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かげろう日記  作者: 文張
9/42

二日目 その六

 隊長は大きな荷物を抱えて廊下を歩いていた。多くの隊士は夜の警備や休養に入っているため、屯所の中は静まりかえっている。虫の声がよく聞こえる夜中のことだ。

 隊長が向かうのは四季の部屋だった。

 隊長は上機嫌であった。なぜなら、四季が仕事をしようとしているからである。四季に、倉から影暗一門に関係のある資料をすべてとってこいといわれたときには、胸が躍ってしまった。いつもなら、というか、今朝すでにそうだったが、四季は自分の足で調べに行くのを好む。というか、それを口実に見張りの仕事をさぼって、狐の出現に備える為なのかもしれない。そうなってしまうと、余計なことにどんどん首を突っ込んでいってしまうのでやっかいなのだ。上司として尻拭いさせられる側のみにもなってほしい。

 だが、今回はきちんと、自分の部屋で操作をしようとしている。おまけに今は、早速昼間に城を抜け出して見張りをさぼった罰で、局長から部屋での謹慎を言い渡されている。その言いつけを、守った不利ではなく、きちんと守ろうとしていることが衝撃だった。耳を疑ってしまった。

「副長、持ってきましたよ。」

「そこに置いておいてくれ。」

そう言う四季の姿を見て、隊長はさらに感激を覚えた。書類を置けと四季が指示したのは、ほとんど使われてこなかった彼の机の横である。そして四季は今、さっき隊長が運んだ書類を机で熱心に読んでいるのだ。こんな俗に言う副長のような四季を見たのは初めてである。目頭が思わず熱くなってしまった。

「副長、何でも手伝うんで言ってください!」

「そりゃあいいな。じゃあ、お前が持ってきた資料、年代順に、ああ、後犯罪の種類順になら直しておいてくれ。」

「お安い御用です。」

隊長は上機嫌に仕事を始める。そんな隊長の様子を四季はいぶかしげに見つめる。

「てめえ、なんかいつもにもましておかしくねえか。」

「おかしいと言えば、副長ですよ。」

隊長はうかれたような声で答える。

「まさか副長が真面目に仕事をする日が来るだなんて。夢にも思っていませんでしたよ。」

「俺はいつも真面目でけど、自分がしてえことについては。」

「でもその興味が今回は正しい方向に向いているようなので。」

いつもは突っ込んで来るはずのところで流されてしまうと、なんだかもの足らない。四季は作業をやめ、隊長のほうに向き直るとにやりと笑った。

「てめえ、熱でもあんじゃねえの。やっぱ、変だぜ。」

「そうですか?別に何も異常はないと思うんですけど。」

「てことは、まだ足りなかったってことか。」

「何がですか?」

「毒。」

四季はさもそれが当たり前であるかのように言った。

「何用の。」

「お前に盛る用のに決まってんだろ。毎日飯に入れてやってたのに気づかなかったのか?」

「ああ、なるほど。だからここ数日腹を下してたんだ、っておい。」

隊長は叫ぶ。

「安心しろよ。数回摂取しただけじゃ死なねえから。まあ、あと三日ぐらい摂取し続ければ。」

四季はそこで言葉を止めるとまた机の方に向き直って書類を読みはじめた。

「続きはなんですか!そこで止めないでくださいよ!」

「しらねえ。うるせえ、集中できないんだけど。黙って仕事しろよ。」

「あなたにだけは言われたくないですね。危うく殺されるところだった。」

「まったく残念だよ。忙しいこの俺の時間をお前のためにほんの少しだけ使ってやっていたのに。」

「そんなことに使うぐらいなら、影暗一門に全部使ってほしいですけどね。」

「それこそ、時間の無駄遣いだろうが。」

「はい?いま副長は影暗に興味をお持ちなんじゃないんですか?」

「いいや。俺の頭はすべて狐のことでいっぱいだけど。」

「はあ?」

四季の思いがけない返答に隊長は思わず叫んだ。隊長は自分の手元に視線を落とす。だってこんなに影暗一門について調べているのに。まったく、肩透かしを食らったような気分だ。

