キュウリの嫌いなカッパ
村の長老カッパは月を見上げて、中途半端に長いあごひげをなでます。そして、咳払いをしてから言いました。
「明日は月が満ちるぞ。待ちわびた時だ」
それを合図に長老の補佐カッパは、急げ急げと走り出して村の端にある高台に登りました。近くに立つ木の二倍はある高さの高台で、補佐カッパは息を大きく吸ってホラ貝を吹きます。
音が響いた瞬間に村のカッパたちは耳を鋭く尖らせました。ホラ貝の音が一回なら村に危険や災害が起きた時、二回なれば長老の家の前に集合の合図、三回なればみんなが待ち望んだキュウリの収穫祭決行の合図です。
村では深夜にも拘わらず大きなホラ貝の音が響き渡りました。一吹き目が聞こえて息をのんで、二吹き目が聞こえて息を吐いて、三吹き目が聞こえて目を輝かせます。
静かな水面もかすかに震えて音を伝えます。
それは池の中で眠ろうとしていたドキアの眠気を吹き飛ばしました。あるカッパは池の外に飛び出して「収穫祭だ!」と走り出しては興奮を抑えきれなくて、あるカッパはキュウリを思ってよだれを垂らしています。
だけどドキアだけは三回鳴るホラ貝の音を聞いても興奮しないどころか、どうにかして収穫祭を逃れられないか考えていました。
ドキアはキュウリが苦手でした。食べても生臭いだけで味もしない。美味しさが全く分かりませんでした。ドキアはみんなと違う理由で眠れなくて、静かに池から上がって大きな岩の上に座って月を眺めました。
「お前さんも興奮して眠れないのかい?だよな、楽しみだよな」
村を走り回っていたカッパは岩に登ってドキアにそう聞くだけで、ドキアの返事も聞かずにまた走り出しました。
「うん、楽しみ」とドキアは消えるような声で言いました。自分に嘘をついてでも、みんなと同じことをする。
そうしないと独りぼっちのドキアはこの村で生きていく手段がありません。両親を亡くしたドキアには村に従って生きる。
そうしないと食べ物も手に入りません。あまりにも目立つ悪行をすると村を追い出されてしまいます。ドキアの大好きだったダン兄さんは「人」の遺物を身に着けた罪で村から追放されました。ドキアは大好きなダン兄さんが村から追放されるのを泣きながら、見ていることしかできませんでした。
それにドキアは生まれた瞬間から他のカッパと違う点があったのです。
ドキアのお父さんは優しくてガタイのいいカッパでした。かっこよくはありません。お母さんは、そんなお父さんには勿体ないくらい綺麗なカッパでした。
それは村のみんなが思っていました。だけどドキアのお母さんは、お父さんの優しくて勇敢なところに魅かれたのです。二人ともドキアが生まれるまで、村ではおしどり夫婦として有名でした。
ドキアが生まれたとき、村ではホラ貝が三回鳴らされました。外にいる狛犬の群れや大蛇が襲ってきたわけではありません。そのホラ貝はドキアに対して鳴らされたのです。
この村のカッパの出産には必ず長老婦人が立ち会います。大きな丸い目をした子供が大好きなカッパです。いつもはか細い声でおしとやかに話します。だけどドキアを取り上げたときに長老婦人は叫び声を上げました。それはもう、長老室でお酒を飲んでいた長老がびっくり仰天して腰を抜かすほどでした。
「の、呪われた子。ひ、人の生まれ変わりよ」
普通のカッパは黄色いくちばしをしています。それがドキアのくちばしは真っ赤だったのです。
それはもうかつてこの地に住み着いていた人のように赤い口でした。
この村のカッパは誰も人に会ったことがありませんが、この村では人は滅んだと教えられてきました。人は悪いものとして子供カッパたちの教育に使われます。「嘘をついたら赤い口の人になる」「おきてを破れば人がくる」
この村では人は「悪いもの」の最上位として言い伝えられているのです。
人は土地を汚す。人は水を汚す。人は同族を殺す。カッパはそんなことをしません。みんな仲良しなのです。
そんな人の生まれ変わりのような特徴を持ったドキアが生まれて村は大騒ぎでした。人の子は村に災いをもたらすと村長は言いました。
「災いをよぶ前に殺しましょう」と誰かが言いました。
三回の鐘の音が鳴ってしばらくすると、鐘の音が二回鳴って長老の家の前にみんな集まりました。
「お願いします。あの子の命は助けてください。なんでもしますから……。くちばしが赤いだけ、背中には甲羅もあるし頭にはお皿もある。私たちと同じじゃないですか。人の生まれ変わりだなんてありえない……」
ドキアのお父さんはみんなの前で頭を下げました。長老は頭を悩ませました。村のみんなからは、災いなんてごめんだ、殺してしまえとそんな声が飛び交います。
長老は手に持った三つ編み状になった木の杖を高く掲げました。するとみんな静かになります。長老の考えがまとまった合図です。
「ミカドよ。主の子供は確かにカッパ族である。しかし、くちばしの赤さに人の生まれ変わりである可能性も捨てきれぬ。災いを絶対に呼ばぬとも言い切れぬ」
長老は淡々と言いました。そして杖を下ろしてドキアの父、ミカドの肩に杖を下ろしました。ミカドはずっと頭を下げたまま息子が助かることを願っています。
「災い転じる以上に村への貢献をせよ。すれば皆息子の様子も見てくれるだろう。村の外の探索隊に命ずる。危険な仕事じゃがやるか?」
「やります。やらせてください」




