。
あそこで知り合いだとばれたり、疑われたらドキアは自由に動けなかったでしょう。
みんなが寝静まって、世界も寝静まってからドキアは静かに池を出てヴァンのいる牢屋へと行きました。途中誰かに出くわさないか、見張りがいないか慎重に見渡しましたが牢屋の前にも見張りはいないようです。松明の炎も燃え尽きていました。
「ヴァン、ヴァン起きてる?僕だよ。ドキア、大丈夫かい?ひどい目にあってない?」
牢屋の前に着くとドキアはすぐに声を掛けました。月明りでピカッとヴァンの目が二つ開いたのが分かりましたが口は開きません。
ヴァンは腹が立っていました。ドキアが立ち去った後で口に出せないほどの悪口が頭の中で浮かんできました。今口を開いてしまうとそれが口の中からあふれ出てくるのが分かっていたので開きませんでした。
「ヴァン、ごめん。僕ヴァンのこと知らないフリしちゃった。森に行くなって長老に言われて会いに行けなくなっちゃて……。最初は守ってたんだけど我慢できなくて、隠れて会いにいったんだけどヴァンがいなくて……。やっと会えて嬉しかったのに、みんなからなんて思われるか不安で無視しちゃった。ごめん。そんなことしたくなかったんだよ僕、だけど僕は弱いから、みんなの顔が怖いんだ」
ヴァンは口を閉じたまま立ち上がってドキアに近づきました。縛られた手でどうにか、ポケットから琵琶を取り出します。ですがそれはもうつぶれてぐちゃぐちゃになっていました。つぶれた琵琶は甘い匂いを放ちます。
「それなに?もしかして僕に」とドキアは聞きました。ヴァンはせっかく持ってきた琵琶が潰れてしまっていてショックを受けました。
殴られたときに潰れたのでしょう。こんなの食べさせられないと引っ込めようとすると、ドキアの手が伸びてきて潰れた琵琶を取っていきます。それと同時にドキアのお腹の音がなりました。
「美味しい、すっごく。」ドキアは喜びながら涙が流れてきました。ヴァンはその顔を見ると頬が上がらずにはいられませんでした。
「お腹空かせたり泣いたり喜んだり、忙しいね君は」ヴァンは笑いました。ドキアはヴァンの笑顔を見ると安心してつられて笑いました。それだけでヴァンはドキアのことを悪く思っていたことなんかすっかり忘れてしまいました。
そしてどうにかしてヴァンを逃がせないかとドキアは考えます。牢屋は木製にしても小さなドキアと縛られているヴァンでは壊すにはすごい時間がかかりそうです。日が昇ってしまうと、ここではヴァンは処刑される前に太陽に焼かれて命を落とす危険があります。日が昇る前に助けないと。
鍵を盗みに入ろうか長老の家まで行きましたが現実的ではありませんでした。ドキアの頭ではもう考えが出てきません。するとヴァンが一つだけ方法があるけれど危険が多いんだと言いました。ドキアは「教えて」とすぐに返しました。
「おれを見てよ。君はあっておれにないものがある。分かるかい?」ドキアはヴァンのことをモジャモジャの頭の先から足の着いた床まで3回も見ましたが分かりませんでした。
「ごめん、少し意地悪したんだ。この暗さじゃわからないよね。森の中でも分からなかったかも。日差しが入らないからね。おれには影が無いんだ。切り離しているんだ。ちょっと訳ありでね。だけどその影を体に戻せばこんな檻くらいすぐに壊せるんだ」
「影って、僕の体からもたまに出てくる黒い奴?あれって切り離せるの?僕、小さいときあれが足元に付きまとうもんだから怖くて逃げたよ。だけど逃げても逃げても付いてくるんだ。今じゃ仲良くやってるけどね」




