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0章:新しい世界

 俺は『紅い森』にたどり着いた。

 この世界では、モンスターの住処を抗議にダンジョンという。そこが迷宮じゃなくてもダンジョンだ。

 チートとはいえ、完全に扱えるわけではない。だから一応、町で剣を1本手に入れて腰に差してみている。両刃の剣。どうせなら刀が良かったけど、無いんだからしょうがない。


 この森、名前は紅い森なのに、葉っぱも、地面の草も、青々としている。どこにも赤なんか見あたらない。まぁ、噂とかだろう。

 つか普通に考えて、人の血液くらいで木々や草が紅に染まるわけが無い。何人死んでんだよ。しかも鮮血ぶちまけて。


 「……ん、敵か」


 鬼神の身体能力というのはとにかくすごい。

 俺は背後から迫っていた、まだ100メートルは離れた位置にいるであろう敵の存在に直感的に気付くことができた。

 振り返り、剣を抜く。

 

 「き、気持ち悪ッ!」


 巨大なムカデがこちらに迫っていた。

 剣で斬り裂くつもりだったけど、無理すぎる。体液とかかかりそうで嫌だし。

 高速でこっちに直進してくるムカデに、左手を向ける。そして意識を集中する。


 ――ムカデを、掴む


 「ギ、ギィイ」


 「ふぅ、できたできた」


 ムカデの動きが止まる。

 今、ムカデは空間に発生している見えない俺の力にその身を拘束されている。

 多分、このまま俺が左手を握り締めれば潰すこともできる。けど、それはちょっと無理。だから、そのまま俺は左手を斜め左上に振る。


 ムカデの体が地面から離れて、宙を舞っていった。


 「便利なもんだなぁ」


 さらに進んでいく。

 森はどこまで進んでも、深い緑。やっぱり紅い森とは言っても、やっぱり森は緑色。当たり前といえば当たり前か。


 俺は分かれ道にぶつかった。

 まぁ、強引に進めば直進できるけど、服も汚れそうだし、変な虫とかに刺されそうだからパス。右か左かなんだけど、どうも左からはすごく大きな気配を感じる……

 だから、左だ。

 

 俺は左の道へと足を進めた。

 するとすぐに敵にぶつかる。巨大な蟷螂のようなモンスターだ。


 剣を抜き、敵が反応する前に両断する。


 何が起きたかも分からないままに、蟷螂の体は真っ二つになり、地面に崩れ落ちた。

 なんだかよく分からない黄緑色っぽい体液が地面に広がっていく。


 ……吐き気が。


 「さっさと行こう」


 俺は蟷螂の体液を避けながら、さらに森を進んでいく。


 奥に行けば奥に行くほど、道は狭くなる。

 どんどん木は大きくなっていく。

 途中までは、木々の隙間から差し込んでいた日光も、大分奥まで進んだのか、かなり少なくなり、夜中のようだ。


 背後に、気配を感じる。


 巨大な蜘蛛だ。


 背後とはいっても、100メートルほど離れているから、無視してもいいかもしれない。走れば逃げ切れる。だが明確な敵意がびしびし飛んでくる。

 振り返り、手のひらを蜘蛛に向ける。

 

 魔法は一番扱いが難しい。

 だがこの世界で最も一般的な術というのは、魔力を用いた魔術らしい。

 おそらく俺の超能力なんかは、かなり特異。それはそれで有名になるかもしれないが、この世界で生きる限り、魔法の習得も必要だろう。


 まず魔力を集める。

 これは簡単だった。手のひらに、何か暖かいものが集まっていくのが分かる。

 そしてこれを、イメージで変換する。

 これも簡単だ。ただここは森の中だから、火はやめて、風に変える。


 そして問題発生。俺は力加減というのが分からない。

 なにせ魔力は無限。仮に限界が1000とかだったら、そこから考えて加減もできるかもしれないけど、上限無しだから加減のしようが無い。


 「薙ぎ倒せ!」


 俺の手のひらから、魔力で作られた風邪の弾丸が高速射出される。

 直径、多分10メートルくらいはある巨大な圧縮空気の弾丸は、地面を抉り、木々をらくらく根元からへし折り、巻き込みながら直進し、蜘蛛は踏まれた蟻のようにぷちっと潰れてしまった。


