俺と野生と少女
名残惜しい。
この紅葉。携帯電話がここにあれば、携帯のカメラで撮影できた。というか、元の世界だったならば今すぐ家にカメラを取りに帰っている。そして撮る。
それぐらいだ。
なんと綺麗な、それほどの美しい紅葉。
だが遠ざかっていく。
まぁ、いいけど。
帰り道。
森にはモンスターが相当数いる。それは、俺の鬼神の身体能力で研ぎ澄まされている感覚で常に捉えられている。
まるで、王族が歩く道を作るためにひらけていく庶民のように、一斉に散っていき、俺たちの通る道には気配はまるで無い。
「……シズヤ。モンスター払いの魔法でも使ってる?」
「ま、そんなとこだ」
本当は、俺の巨大すぎるチート勇者の力に、自然そのものが脅えているのだけど、それを自分で言うのもなんだかなぁ。
さらに進んでいく。もう振り返っても、ほとんど紅葉を確認する事はできない。
……前方、かなり遠くだが、そこからものすごい殺気が飛んでくるのが分かる。
まだ相当離れているが、そうとう怒ってるな。
どうやら死んでいなかったようだ。あの赤いヘラクレスオオカブトムシ。
俺は剣を一応抜いた。
すぐ隣で、気配など全く感じていないであろうリズが体をビクッと震わせ、俺を見た。
「あのカブトムシが帰ってくるな……」
「ホーントラストが!?」
そんな名前があったのか。
「とりあえず、まだ遠いけどこっちに向かってる」
「か、勝てる?」
「負けは無いな」
「じゃあ、あいつの角がほしい」
「あー……まぁ、いいけど。じゃあ根元からポッキリへし折ってやるよ」
羽音が聞こえてくる。
あと少し、こっちに突っ込んできたら、一撃だ。
魔力を集中する。今度は最初から手加減なんか考えない。
魔力を風に、そしてなまくらにその魔力を纏わせる。圧縮するのではなく、極限まで鋭く、研ぎ澄ますように。
狙いは角、そして角を落としたらそのまま体も真っ二つにしてやる。
羽音がさらに大きくなり、漸く敵の姿が視認できる距離に現れた。赤い体は、日光を反射して輝いている。
どうやら、こちらの位置を把握できているようだ。
太く長い角が、一直線にこちらに向けて突っ込んでくる。
「き、来たぁあああ!」
ホーントラストは目と鼻の先。
体の位置を僅かにずらし、角の直撃を避ける。
赤い角は、俺のすぐ横を通過していこうとする。
俺はそれを切断すべく、風を纏った剣を縦に振り下ろした。
音も無く、まるで豆腐を包丁で切るように、剣はすっと角を通過する。
さらに返す刃でホーントラストの巨大な胴体も真っ二つに斬り裂く。
まず、ドン、と地面にホーントラスの角が落下した。そして次に、両断されたホーントラストの体が崩れ、地面をすべるように森の多くへと消えていく。
「おしまい」
地面に落ちている角を右手で掴み、持ち上げてリズに軽く投げて渡す。
「ほい、角」
「あ、アホかぁああ!」
リズは両手でそれを受け止めたが、角が重すぎたのか、角に押しつぶされる形で地面に崩れた。
なんだ、非力だな。
仕方が無いから俺が角を持ち上げる。
片手で簡単に持ち上がるのは、やはり鬼神の身体能力のおかげか。
「お前、1人でもてないものを一体どうやって持ち帰るつもりだったんだよ」
「引っ張って行くに決まってるでしょ!? こんなの片手で持ち上げられる怪力バカ見たの初めてよ!」
リズは怒りを露にしていた。まぁ、そういうものみたいだな。
角を木に引っ掛けないように、角を立てて持ち、森の中を進んでいく。
しばらく歩くと、いきなりリズが走り出した。
……ここは、俺が来る時に通った道。なぜ分かるかというと、少し前方は木がごっそり無くなっていて、日光が射し込むを超えて普通に当たっていて明るい。
どう見ても自然の傷跡ではない。
俺が魔法でやっちまった後しか考えられないからだ。
「か、可愛いっ!」
「……お前、その気持ち悪いタンポポのことか?」
来る時にも発見した、タンポポ、なんだか目と口がついていてライオンみたいに鳴きやがる気持ち悪いとしか言いようが無い植物かどうかも疑わしい花だ。
「ガウ! ガウ!」
「これね! すっごい珍しいんだよ!」
「ああはいはい、そりゃ珍しいだろうな」
紛れも無い珍種だ。
「可愛いなぁ……」
リズは動く気配が無いから、俺はほっといて先に進むことにした。
しばらくすると、全速力でリズが追いついてきた。
なんだか相当慌てているようだ。
そしてそのリズの背後から、モンスターの気配。それも相当数……
なるほど。森の脅威であった俺から離れてしまったリズは、モンスターにとっては普通に標的になるわけだ。
しかし、ほんとに数は多いな。
よく振り切ったものだ。
「シズヤ! あんたと離れた直後から、モンスターがどんどん沸いてくるんだけど!?」
「だから、俺はモンスター払いの魔法を使ってるから」
嘘なのだが、結果として同じだ。
リズが俺に近づくと、モンスターたちは近づいてこなくなる。だがどこかに散ってしまうわけではない。多分、俺に近づいてもギリギリ安全だと判断できた距離を保ちながら、リズが俺から離れるのを待っている、というところか。
……まぁ、言葉は通じないだろうから言わないけど、モンスターたちよ。
多分そこは超危険区域内だ。
安全圏は、少なくとも森の中には無い。
なんか、かっこよくあいつ等を追っ払う方法は無いかな。
魔法も超能力も、この距離だと確実に森も壊す。
……こいつ等が恐れているのは、俺のなんだ。気配か? それとも無限の魔力か?