「せっかく副長が『副長』らしくなったと思ったのに。」

「残念だったな。」

「でもなんで、こんなに影暗一門について調べ照るんですか?まさかただ我々をだます為にこんな重い荷物を運ばせたんじゃないでしょうね。」

「それもある。あとてめえに嫌がらせをするってのも。でも一番は、影暗が狐に関係してそうだから。」

「え?」

どういうことだ?隊長は考える。

「もしかして、影暗一門が狐を匿っているとか?」

「まだ関係はわかんねえ。でも、何かしら関係してきそうなんだよ。どうしてそう思ったか聞きたいか?」

ひどく楽しそうに言っている四季を止める手立てがないことは隊長もよく知っていた。だからここで聞かなくていいなんて言う選択肢がないことも。副長はうなずかない代わりにその場にとどまった。すると四季はやはり勝手に話し始めた。

「昼間に変態を一人俺が成敗したろ。」

「ああ。かわいらしいお嬢さんのお知り合いっていう。副長が誤認逮捕仕掛けた。」

四季は聞くと少しいやそうな顔をあいた。

「俺は、あいつが怪しいと思っている。」

「と、いうと?」

「てめえはあいつとほとんど接してねえから分かんねえだろうけどあいつはかなりの要注意人物だ。」

四季は見せつけるように人差し指を立てた。

「まず一つ目。あいつらは絶対旅仲間とかじゃない。そもそも、女の方の服が、旅のものにも見えなかったしな。俺があそこに付いたとき、あの女は短刀で壁に拘束されて着物に手をかけられてたんだぜ。見るからに動揺、つーか、状況が理解できていない感じだったし。襲われただろ、あれは絶対。なのに、女はそれを隠した。」

「脅されてたってことでしょうか。」

「でも、俺もお前のいる状況なら男一人くらいどうとでもなるだろ。まして、この俺に心配されてたんだから、普通はすがるだろ。」

「ま、まあ?そうですかね。」

「可能性としては、あいつらは俺たちに感づかれたらまずいことを二人でしていた、マスあいつら自身がそうだった。あと、もう一つの可能性として、あの男は俺たちよりもあの男の方が強いことをあの女は知っていた。」

「そんなこと、あり得ないですよ。」

隊長は笑って言ったが、鼻で笑うと四季は二本目の指をあげた。

「あり得るんだな、これが。二つ目に、あの男は多分、昨日の奴だ。」

「昨日の奴って、つまり、ここにあのたれ込みを置いたっていう。」

「ああ、そうだ。あいつがそうなら、ここにばれねえように手紙を置いて逃げ切れる奴だから、あの女があの男の実力を目の当たりにして俺たちが負けるって思っても無理はねえ。ま、負けるわけもねえんだけど。」

四季は言葉をそこで止めると、悪魔の笑みをまた浮かべた。

「それに、あの女はくさい。狐の話をしたら、ほんの少しだけ動揺していたし。狐も歳はあのくらいのガキだし、髪の色も似ていた気がする。あんなに演技も下手だったし、まさかあいつが狐ってことはねえんだろうけど、関係はありそうだ。あいつらが俺たちに知られたくねえようなことをしていたんなら、なおさら調べるしかねえだろうが。」

確かに。

 って。違う違う!

 隊長はまた大きなため息をついた。結局は狐の話じゃないか。やっぱり、この人が急に変わる訳ないか。

「まあ、そういうことならしょうがないですね。」

「だろ。やっと狐がこっちに近づいてきてんだ。こんな機会、逃がすもんか。」

「一人でやってください。」

言って隊長は立ち上がる。

「はあ!ちょっと待てよ!何でもしてくれるんじゃねえのかよ!」

「それは、副長がちゃんと仕事をしている、あ、違うな、えっと、ちゃんと影暗一門について調べているならの話です。そうじゃないなら手伝いません。」

「なんだよ。」

そうつぶやいた四季は、なぜか心から落ち込んでいるように聞こえた。

「じゃあついでに聞きますけど、もし俺が何でも言うこと聞くって言ってたら、何させるつもりだったんですか?」

「まずは書類は全部書かせるのと、俺の荷物は全部持たせる。あとは」

「はいはい。もうわかりました。」

隊長は四季の部屋をでる。

「じゃあせいぜい頑張ってください。」

皮肉たっぷりにそう言うと、隊長は勢いよく四季の部屋の障子を閉じた。

「なんだよ。」

四季は去って行った隊長の影を見送ると、机にうつ伏せになった。なんだよ。面白くねえな。

 とはいえ、重ねられた書類を見ると四季の胸は高まった。そっと目を閉じて、数時間前のことを思い出した。

 あの居酒屋騒動から帰宅後、四季は強制的に局長に謹慎を命じられた。本当は隊長が監視をしたかったそうだが、あいにく仕事があったため、代わりに別の隊士が付いた。四季のことを知り尽くしていない隊士の目をかいくぐるなんて余裕だ。厳戒態勢が敷かれていたそうだが、難なく向け出した四季は、奉行所の屯所に来ていた。昼間の気づきを確かめずにはいられなかったからだ。

