手加減のできない力
大蛇がこちらに猛スピードで突っ込んでくる。
顎は閉じたまま、どうやらこれで俺を喰らうつもりは無いらしい。まずは突進でこちらの動きを鈍らせようという考えだろうか。
かわすことはできる。
だがかわさない。手に持った剣を大蛇の眉間に突き刺す。
――が、刺さらない。
僅かに俺の体が押される。
しかし俺は退かない。だが蛇もかなりの力でこちらに押してくる。
なまくらの俺の剣は、大蛇の鱗を貫けない。そうなれば、間に挟まれる俺の剣にはかなりの負荷が掛かる。
案の定、俺の剣は中辺りでポッキリ折れてしまった。
つっかえ棒をなくした大蛇が一気にこちらに突っ込んでくる。俺は左に飛んでそれを避ける。
「堅い……。困ったな。安物とはいえ唯一の武器だったのに」
悠長に戦っている暇は無い。なにせ、リズの体がこいつの体内でいつドロドロになるか分からないからな。急ぐ必要がある。
そうなれば魔法か、超能力か――なのだが、これがまた不完全なのだ。
魔法は強すぎてリズまで傷つけかねない。
超能力はまだ念力と、瞬間移動しか完全じゃないからリズを助け出すことには直結しない。
……いや、武器はある。
こいつの体と同じく、俺の剣では切れなかった得物が。
そばに落ちている、『ホーントラスト』の角が。先端はそこそこ鋭いし、なにせ堅い。
こいつを切断した時のように、うまく魔法と合わせれば大蛇の鱗を斬り裂くことも容易いだろう。
そうと決まれば使おう。
大きな赤い角を片手で拾い、くるくると回す。よし、大丈夫。十分武器になる。
大蛇は、得体の知れない巨大な棒を振り回す俺に警戒を抱いたのか、じりじりと後退していく。
距離をとり、見極めながら戦うつもりか。
野性の本能か、しかしこいつは賢い蛇だ。敵の本性が知れない時にはまず距離を置く、できるならば身を隠す。
怒り狂い、ただ正面から挑み、俺に両断される末路を辿ったあのカブトムシに比べればこいつははるかに賢く、野性的だ。
だが、俺にはそうしている時間は無い。
――まず、一撃で命を貰おう。
「はぁっ!」
地面を蹴り、距離を詰める。
大蛇の体がそれに反応し僅かに動くが、鬼神の身体能力を前には遅すぎる。
両手で角を振り上げ、一気に大蛇の頭目掛けて振り下ろす。
「ギィィッ!?」
角は大蛇の鱗を切裂き、肉を切った。だが命を絶つところまではいかなかったらしい。
赤い血が傷口から吹き出し、俺の体にかかる。
大蛇は激痛を感じているのか、暴れ周り、木に頭をぶつけ静止した。
――死んだか? いや、気配は消えていない。
……変な声が聞こえる。
大蛇の腹の中からだ。
直後、大蛇が狂ったように暴れ始めた。
小さな爆発音が響き、その腹を突き破るように何かが飛び出してくる。
――1人で出れたのか。
「うえぇー、汚いー……」
「べっとべとだな」
「ぐぅ……いきなり何かと思えば、蛇に食われるなんて何て屈辱……」
リズは全身に半透明の、実に気持ち悪い謎の液状の物質を被った状態で大蛇の腹を突き破って生還した。
まだ消化はされていないらしく、元気ではあるようだ。
「ギシャアアアアアア!!」
獲物に腹を突き破られた大蛇は怒りと激痛で大暴れしている。
俺たちの姿も認識できていないらしく、巨大な体を森の木々にたたき付けて、太い木を根元からへし折っていく。
偶然、尻尾の一振りがこちらに飛んできた。
「シズヤ危ないっ!」
「大丈夫」
右手で軽く弾く。
すると大蛇は漸くこちらに気付き、俺を睨みつけた。
敵意をひしひしと感じられる。相当お怒りのようだが、一つの衝動に支配されたお前はもう何もできない。
まぁ、冷静だったとしても勝ちの目は無かったんだがなぁ……
少なくとも、危険と恐怖を感じとってこの場から逃げ去ろうとすることくらいはできただろうな。
魔力を体の中心から引っ張り出し、手のひらに集める。
イメージは、刃。斬り裂く、風の力。
手のひらの上にかまいたちを作り出す。
「切り裂け」
手を振るう。
手のひらから放たれたかまいたちは、巨大な刃になり、大蛇の体を簡単に切り裂いた。
そしてそのまま森を直進し、木々を切り倒しながら遠くまで消えていった。
うーん、加減難しいなぁ。
「ギ、ギィ?」
「……なんだ、まさか死んだことに気付いていないとか?」
大蛇はもう一度こちらに襲いかかろうとした。だがそれは叶わない。
切断された蛇の体は崩れ落ちた。
切断面から血があふれ、地面を赤で染める。
大蛇は己の死に気付き、その瞳に色を失った。
「じゃあ行こうか」
「えぇ~、まってよ……私全身べとべと……」
「命があっただけ良かったじゃないか」
「うぅ、それを言われると……でもこんな状態で皆に会えないよ」
謎の半透明の物質は、今でもリズの体にべっとりとまとわりついている。まぁほぼ無臭なのが唯一の救いだったかもしれないな。
衣服には僅かにでも溶解した様子は無い。
ほとんど溶かす力は無いのか、もしくはまだ胃酸などの危ない物質には触れていなかったのか。どちらにせよラッキーではある。
ただ、まぁ女の子をべとべとの状態で放置しておくのもなぁ。
――加減ができるかは分からないけど、勢いをつけなければいいか。
魔力を水に、流れも無く、ただ俺の手のひらから湧き出るように。
手のひらをリズのほうへと向ける。
リズは意味が分からないようで、首をかしげている。
「発動」
「なにが……えぇえええ!?」
俺の手のひらから、大河が反乱したような凄まじい水量の水が溢れ出し、水は勢いこそ無いものの軽々リズを巻き込んで森に広がっていった。
水は当然俺の方向へも迫るわけで……
超能力で、俺の体の周りをカバー。
なるほど、超能力はこういう使い方もできるな。
……忘れていた、水を止めよう。
水は幸い、俺が止めるようにイメージするとあっさり止まってくれた。でもこの水量。ちょっとした災害レベルだな。
やっちまった。リズは大丈夫だろうか。
森の中に……気配はある。しかし弱弱しいな。
そこに向かうことにした。
森の生態系は、一時的にものすごい被害を受けたかもしれない。
しかし、大いなる大自然がこの程度で壊れたりするはずも無い。多分、再生力とかあるだろうし、俺が森からいなくなればモンスターも戻ってくるだろ。
――リズは、森のかなり出口に近い位置で漸く見つけることができた。
木の枝に引っ掛かって、リズは洗濯物のように干されていた。
「良かったな、綺麗になったみたいで」
「えぇそうね! おかげで凄く綺麗になったわよ!」
「……怒ってんの?」
「怒ってない!」
リズは木から飛び降りた。
服はまだ大分湿っているようだ。
「乾かそうか?」
「遠慮させていただく……」
「そ、そうか」
――寒そうだ。俺の服も安物だけど、無いよりはいいだろう。
俺は寒くないし、上着だけ貸してやることにする。
「着とけ」
「え? 悪いよ」
「気にすんな」
どうも、この世界に来てから寒いとか感じない。これも鬼神の身体能力あってこそか。我慢強いことだな。
森は抜けたし、後はリズのホームとやらまで行くだけか。
俺はリズについてのんびり歩き始めた。