黒くて怖い生き物との出会い
白い月はドキアの上空から方角を示してくれます。外に出たら月の方角に進めとヴァンに言われていました。
ドキアはヴァンに言われた通りに進みました。星と月と背の高い木がまばらに立っていて強い風が吹いて音を立てます。その音に最初の数回はドキアは肝を冷やしましたがしばらくすると慣れてしまいました。
ドキアの目には映りませんがだんだんと、水の匂いがしてきます。鼻をぴくぴくさせて進んでいくと川が見えてきました。向こう岸まで結構な距離があります。村の川の三倍くらいの川幅です。
流れは緩やかでドキアは川に飛び込みました。お腹も喉も潤ってドキアは元気になりました。ドキアは平泳ぎで水中を泳ぎます。眠ってた魚は驚いてドキアの通る前に逃げていきました。だけどドキアの泳ぎの方が断然早くて魚を追い越して川下に進んでいきます。
すいすい、すいすい、ドキアの速さにかなう生き物はこの川にはいません。
次はぐるぐる林だ。ドキアはたまに水中から顔を覗いては陸地を偵察します。ぐるぐるした木はないか、他の生き物はいないか、神経をとがらせます。
結構遠いって言ってたからな。ドキアは途中で顔を出して偵察するのをやめました。一気に川を下って行こうと泳ぎに力を入れました。
すいすい、すいすい、すいすい。村の川と違って他のカッパもいないし幅も広い。ドキアは泳ぐのが楽しくなってきました。他のカッパにぶつかる心配もないと、ドキアは勢いを上げます。
しばらく泳いで陸地を見てみようと顔を上げました。ちょうどいい川辺があってそこに上がりました。丸いこぶし程の岩がゴロゴロ転がる川辺です。少し休もうと、ドキアは座って休み、丸い石が積み上げられているのを見つけました。丸いこぶし程度の石が五個積みあがっています。ドキアも村でたまにやる遊びです。
誰かいるのかもしれない。ドキアは急いで辺りを見渡しますが気配は感じませんでした。安心すると少しだけ張り詰めていた糸が緩んで眠くなりました。そしてドキアは数分だけ意識を夢の中に落としました。
檻の中に閉じ込められたヴァンを助けに戻ったのに檻には誰もいなくて村にも誰もいなくなっている。そんな夢でした。誰もいなくて悲しい気持ちになったところで目を覚ましました。
ドキアを覗き込むように何かが立っていて、ドキアは叫びました。それは誰が見ても恐怖という言葉を思うような恐ろしい顔でした。黒い顔、月明かりで金色に光る二本の長い角、先っぽは鋭利に尖っています。目は赤い丸の輪っかが二つ対称についていた。服は黒の装束に包まれていました。
ドキアはそれが何者なのか分かりません。危険なのか、危険じゃないのか、分かるのは怖いということだけでした。ドキアが叫ぶとその生き物は後ろに素早く身を引きました。その生き物はドキアやヴァンと同じく二足歩行で歩きます。
「だ、誰……」ドキアは絞り出すような声で聞きます。そしてヴァンと出会ったときに言われたことを思い出します。名乗るならまず自分から。僕はドキア、と名乗りました。
黒い生き物は名乗ってくれませんでしたが、右手をゆっくり上げて指をさしました。その先には積み上がった五段の石があったところでした。ですが石は倒れてなくなっています。ドキアが数分寝ている間に足を当てて倒してしまったのです。
「もしかして、君が建てたのかい。そして僕が倒しちゃったのかな。ごめんね。直すから」
ドキアは震えながら石段を作りました。ですが手が震えてうまくいきません。あの顔で後ろから見られているのを想像するだけで恐ろしいのです。震える手はうまく動きませんでした。
石は倒れてまた一段目から、繰り返していると見かねてか黒い生き物はドキアに近づいてきました。ドキアは驚いて甲羅ごとひっくり返ります。黒い生き物は気にもせずにドキアの隣で石の段を作りはじめました。
一緒に作ろうとしただけなのか。ドキアは恥ずかしくなりました。勝手に怖がって、嫌な思いをしていないか気になりました。
「ごめんね」ドキアは聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声でぼそっと言いました。そうするとドキアの手の震えも収まって一緒に石の段を作り上げました。
二つ積みあがった石段を黒い生き物は見つめていました。表情は変わりませんがドキアにはその顔が満足そうな顔に見えました。
どこに住んでいるの?
そう聞こうとすると黒い生き物はドキアの目の前から消えていました。辺りを見渡しますがどこにもどこにもいません。足音もなく消えていきました。
ヴァンを助けないと、ドキアは目的を思い出して川を下りました。するとぐるぐると天に向かってとぐろを巻いた木が見えてきました。
これに間違いありません。ドキアは確信しました。川から上がると一瞬、月が暗くなったような気がしました。反射的に月を見ましたがそこにはちゃんと月がありました。ドキアは気のせいかと、林に向かいました。
ヴァンのキャンプはこの林の奥にあるそうです。ぐるぐるの木は一本一本がどっしりと太い幹をしていてドキアの生まれるはるか昔からここに立っていることが分かります。ですが枝が天に向かうにつれてぐるぐる巻かれているだけで木の実はおろか葉っぱの一枚もつけていません。
ドキアは空いたお腹を撫でて落ち着かせます。林の奥は静かで風もいません。他の生き物もいなそうです。ただひたすら奥に進みました。
焚火の後を見つけました。その前には小さな丸太椅子があります。ヴァンのキャンプに違いないとドキアは思いました。
「焚火を見つけたらその近くの木の後ろを探してほしい。葉っぱで隠したリュックがあるはずだから」
木の後ろに隠されたリュックを見つけました。大きな茶色のリュックです。ドキアはその中身を確認しました。
中には荷物がたくさん入っています。ドキアには見たことのないものばかりでした。短剣に沢山の地図と方位磁石、そのほかにも沢山入っていました。ドキアはカバンの中を探って、見つけました。瓶に入った黒い影です。確認すると、それをリュックに戻してドキアは背負いました。
さあ、あとは戻るだけです。ドキアは川まで戻りました。リュックを濡らさないようにお皿の上に乗せて泳ぎました。川上へ、ここまで来てしまえば怖いものは無いはずです。ドキアは自信が付き始めました。「僕だって何でもできる」
頭を出して泳いでいると、上流から良い匂いがしてきました。口の中で甘酸っぱさが広がってよだれが溢れてくるそんな匂いです。桃かもしれない、とドキアは思いました。ここまで順調だしお腹もすいた。ドキアは川を上って匂いの方へ向かいました。
辿ってみると匂いの先にあったのは確かに桃でした。暗くても月明かりで照らされて輝いているので分かりました。地面に一つぽつんと落ちているのです。周りに桃の生る木は見当たりません。
もしかしたら誰かが落としていったのかも、ドキアはそう思いました。それなら拾ってもいいかもしれない、ドキアが桃に近づくと目の前は急に真っ暗になりました。元々夜なので暗いのですが本当の真っ暗に、そしてお尻が痛むのを感じました。
ドキアは理解するのに時間がかかりましたが自分の状況を理解できました。穴に落ちたのです。上を見上げると月明かりが少し見えました。ドキアの身長の三倍くらいはありそうです。這い上がろうとしましたがすぐに滑り落ちてしまいました。
(やばい、どうしよう。このまま出られなかったらヴァンを助けられない)ドキアは何度も登ろうと試しますが土が下へ崩れていくだけでした。