 分からないなぁ、加減。


 しかし、明るくなった。うん、結果オーライ。


 それからしばらく、俺には森のモンスターは近寄らなかった。

 自然の勘というやつだろうか。俺の今の一撃は、森中のモンスターたちに本能の恐怖を植えつけるのに十分な威力を持っていたようだ。


 そこから俺は、超危険とギルドのおっさんに念を押されたダンジョン『紅い森』をフリーパスで進んでいく。

 気配が読めるから、周りのモンスターが退いていくのがよく分かる。

 むしろ俺が魔王みたいだ。


 ――いや、そうでもないらしい。


 森の奥、ここからはまだ少し距離はあるが、それなりに遠くても伝わってくる気配。そいつは俺に臆することも無い。

 ダンジョンの、主というやつだろうか。

 しかしガンガン敵意は放たれているけど、それはこちらに向けられてはいない。


 誰かいるのか?

 まぁいいけど。


 俺は巨大な気配を目標地点にして、歩き始めた。


 そして少し歩いた。

 すると、日光が差し込んできた。


 「暖かい……」


 正直、さっきまで肌寒かったが、この辺りは暖かい。やはり日光が届くだけで違うんだな。


 それを覆っていた葉っぱに隙間がたくさんある。

 

 ……ただ、なんか変なものがある。

 でかい、タンポポのような花がある。そいつは、くりくりとした目を持っていて実にシュールだ。

 風を受けてごつい頭を揺らしているが、正直可愛くねぇぜ。

 しかも一つじゃないから最悪だ。


 「ガウ!」


 さらに鳴きやがった。

 ライオンにも見えなくない。

 まぁタンポポはダンデライオンというけど。


 「まぁ、害は無さそうだし……放っておくか」


 俺は無視して歩き始めた。

 気配はどんどん近くなっていく。そいつは依然として敵意むき出しで、暴れているのだろうか。まだよく分からないが、そこそこ大きなモンスターのようだ。


 さらに進む。


 気配は、もう目の前だ。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 「……」


 言葉を失った。


 青々とした、薄暗い広大な森の中、この辺りだけが見事に紅葉しているのだ。

 赤や黄色の葉がは、日光を美しく反射し、さらに気温さえも上げてくれているようで、とても暖かく感じられる。

 ここはまさに『紅い森』だ。


 そしてひらひらと、美しく舞う色とりどりの葉っぱの下では、真っ赤な体を持つ巨大なヘラクレスオオカブトムシにしか見えないモンスターが、敵意むき出しで、1人の少女を突き殺そうとしていた。


 「……綺麗だ」


 「ちょぉっと!? あの! これ見えない!?」


 「これほど綺麗な紅葉は、元の世界じゃ拝めなかったな」


 「あー! 無視!? 無視するの!? か弱い女の子を!? きゃああああ! 殺される! お願い助けて! お願いしますからぁ!」


 ……あぁ、忘れてた。


 まぁ、ついでに助けてやるか。


 俺は剣を抜き、一気にダッシュし、少女とヘラクレスオオカブトムシの間に割り込む。そして少女に向けられていた、赤い巨大な角を弾く。

 赤いヘラクレスオオカブトムシは、大きく仰け反り、そしてこちらを睨みつける。

 どうやらこのモンスターの敵意の対照は俺に移ったらしい。

 

 今度は俺に角が突きこまれる。俺はそれを素手で受け止め、そのまま受け流す。


 赤く巨大な体が、地面を転がりながら俺の左後方に流れる。

 俺もそれに対応し、すぐに敵と対峙する。


 ……どうも、このなまくらじゃ切れそうにも無い。

 一番確実に、安全に、巻き込んでしまわない手段は超能力だな。


 もちろん巻き込んじゃいけないものは、この美しい紅葉だ。


 左手を敵に向け、イメージ。意識を集中する。


 ――角を、掴む。


 ヘラクレスオオカブトムシの動きが止まる。


 このまま左手を上げる。

 その動きにあわせて、巨大な角が持ち上がり、それに引っ張られてその体も浮き上がり、徐々に高く、森のどの木よりも高い位置まで浮上した。

 そして左手を真横に振るう。


 ヘラクレスオオカブトの体が高速で左の方向に動き、そのまま森の向こうへと消えていった。まぁ何かしらどこかに迷惑掛かるかもしれないけど、まぁ、いいか。


 「え、え? 今の何?」


 少女が俺のほうへと走ってくる。

 