「だけど、めんどくせえな。」

知ってはいたが、倉にある資料の量は膨大だ。二階建ての倉はびっしりと資料で埋め尽くされている。この中から影暗一門の資料を探すだけでも膨大なのに、その中から一人の男に付いての記述を探すとなると、本当に骨が折れる作業だろう。

「あいつに任せるか?いやでも、時間かかりそうだしな。見落としもありそうだし。せめて、まとめて置いておいてやろ。荷物を部屋目で運ばせるか。」

それには、隊長の交代時間までに部屋に戻って置く必要がある。思っていたより時間がないな。四季は早速、棚に手をかけた。

 四季が倉に来たのは、もちろん影暗一門や例の男について調べるためでもあるのだが、それだけなら四季はこんな倉になんか来ないで、あの居酒屋に行ったはずだ。そうではなくわざわざ倉に来たのは至急確認したいことがあったからだ。

「やっぱりそうなのか?」

 資料には保存期間がある。この倉は大体身十年くらいだろう。だが、資料の中にはそれよりも遙かに短い期間で処分されるものもある。大体は幕府にとって不都合なものだ。例えばお偉いさんの不祥事や、専属護衛が過去に犯した犯罪歴、など。影暗一門が本当に暗殺をもくろんでいるなら、幕府と何かしらのいざこざがあったと考えていい。そうなると、幕府はその証拠を消したがるはずだ。後の弱みになりかねないから。

 現段階でもすでに、時系列から見て飛んでいる資料があるようだった。四季の記憶にまだ新しい不祥事の資料もなくなっている。一気に捨てればさすがに怪しむ人間も増えるから、こういうものは少しずつ処分されるのが定石だ。案の定、すでにそれは始まっているようだった。

「間に合ったのはいいが。」

四季は急いで集めたすべての資料に目を通した。いつこの資料がなくなるかもわからない。雑にだが目を通したところ、あの男に関する記述は見つからなかったが収穫はあった。

「あとは、隊長が持ってくる頃に、どのくらい資料が減っているか、だな。」

四季は楽しそうにほくそ笑んで倉を出た。

 そして、いま四季はやはりほくそ笑んでいる。見るとやはり、先ほどよりも資料は減っているようだった。隊長がそろえてくれたため、一目瞭然である。

「指示してんのは、誰なんだろう。それに何を隠したがっているんだ。」

自分に都合よく考えれば、この処分にあの男が絡んでいる。影暗一門について調べると、あの男についてわかってしまう。あの男の承知こそ、幕府の弱みで……。

「なんてな。」

根拠はない。頭がくれる四季だが、根拠のない憶測は好まなかった。こんなのはただの想像だ。けれどもし本当なら、体がうずくほどにおもしろ過ぎる。

「狐とそれになんの関係があるのかも気になるし。」

四季がそう言って背伸びをした、その時だった。

「副長!」

さっき帰ったはずの隊長が息を切らして走ってきたようだった。勢いよく障子を開けると身を乗り出すようにして四季に叫ぶ。

「思い出しました!」

「なんだよ。俺のこと、見捨てたんじゃねえのかよ。」

「そのつもりだったんですけど、思い出したんです!僕、あのお嬢さんどこかで見たことあるなって実は思っていたんですけど、それをやっと思い出しました!」

「僕、ねえ。」

四季は独り言のように言うとおもむろにたちあがって隊長のほうに歩み寄った。

「ぎゃあぎゃあうるせえな。こっちが集中しようってときに。」

「すみません。でも、僕やっと。」

「残念でした。あいつの一人称は俺だぜ。」

突然耳元で四季がささやいたと思うとぐいと隊長の体を部屋の中に引きずり込んだ。

「ちょ、ちょっと。」

隊長と障子の間に立った四季は後ろ手で静かに障子を閉め、退路を断つ。

 やばい、そう感じたときにはもう遅かった。距離をとろうと一歩後ずさりした拍子に、焦りのせいか足がもつれ隊長の体は床に倒れた。慌てて体制を戻そうと体を起こし、こちらを見る四季の顔を見てすべてを察した。

