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暴力的なドワーフ姫 もしくは、彼女の復讐に巻き込まれたパーティの可哀想な運命について  作者: 空家
第一章 失踪した美少年を見つけるべく、モンサルゲントに潜入したイオアンが、魔法の鍵を入手するために、アリシアの脱獄に手を貸そうとする
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第9話 モンサルゲントの領主館 1

翌日の朝、銀の山(モンサルゲント)の頂上付近にある領主館の手前で、イオアンは石段に座り込んだ。足が動かない。


荒い息を吐きながら、眼下の風景を見下ろす。

薄曇りの空の下、肌寒い。

もうすぐ十月だ。


山の斜面にびっしりとへばりついた民家。麓の先には麦の刈入れが終った農地。遥か向こうのオッド河をゆったりと船が下っていく。モンサルゲントの生産物を遠くの属州まで運んでいくのかもしれない。


「静かなものだな」

イオアンは、隣のバルバドスに話しかけた。

「これで、この属州で一番大きな町というんだから」


「イグマスと比べるからだ。あれは異常なんだ。モンサルゲントも、俺が傭兵をしてた頃はずいぶん荒廃していた。前の領主が死んだ頃だが、カディウスに代わってからは、かなり復興してきたと思うぞ」


「いまの領主か」


「ああ。第八代当主のカディウス・タキトゥスだ」

バルバドスが、麓のあたりを指差した。

「ほら、いくつも煙が立ち上がっているだろう。鍛冶屋の数だけでも、以前とは比べものにならない」


「繁栄している割には、タキトゥス軍の動きは鈍いんじゃないか。東部戦線は停滞したままだ」


「スペクルム城が気になるんだろう。それに、いまは同盟しているアンゴルモア家が東に侵攻している。単独では動かず、タタリオン軍も刺激せず、じっと力を蓄えている……狙いは悪くないと思うがな」


「カディウスは、どんな男だ?」


「父親に似た勇猛な騎士らしい。町の噂では馬鹿ではないようだ。宿の主人は女好きだと話していたが、衛兵たちの評判も悪くない。アクィア属州総督の名に恥じぬよう、頑張ってるんじゃないのか」


「歳は?」

「三十半ばだろう。俺と変わらないぐらいだ」

「……そうか」


イオアンは背後を振り返った。石段の上に、三階建ての領主館があった。


漆喰を塗られた白い建物はよく手入れさており、こじんまりとした庭園もある。タタリオン家の白亜宮とは比べものにならないが、普通に住むには、これぐらいの規模のほうがいいのだろう――。


「行かないのか?」

バルバドスも、領主館を見ると促した。


頂上からの風景を眺めながら、イオアンが告白した。

「……気後れするんだ」


「気後れ? カディウスにか?」


イオアンが頷いた。

「カディウスが父親の跡を継いだのは、私と同じぐらいの年頃だろう。その後も十年近く、強大なタタリオン家を相手にしぶとく戦い続けている。そういう領主と交渉することを考えると……」


「カディウスが相手かは、まだ分からんだろ」

やれやれと、バルバドスは頭を掻いた。

「それに、他人と比べるなといつも言ってるはずだ。カディウスはカディウス、イオアン様はイオアン様だ。生まれも違えば、状況も違う」


「なんなら生まれは、私のほうが有利じゃないか? 帝国で知らぬ者はいない伯爵家の嫡男なんだから。それなのに私は……」


「そうだった! そいつは忘れてくれ」

「え、どういうことだ?」


「これからイオアン様は、アグイレロ商会の商人として会うんだ。セウ家の人間じゃないからな、いつもみたいな横柄な態度は控えてくれよ」


「いつ、私が、横柄な態度をとった?」

「何というか、上から目線というか、態度から滲み出てるんだよ」

「……そうなのか」

「普段はべつに構わんが、いまは気をつけてくれ、気後れして、自信がないぐらいのほうが丁度いい」


「実力もないのに偉そうというのは……最悪だな」

とイオアンは暗い顔で呟いた。


「反省するのは後だ」

とバルバドスが立ち上がった。

「いまは商人のふりをして親書を渡し、鉱山の鍵を貰うことだけを考えてくれ。それぐらいはできるだろ」


「どうかな? それすらも自信がない……なあ、バルバドス。やはり、慣れているお前が交渉したほうが、いいとは思わないか?」


「駄目だ」


「……私は後ろのほうで、邪魔をしないように見ている。それなら私の横柄な態度のせいで、相手が嫌な気分になることもない」


「それは忘れろ。とにかく、イオアン様が主人で、俺は護衛なんだ」

「そんなことは分かってるさ」

「それに、いつまでも俺が護衛をやれるとは、限らないんだぞ」

「……」

「また、軍に呼び戻されるかもしれん」

「私が総督府に交渉する」

「その交渉力があるのなら、いま生かしてくれよ」

「しかし、それとこれとは……」


「同じだよ」

とバルバドスは断定した。

「イオアン様はこれから、一人で生きる力をつけなきゃならん。それも異国の地で、見ず知らずの人間の中でだぞ。そりゃあ、最初は上手くはいかんだろう、嫌な思いもするさ。だが、イオアン様ならできる」


「できるのか、この私に……?」


「もちろんだ。ほら、行くぞ!」

バルバドスは、無理やりイオアンを立たせると、領主館に向けて、その背中を押していった。

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