第1話 アリシア 1
子供の頃から、同じ夢を見るの。
冷たい土の中に引きずり込まれ、息ができなくなり、苦しくなって目が覚める――そこに至るまでの状況はいろいろだけど、結末はいつも一緒。
どうしても逃れられない。
そして、その原因は自分にあるという、漠然とした感覚がある。
これは罰なのだ。
自分の犯した罪を償っている。
だから、受け入れるしかないのだ――。
そういう感覚が、昔から私にはあった。
だから嫌なことがあっても、子供のように駄々はこねるけど、最終的には抵抗をやめて、現状を甘んじて受け入れてしまう。
それでも、暗闇の何かを見るよりはマシだった。その存在に気づくことがあっても、それ以上感じることを恐れて、いつも何かの刺激に逃げた。暴れることができなければ食べるか、飲んでいた。
だから、昨日の夜も飲んでいた。ひとりで。
こっそり食堂からくすねたワインを、クローゼットの奥に何本か隠してある。私は領主の奥方なのだから、本当は盗む必要も隠す必要もない。使用人に命じて部屋に持ってこさせればよかった。でも堂々と飲むことは気が引けた。
たぶん、酒を手放せなくなっていることを、自分で認めたくなかったのだろう。
けれど、ワインは水だ。
昨日の夜は、それこそ浴びるように飲んだ。また自分を惨めに感じることがあったから。それを忘れたくてがぶ飲みした。どうやってベッドに潜り込んだのか、まったく記憶がない。
そして、また同じ夢を見た。
夢の中で息ができなくなり、ベッドからがばっと体を起こした。冷や汗をかいて目を覚ました私は、はあはあと荒い息をして胸に手をあてた。
まだ心臓が動いている。死んではいない。
豪華な天蓋つきのベッドのまわりは暗かったから、まだ夜が明けていないのだろうと思った。朝になるまで、もう一度寝ようとした。まったく夢を見ないか、せめて、あの夢でないことを期待して――。
そのとき、右手が壁に触れた。
枕に頭を横たえ目を閉じてから、何かがおかしいことに気づいた。
壁――?
ベッドは寝室の中央にある。壁に触れるはずがない。
私はむくりと体を起こし、右手を伸ばした。やはり壁に当たる。ごつごつした冷たい岩肌だった。
私は混乱した。
ベッドの左手から、レース越しに光が差し込んでいる。私はレースを払い除けた。
こちら側も壁だった。ベッドから、人ひとりが立てるぐらいの隙間の向こうに、壁が迫っている。
ここは、いつもの寝室じゃない――。
理解が追いつかないまま、私はベッドに手をついて外に身を乗り出した。明かりはベッドの外、天井に吊り下げられたランプからだった。
ランプとベッドのあいだは格子扉で隔てられている。格子扉は、ランプの光を反射する滑らかな金属の棒で組まれていた。
頭をぐるりと巡らすと、私がいる天蓋つきのベッドが、とても狭い独房のような部屋に配置されているのが分かった。壁との隙間はほとんどない。
独房?
どういうこと――?
私は夢遊病者のようにベッドから床に降りた。そこで自分が革靴を履いて、ピンクのドレスを着ていることに気づいた。
これは昨日の恰好のままだ。
昨日、寝室で飲んでいたのを思い出しながら、私は格子扉に近づき、軽く押した。
格子扉はガタンと音をたてたが、開かなかった。
私は金属の格子を掴み、手前に引いた。
やはり開かない。
扉を揺すったが、びくともしなかった。
取っ手はなく、扉の下と床のあいだに二十センチほどの隙間がある。
私は格子扉に顔を近づけ、外を眺めた。
通路が扉の外のランプに照らされている。左右にも同じような扉がある。ランプの光は弱いので数メートル先は真っ暗だった。
空気はひんやりと湿っている。物音はまったくせず、人の気配もない。
まわりの格子扉の向こうに、誰かがいるのではないかと思い、呼びかけようとしたが、喉が詰まったようになぜか声が出なかった。
私の中で押しとどめるものがあった。声を発することは、得体の知れない何かを起こすような気がした。
つまり――閉じ込められているんだわ。
そう思ったけど、それで思考が止まってしまう。私はベッドに戻り、横になって布団を被った。
まだ夢を見ているの。たぶん、悪い夢の続きを。
もう一度寝よう。今度目を覚ましたら、いつもの寝室の窓から朝日が差し込んでいるはず――。
私は目を閉じた。