第8話 〈土竜の一撃〉亭 6
「虱潰しに、鉱山を探し回るだと?」
イオアンは呆れた顔をした。
「どれだけ広いか分かっているのか。モンサルゲントの鉱山は、何百年と操業を続けてるんだ。あまりに時間がかかり過ぎる」
「そんなことはない。大都市で探すのに比べりゃ、ずっとましだって」
とバルバドスは反論した。
「しばらくすれば構造も分かってくる。隠れていそうなところも掴めてくるはずだ。鉱夫たちに尋ねて回れば、そう時間はかからんだろ!」
イオアンは、疑わしそうにバルバドスを眺めた。
「やけに張り切ってるじゃないか」
「まあな……」
バルバドスがフッと笑った。
「ドワーフとしての血が騒ぐってところだ。狭くて暗いところは、たまらん」
「お言葉ですが……」
とダヴィが口を挟んだ。
「このままでは、お二人は鉱山に入れません」
「なに!?」とバルバドスが叫んだ。
「さっきも話した通り、いまは簡単に入れなくなっているんです」
「門番が見張っているからか?」
とイオアンが訊いた。
「正直なところ、門番はたいしたことありません。そうではなく、鉱山の入口にある、金属製の巨大な扉を出入りするのに、特別な鍵が必要なんです」
「特別な鍵?」
イオアンには、よく分からなかった。
「鍵を持った門番が、開閉してるんじゃないのか?」
「それが違うんです。鉱夫たちは、グループごとに専用の鍵を与えられ、自分で開け閉めして、鉱山に入ります。どういう魔法か分かりませんが、本人にしか使えない鍵なんです。つまり、他人の鍵を盗んでも、この扉は開きません」
「えらく厳重だな」
バルバドスは不思議そうな顔をした。
「俺が昔、アクィアにいた頃は、そんなことはなかったぞ。ここの鉱山なんて寂れていたし、適当に出入りできたがなあ」
「同じことを〈堕天使〉さんも言ってました。これほど厳重になったのは、数年前からだそうです。それにどうやら、鉱夫や冒険者たちは中のことを詳しく話すのも、いまは禁じられているみたいです」
「それで、その鍵はどうやったら手に入る?」
とイオアンが訊いた。
「もともと住んでいる鉱夫たちは分かりませんが、外から来た冒険者の場合は、領主館にわざわざ申請しないといけないようです」
「審査とか、あるのか?」
「あります。誰もが通るわけではありません。それで〈堕天使〉さんも困っていました。あの人は、あまり冒険者らしく見えなかったので」
「そうか、それは私たちも困るな……正直にタタリオン家の人間だと申請したら、通らないだろうし、かといって冒険者というのもなあ。バルバドスはともかく、私は魔物と戦った経験なんてない」
「だが、ゲインと処刑人は審査に通ったんだろ?」
とバルバドスが指摘した。
「十二歳の子供が許されたんなら、イオアン様だって大丈夫だ。あとは、ダヴィも加えて、三人のパーティってことにすればいい」
「え、俺もですか?」
「もちろんだ。親父だって冒険者になれたんだ。お前だっていけるだろ」
「俺も、魔物と戦った経験なんてないですよ」
「ふりでいい。鉱山に入れさえすればいいんだから」
「でもですよ……もし少年を探して、古い廃坑にもぐって、そこで突然とんでもない魔物に襲われたりしたら、俺なんかじゃ到底……」
「密偵の手伝いをするわりには、お前も臆病だな」
「すいません」
「とにかく、領主館でばれなきゃいい」
「でも、偉い人が面談するみたいなんですよ」
「じゃあ、上手に嘘をつけ」
「無理です」
「さっき、嘘をつけますって言ってただろうが」
「それは、そうですけど……」
と言って、ダヴィが懐から封書を取り出した。
「そんなときのために、〈堕天使〉さんが用意してくれたものがあります」
「ずいぶん準備がいいんだな」
とイオアンは驚いた。上質な紙の封書に、差出人の名前が書いてある。
「アグイレロ商会?」
「モンサルゲントの鍛冶屋がつくった武器や防具なんかを、一手に取り仕切っている連中です」
「聞いたことがあるような気がするが……思い出せないな。封書の中身は?」
「アグイレロ商会は、採掘にも関わってるみたいなんです。なので、調査のために入りたいと、この封書を提出すれば、冒険者でなくとも、鉱山に入るための鍵を造ってくれるんじゃないか……というのが〈堕天使〉さんの目論見でした」
封書を受け取ったイオアンは、商人の親書として通用しそうなのかを確かめた。ぱっと見た感じは、それっぽく見える。
「専門の職人に頼んだのか?」
「〈堕天使〉さんの手作りだそうです」
「……大丈夫なのか?」
「文書の偽造は昔から得意なんだと、飲みながら、俺に自慢してましたけど……」
「とんでもない女だな」
イオアンは、バルバドスに封書を手渡した。
「どう思う?」
バルバドスは、封書を確かめながら答えた。
「特別な鍵でしか入れないんなら、仕方ないだろ。それにイオアン様も、冒険者よりは商人のほうが、まだそれっぽいしな」
「じゃあ、決まりだな」
とイオアンは、自分に言い聞かせるように告げた。
「明日は領主館を訪ねて、鍵を貰ってくる……上手くいけば、鉱山に入ってゲインの捜索を開始だ……やることははっきりしている」
「良かったですね」
ダヴィも、ホッとしたような顔をした。
「そうだな。ダヴィ、君のお陰でもある」
とイオアンが礼を述べた。
「そこで思い出したんだが、君は今日、私をずっと尾行していただろう?」
「イオアン様をですか……?」
「そうだ。私を探していたんだろ?」
「そうですが、さっきも言ったとおり、俺は町では気づけなかったんですよ」
「そうか、じゃあ、いったい誰が……?」
「誰かに尾けられてたんですか?」
「そんな気がするんだ」
「心当たりは?」
「ないわけじゃない。これでも私は重要人物だし、イグマスで起こした問題のせいで、私を快く思わない者たちもいる」
「イオアン様はいったい……?」
「そのことは忘れろ」
バルバドスが封書を、イオアンに返した。
「鍵をつくって、鉱山にもぐり込めれば、そういう心配もなくなるさ」