気配の範囲を広げる方法なんか知らないし、できるかも不明だけど、魔力をあたりに飛ばすことならできる。
よし、やろう。今すぐやろう。
魔力を、集中させずに、開放する。全方位へと放出。
――一気に気配が退いて行った。
「……なんか、森が静かになってない?」
あまりにも突然、森に静寂が訪れた。
何も音が無い。
「シズヤ、何したの?」
「魔法」
厳密には魔力を放出したのだが、これも魔法だろう。
感じられる俺の体の中の魔力っぽいものが減少する気配はない。今も満ちている。
「ほんと、何者なのよ……そういえば職業は?」
「あ、そうだな。ソードマンでいいか」
「あんたどう見ても魔法の方が凄そうじゃない……」
そりゃ生まれてこの方、剣の修行なんかしたこと無かったから、鬼神の身体能力とやらに任せて振り回してるだけだしな。
ならばウィザード、もしくはソーサラー? 魔法使いってなんていうんだろう。分からないけど、俺は魔法使いではありません。
まぁ、ソードマンでもないけど、戦闘モノのマンガとかのノリでやってみただけだから、あれぐらいできたら上出来だろう。
「じゃあ、ランクは?」
「……なにそれ?」
「知らないの!? あんたほんとにクエスター!?」
「改めて考えると、俺はクエスターじゃないかもな」
「どういう意味よ」
「剣も魔法も、2週間くらい前に身につけたからなぁ。モンスターも、ダンジョンも、このクエスターっていうのもほとんど知らないんだよ」
「……」
リズが目を見開いて、口をぽかんと開けていた。
ものすごく、驚いているというのが伝わってくる顔だ。
「たった2週間で、あれだけできるようになるの? シズヤって天才!?」
「なんでだ。俺なんか天才じゃねぇよ」
「天才に決まってるわよ。仮に生まれつき魔力は持っていたのだとして、身体能力も生まれつきのものだとしても、あの戦いぶりは異常よ。歴戦のクエスターって感じだったわね」
デビュー戦なんだけどなぁ……
しかし、俺が天才なぁ。この世界でも勘違いされるのかよ。俺のはただの模倣、真似。剣は漫画から、魔法はまぁ直感だけど。
そういう意味じゃ俺はウィザードか。
まぁでもチート勇者だし、チーターだな。
「生まれつきでは、無いんだけどな」
「えぇー!? じゃあこれだけの技術を全部2週間で!?」
「いや、神様がくれた」
「わ、分けわかんない……」
「俺も分からねぇ」
本当に、分からないことが多すぎる。
やはり俺は向こうでは死んだのか。もしくはこれは夢。しかしここが夢の中だとすると、俺は夢の中で眠り、夢を見ていたのか。
なんかおかしな話だ。
夢じゃない、俺は死んでいない、とすると……
やはり異世界。この世界の神様に勇者として呼ばれたというのが妥当か……
当然納得はできないけどな。
それか最悪、死後の世界――
それはやだな。死んだ爺さんに会えたりするものだとばかり思っていたのに、死後の世界はモンスターのいるRPGみたいな世界というのは勘弁だ。
森を進む。
あ、行き止まりだ。
「不自然な行き止まりだな……」
土が盛り上がって、ドーム状の塊ができている。回り道すればいいわけだが、これはどう考えても自然の産物じゃない。
……いや、モンスターが作っていた場合はこれも自然の一部か?
中から気配を感じる。
どうやらかなり気配を殺しているようで、この距離までこなければはっきりとは感じ取ることができない。
何が出るか……
何も出なければ、スルーすればいいが。
――リズは興味津々らしい。
「うーん、なにかなぁ。モンスターの住処なのかなぁ」
「鋭いな。中から気配を感じる」
「す、凄いわね。そんなの分かるんだ……」
リズは身長に土の塊に近づき、手でゆっくりと触れた。
――気配が……
「リズ、中で何か動いたぞ」
「きゃぁああ! って! 脅かさないでよ!」
「違う! 今すぐそれから離れ――」
俺が言い終わる前に、土の塊は崩れた。
そしてそこから姿を現したのは、巨大な蛇の頭。
獲物を待っていましたといわんばかりに、気配を全開にした大蛇は、その顎をいっぱいに広げ、そして――
「――リズ!」
――小さなリズの体を丸呑みにした。
想定外の速さ。野生の捕食能力、怖ろしいな。だが丸呑みにされたのは不幸中の幸いか……融かされる前に、あの蛇を八つ裂きにして助け出せる。
「今、助ける」
剣を抜き、俺は大蛇と対峙した。
大蛇はまだまだ食い足りないと、俺まで空気満々らしい。
だが、怖くねぇよ。
逃げられるのが最悪だったからな。
お前も、気配を潜めてないで、他の森の魔物と一緒にここから去るべきだったんだ。