 あ、終わった。

「化けの皮が剥がれたな。」

四季が手に持っているのは、いつの間にかはめたらしい手錠につながる綱と隊長の着物。そして、彼の瞳に映る自分の姿を見て、絶望するしかなかった。

「またあったな、狐。」

そこに座っているのは、狐面をつけた一人の盗賊だった。


 少し、時間は遡る。

「今夜、お前はガキんとこ行ってこい。」

陽炎が言った。

「ガキ?誰だそれは?」

「四季くんだね、多分。狐ちゃんの宿敵の。」

鳴神が説明する。

「はあ?何様のつもりだ、貴様!」

狐は陽炎の胸ぐらをつかむ。

「少し使いにいけってことだ。」

「いやだ!」

「いや、とかじゃねえだろ。」

「私は絶対に行きたくない!」

狐はきっぱりと言い張った。

「普通に死ぬ。私はまだ死にたくない。」

「おいおい。昨日のあれはうそだったのかよ。」

あれ、というのは昨晩の狐と四季が初めて体面したときのことだろう。

「あれはまあ、そういうことだ。」

「いや、どういうことだよ。」

「とにかく。」

狐は乱暴に陽炎から手を放すと、勢いよく立ち上がった。

「私は行きたくない!」

すると、陽炎はあきれたように言った。

「だから、お前はいやとかじゃなくて、行くしか選択肢がないんだっての。」

「行きたくない。だったら、貴様とここで決闘をした方がずっといい。」

「いや、多分お前俺とやり合う方が死ぬぞ。」

「なに!この私が貴様の様な奴に負けるわけないだろ!」

陽炎は叫ぶ狐にやれやれと言わんばかりに手を広げて見せた。

「まあまあ、落ち着けって。まだお前は守んなきゃいけねえ条件がある。お前は、この仕事を一人で遂行しろ。」

「なっ。」

狐は固まった。

「お前は仲間に頼りすぎだ。」

そういう陽炎の表情は心なしか冷たく見えた。

「少しはあのガキを見習え。お前は仲間に甘えすぎだから、弱い。そして、弱いから今お前の仲間は俺の人質になってるんだろうが。」

狐は言い返せず唇をかんだ。

「今以上に仲間を危険にさらしたくねえなら、たったひとりぼっちになっても生き抜けるすべを知っておかなきゃいけねえんじゃねえの。」

陽炎は自分の刀に目を落とすと言った。

「目の前の敵から逃げるな。」


 というわけで、言われたままに一人で来てしまった狐だが、ひとまず目の前の敵から逃げようとしていた。が、今更それがかなうわけもなく狐の逃げ場を奪うように、四季は握っている綱をどんどんたぐり寄せ自分の元へ無理矢理引き寄せた。

「なんだ?そんなに私に会いたかったのか?」

狐は余裕ぶるためにわざと冷やかすようにして言った。

「ああ。ずっと、てめえのことだけを考えていたっていったらどうする?」

不適な笑みを浮かべて迫ってくる四季に危機感を覚えた狐は急いで手錠をはずそうとする。狐とて、昼間の出来事から何も学ばなかった訳ではない。相手が相手故に殺されるかもしれない、早くにげないと、と焦る狐だが、手錠をかけられた経験のない狐が道具も知識もないのに外すのはやはり困難だ。一方の四季もまた、昼間の出来事から大いに』学んでいた。

「あ、いけね。」

四季は棒読みでそう言うと、狐につながる綱を一気に引き寄せふらついた狐を一気に床に押し倒した。床に広がった狐の青い髪の隙間、狐の顔のすぐ真横に自分の刀を勢いよく刺した。

「ひっ。」

狐から小さな悲鳴が漏れる。

「おっとあぶねえ。手が滑っちまった。」

四季は狐ににげる隙を与えない為にも狐の上に馬乗りになって、仰向けになったままの狐を見下ろした。

「てめえ、俺と駆け落ちしにでも来たの?それとも、家出ですかい?」

四季はわざと子供に言う様に言った。

「ふんっ。そんなわけないだろ。」

二人は面を挟んでにらみ合う。

「でも、今日は珍しく一人じゃねえか。潜入専門の奴はどこ言った?俺とやり合いてえなら武闘派の奴連れてこいよ。ああ、あと言葉を話す変な動物ってのも現れてねえな。狐の出現前に出るっていう。」

これは四季がさっき倉で仕入れた情報だ。いつも四季が狐を追いかけるのは盗みに狐が入った後なので知らなかったが、どうやらそういう規則があるらしい。大方、狐の仲間の忍術だと四季はにらんでいる。

