村のルールを守らないと
「そうなんだ」ドキアは聞いていた話と違くて理解が追い付きませんでした。そしてまたドキアは、カッパはどうだろうと聞きました。
「吸血鬼のカッパなんて今までいないだろうね、きっと。なれるのかも分からないけれどなりたくなったら言ってね。長生きできて、強い力を持つよ」
「弱点はないの?」
「太陽がダメなんだ。日差しに弱くなる。だからこうして日の入らない森の中にいるんだ。村を見に行くのも夜だけしかできない」
ドキアは考えました。吸血鬼はとてもかっこいいけれど太陽の光に当たれないのであれば、毎朝恒例の甲羅干しができなくなります。ドキアはあの時間が大好きです。
「考えとくよ」とドキアは言いました。そして外の世界を教えてよと言いました。
「外の世界ね。おれからしたこのドキアの住む世界が外の世界だけどね。ドキアの言う外の世界はここよりもずっと危険だよ。キバも力も大きさも何もない奴が出たらすぐに死んじまうね」
「僕のお父さんは体が大きかったのに死んじゃったよ。力もあったはずさ。だけど外に探索に行って死んじゃった。お母さんも……。お父さんを助けようと外に出たら殺されたんだ」ドキアは泣きそうになります。
「それは……ご愁傷様」
ヴァンはかける言葉が思いつきませんでした。ドキアを怖がらせるために少し大げさに言ってみたのです。地雷を踏むというのはこのことでした。
「で、でも楽しいことの方がおおいさ。綺麗な景色に、人の残した遺跡もある。いくら時間があっても足りないさ。それに美味しい食べ物だってたまに見つかる。甘い果物とか、この木苺の百倍大きくて百倍美味しいぜ。これももちろん美味しいけれど。この村には基本野菜しかないだろ」
「育ててるのはナスとキュウリとトマトくらいさ」
「外の世界には野菜と違った、甘い果物ってのがあるんだよ。食ったらびっくりするぜ、きっと」
(行ってみたいな……)
ドキアは外の世界を想像していました。ヴァンと一緒に甘い果物を食べながらヴァンの言う綺麗な景色を見たらどんなに楽しいだろうかと。だけど外の世界の危険さも分かっています。
「行こうよ、一緒に」ヴァンは言いました。ドキアは口に出したつもりはありませんでしたが、ぼそっと漏れ出てしまっていたようです。
「行きたい……けれど僕はこの村でしか生きれないよ。お父さんとお母さんが守ってくれて、今はこの村が僕を外の危険から守ってくれてるんだ」
「そっか、せっかく旅のお供ができると思ったのに」ドキアはヴァンが残念そうな顔をしているように見えました。
「ねえ、明日も会える?明日もキュウリ持ってくるからさ。足りないかもしれないけれど」
「他のカッパはキュウリを大事そうに抱えていたけどおれにくれるの?」
「みんなはキュウリが大好きだけど、僕は嫌いなんだ。どうしても生臭くて食べられない。だから収穫祭が終わるとしばらくはキュウリしか貰えないからこの森でこれを食べてるんだ」
「それなのにこの村にいたいなんて、変なの」ヴァンは言いました。そして、また明日とドキアに言いました。
「夜までもうひと眠りするよ」ヴァンは丸太で横になって眠ります。ドキアはお休みと言って村に戻りました。
明日も会う約束をするなんてドキアには初めてのことでワクワクしました。
だけど別れて一人で薄暗い森の中を歩いているとヴァンとの会話を思い出します。
『変なの』時間が経つとその言葉が胸に刺さりました。赤いくちばしの変な奴といじめられたこともあります。それはそれで悲しい思いをしましたが、それとは違う悲しさでした。鋭く奥の方まで突き刺さる、核心を突かれたような刺さり具合です。カエルの骨が喉に刺さったようでした。
夕方の鐘の音で食堂に行くと、配られたのはやっぱりキュウリだけでした。一気にかじり付いて食べてしまうカッパもいれば、大事に少しずつかじるカッパもいます。みんな幸せそうな顔です。ドキアは暗い顔だけはしないようにします。
キュウリを甲羅と脇腹の隙間に入れて食べたふりをして離れました。池で眠るときにはヴァンのことを考えました。
今は何をしているんだろう。吸血鬼は夜に活発に活動するみたいだから、食べ物でも探しているのかな。明日は何を話そうかな。
翌日、ドキアはキュウリを持ってヴァンに会いに行きました。短い脚はペタペタと次第に早足になります。ヴァンは夜の間にドキアのために外の世界からあるものを持ってきてくれました。ピンク色の丸い形で真ん中が少しへこんで溝のようになっている、手の平サイズです。
それは『もも』と呼ばれる果物だとドキアは初めて知りました。ヴァンは自分の爪でももに切れ目を入れるとするすると皮をむいてドキアに渡しました。
「食べてみなよ。キュウリのお礼さ。夜に何とか見つけたんだ」
ドキアはももの匂いを嗅いでみました。それは木苺よりも酸っぱさが無くて甘い香りだけが鼻の中に広がります。よだれが思わず出てきました。我慢できずにかぶりつくと口の中には幸せが広がりました。
「うまいだろ。良い顔してるよ。外の世界にはもっとうまいものもあるんだ」
ドキアはももに夢中でした。トマトよりも身がしっかりしていて柔らかくて甘い。あっという間に食べてしまいました。なくなってしまうと寂しさが残るくらいドキアは感動しました。
「美味しかった。甘くて、すっごい……。美味しい」
「でしょ。さっぱりトマトとかキュウリを食べたい気分の時もあれば甘い果物を食べたいときもある。みんな食べたいものを食べて、食べたくないものは食べなきゃいいんだよ。
好きなように生きるのが一番幸せさ」ヴァンはキュウリにかじりつきました。そして翌日も、その翌日もドキアはヴァンに会いに行って外の世界を教えてもらいました。
「ドキアよ。おぬしは最近村の外にばかり行っておるようじゃが、何をしとるんじゃ」長老が夕食の時間にドキアに聞いてきました。さすがに連日村の外に行ってご飯の時だけ帰ってくる生活に誰かが怪しんだようです。
「な、何もしてないです。森で散歩してるだけですよ」ドキアは焦りを隠しながら言いました。
「掟に森に行ってはならんという掟はないが、あまりにも村にいないで森にばかり行っていると不審がる者も出てくる。よからぬ事を考えているんじゃないかとな。同じ年のカッパたちと遊びなさい。散歩なら村の中でもできるだろう。しばらく森に行くことは禁止する。すまんな、みんな心配なんだ」
長老はそれだけ伝えるとドキアの返事も聞かずに去っていきました。ドキアは小さな声で、分かりましたと絞り出しました。ヴァンに会いに行けない。胸が張り裂けそうでした。楽しみを奪われてドキアはどうしたらいいか分かりません。
しかし長老に言われたことに歯向かうわけにもいきませんでした。翌日ドキアは言われた通りに村で過ごしました。それはそれは、時間がとても長く感じました。川辺で遊ぶ同年代のカッパたちの横で座るだけでした。
子供のカッパたちはドキアの赤いくちばしを気味悪がります。触ったら赤いのがうつる、みんなそう思っています。本気で思っているわけじゃありません。そういうゲームがずっと静かに続いているのです。ドキアはヴァンと外の世界へ思いを馳せます。