 「まぁ、一応、大丈夫か?」


 「一応って何よ」


 「いやだって、この紅葉を守るついでだったから一応」


 剣をしまいながら答える。少女は実に不服そうだったが、実際にそうなんだから仕方が無い。

 そもそもここは、一応危険なダンジョンだ。

 そんな場所の、こんな奥地で、主っぽい巨大なモンスターとたった1人で対峙していた少女が、ごくごく普通の女の子だ、なんていうわけが無い。

 クエスターである事は間違いない。


 ショートヘアで、服装はかなり軽装。動きやすさを追求した結果なのか、露出も多く傷は負いやすそうだ。

 武器は、パッと見見当たらない。まぁ、素手で戦うのかな。

 それで『か弱い女の子』なんだからお笑いだぜ。


 「なによ、文句あるの!?」


 少女は不服を通り過ぎて怒ってすらいるように見える。うーん、鬼神の身体能力では、人の感情を読み取るのは無理みたいだな。

 まぁ、それはそれで、その方がいいだろう。


 他人の心なんか分かりたくない。


 「いや、別に」


 「ふん、あっそう」


 「……一応、ついでだったとはいえ、助けてくれた恩人にその態度は無いだろ」


 「……っ! ……た、確かにその通りね。感謝するわ」


 「……気持ち悪い笑うな」


 「き、気持ち悪い!? 女の子になんてこと言うのよ!」


 ……だってよ、さっきまであんな不機嫌そうだった女が、急ににっこりすんなよ。しかも、なんか表情引きつってたし。


 「笑うなら、素直に笑いたい時に笑え」


 「むっ、何よそれ。偉そうに」


 「お前より年上だからな」


 「私の年知らないでしょ!」


 「知らないけど、俺よりは下だろ」


 顔はどう見ても13、14、まぁギリギリ15かもしれないが、俺と同い年の17より上には見えない。こんなちびっ子の女子高生は見たこと無いからな。

 それに……身長、140……あるか? 無いだろうな。


 「じゃああんた! 何歳なのよ!?」


 「17」


 「私は19年生きてるの!」


 「えぇ!? ま、まじかよ……世界は広いな……いやここ別の世界だけど……」


 「? 何言ってんの?」


 「いや、忘れろ。気にするな」


 ……まぁ、もう、帰ろうかな。

 

 「ど、どこ行くの?」


 「帰る」


 「ちょっと待ってよ!」


 「なに」


 立ち止まり振り返る。

 少女、いやちびっ子は、不服そうな顔でも怒った顔でも、ぎこちない笑みを浮かべてもいない。いたって普通の顔、だが少し強張っているかな。

 

 さて、何を言い出す、もしくは何をするつもりか。


 「助けてもらったんだから、お礼がしたい。というわけで、私のホームまで来てちょうだい」


 ……ホーム、というのはこいつの家、というよりは、クエスター同士でパーティを組んでいる拠点という意味だろうな。

 そこで俺にお礼をしたいと。

 そういうわけか。


 「……じゃぁ、そうさせてもらうか」


 「ほんと!? やった!」


 少女は自然な笑みを作ると、その場で一回転して飛び跳ねた。

 とても19歳の女性には見えない派手なアクションの後に、こちらに向き直り握手を求めてきた。なんか知らんが、応えておくことにしよう。


 「私はリズベル。リズって呼んでね」


 「俺は、静也しずや。呼び方はなんでもいい」


 俺は妙に上機嫌なリズと並んで、紅葉に背を向けて森を引き返し始めた。

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