「あいつてめえの前で確かに一人称言ってなかったかもしれねえけど、仮にも変わり身を得意とするてめえが間違えてどうするんだよ。情報収集不十分。俺に一瞬で自由を奪われてなすすべもねえくらい作戦もちんけ。てめえ一人でさっき考えた計画見てえだし、そんな変装で俺をだませるなんて甘っちょろいことどうして思ったんだよ。」

狐はあまりに的を射た四季の発言に面の下で舌打ちを打った。

「はっはっは!貴様をだますぐらい私一人で十分だからな。」

「この状況でよくもそんなことがいえるな。」

四季が刀を少し動かすと刀がきらりとひかった。思わず背筋が冷えた。刃物が怖い狐だ。本当は上に乗っているのが四季じゃないなんであっても、顔の真横に刀があると言うだけで今すぐ逃げ出したいほど怖かったし、腰が抜けてしまいそうだった。しかし、そんな弱みを見せてこれ以上の遅れはとりたくない。狐は自分を鼓舞して、四季をにらみつけ続ける。

「こんな危ないところに仲間を連れてくるわけがないだろうが。」

「仲間をかばってんのか、なるほどね。仲間の為に命を張る奴なんて現実にいたんだな。そう言うの、幻覚かと思ってたよ。ま、俺には全然わかんねえけど。」

すると四季は、昼間に陽炎がしたように狐の髪をなめるように見た。忍び装束に手をかけるとやはり少しだけはだけさせる。狐の国元に残る傷を見ると、小さく息をのんだ。

「何をしている。」

狐は諦めた様な声で言う。

「その傷か?それは昔からあるんだ。こんな傷、貴様は見慣れているだろ。」

狐の言葉を聞くと、四季ははたと我に返った様にして狐の面を、いや、おそらくはその先にある狐の顔を見つめる。狐は思わず眉をひそめた。

「なんだよ。」

「てめえ、何されてんのかわかってんの?」

「は?」

狐は訳がわからないと言わんばかりに叫ぶ。

「こんななんもしらねえガキだからああいう奴にのこのこ付いていくんだな。蝶よ花代って育てられたいいとこのお嬢様だってもう少し危機管理できるぜ。どんだけ箱入りなんだよ、てめえは。」

四季は狐の装束を丁寧に元に戻した。終始わけがわからなかった狐はただなされるままに従う。

「ああそっか。てめえ俺に助けを求めに来たのか。」

「はあ?」

「だっててめえ、昼間の女だろ。」

四季は言うと丁寧に狐の面をずらした。中から現れたのは驚いて目を丸くしている、見覚えのある少女。

「まだごまかすか。」

「いや、あれは私だ。」

狐は目をそらして、しかしはっきりとそう言ってた。思いがけずあっけなく狐が認めたので今度は四季が目を見開いた。

「おっと。こんな簡単に自白するとは思わなかったぜ。それで、俺の言いつけを守って俺に助けを求めに来たのか?」

「なわけないだろ。」

毒づく狐だが、明らかに絶望をしている面持ちだった。四季はそれが、面白くなかった。

「じゃあ何しに来たんだ。お仲間大好き狐が一人気ままに来るような場所じゃねえだろ。どうやらてめえのお仲間はずいぶんと過保護みてえだし、てめえが一人でこんなとこ胃くっつったら全力で止めるだろうし、てめえはきっとそれに乗る。それに、仲間を心配させたくねえとかいってこういうことはしねえたちなんじゃねえの。でもここに一人で乗り込んできているなんざあ、何かやむを得ない理由があるからに違いねえ。例えば、仲間を人質に取られているとか。違うか?」

「仲間のおかげで私は強いんだ。弱くなんか、ない。」

狐がぽつりと言った。どうやら図星だったようだ、と四季はほくそ笑む。

「俺がてめえらにさっき会った時、明らかに俺に何かを隠しているようだった。あそこでてめえは脅されて、ここに来させられた。」

狐は反抗しない。無言の肯定を示す。

「あいつに何された。俺に言ってみろ。てめえを助けてやろうか?」

四季はあえてもう一度狐の耳元で言った。大概の女はこうすれば簡単に手玉にとれる。彼は今までの経験からよく知っていた。しかし狐は

「今夜十二時、あの居酒屋で会おう。そう言伝を預かってきた。用件は以上だ。まあ、この様子じゃあ、失敗したようだが。」

と冷めた声で言うと、また諦めたような顔をした。

「はあ?」

四季は思いがけない狐の反応にさらにいらだちを積もらせる。

「てめえ、本当にあいつのいいなりになる気かよ。どんだけ弱いんだ。この会話を聞いてる奴なんていない。盗み聞きなんて俺が緩さねえ。だから、仲間をかばうとかやめて、俺に洗いざらい話してみろって。いつまでもあいつのいいなりになって、人殺しを、いや、仲間殺しを命じられたら、てめえはできんのか?あいつの名はなんだ。あいつの目的は。なんでてめえや俺に目をつけた。」

「貴様の目的は結局それだろ。私はその手には乗らない。何であれ、仲間を危険にさらす気はないし、ここに来たのも私個人の判断だ。知りたいのなら、居酒屋に行けばいい。だが、ここで私を痛めつけても無駄だぞ。私は何も貴様に言うことはもうないからな。私を泳がせてねぐらを探るなんてのも、むだだ。そんなことしようものなら、私は一生ここで牢に入ってやる。貴様に殺されたってかまわない。仲間はきっと怒るだろうけど、でもあいつらならわかってくれるから。」

狐の声が震えた。しかし瞳はまっすぐ四季を捉え、その意志の固さを物語っていた。

「ふざけんな。」

 四季はもう限界だった。力を込めて刀を引き抜くと、素早くそれを振りかざした。狐はぎゅっと目をつむる。冷たい刃が皮膚に食い込むその時を今か今かと待って。

 しかし、その時は一向に訪れなかった。狐が薄く間を開けると、いつの間にか四季は立っていて、手には切れた綱を握っている。その状況を見て、狐はやっと状況を理解した。四季が狐の手錠につながる綱を切ったのだ。

「ありがとう。」

ついそんな言葉を漏した口を狐は慌てて塞ぐ。なんで自分を殺さなかった。なんで綱を切って逃がすようなまねをした。四季の目的はわからなかったが、狐の口から付いて出てしまったその言葉は認めたくないが本心だったようだ。

「は?何言ってんだ、てめえ。」

そういう四季の顔は心なしか暗い。それに、狐から見ると隙だらけだ。動揺しているのか?理由は何であれ、この好機を逃すまいと狐は逃げる機会を計った。

「手錠も付いたままなのに喜ぶなんて。やっぱり盗みを働くようなやつんざあ、頭がイカれてるんだな。」

「イカれてなどいないわ!むしろ、頭がおかしいのは貴様の方なんじゃないのか。この私をやっと手に入れられるというのに、隙ばかり見せて。なんだ?私のあまりの勇敢さに怖じ気づいたのか?それとも、畏怖の念でも抱いたか。」

「残念でした。どっちでもねえよ。」

四季は静かに障子を開けた。その前に一応は立っているものの、これではまるで、にげてくれと言わんばかりではないか。

「てめえは俺の獲物だ。それなのに、それを少しでも横取りしようと思った奴がいるみてえだからそいつを片付けに行ってやろうと思っただけだ。」

「貴様どれだけ私のことが好きなんだ。」

狐はからかうようにそう言うと、颯爽と四季の横を抜け外へ出た。四季が振り返ると、そこにはもう狐の姿はない。

「逃げ足だけは速い奴め。」

四季は狐が消えたのだろう方向の夜空を眺めると部屋に入って障子をしめた。

 今は十時。

 約束の時間までは後二時間。

 狐はあの男の元へ戻ったに違いない。こちらは追いかける気もないが、念には念を入れてねぐらを知られるようなことはしないだろう。となると、手錠を外す当てはあるのだろうか。本人には言っていないが、あれは四季特注の狐用の手錠。いくら忍法を使われてもあかないようなからくりがふんだんに施されている。狐の仲間にはかなりの切れ者がいるようだが、そいつの力を借りずともあれをあと二時間で開けられるかは見物である。

 四季は手錠が外れないと無様に怒る狐の様子を考えて笑いをこぼすと、元通り机に戻った。狐が誰かさんから盗んできたらしい着物がそのままになっているが、かたづけるのはあとでいいだろう。どうせ本人や見張りは伸びているか、気づいていないだろうから。いい感じに嫌がらせをして、朝までにこの部屋から隠滅すれば怒られずにすむ。静かにここで仕事をしていたのを偽装できるだろう。今はとにかく時間がない。四季は紙を広げ筆を執った。さてどうやって、あの男を倒すか。

「面白くはねえが、やってやるよ。」

四季はまるで誰かに言う様につぶやくと素早く筆を動かし始めた。

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