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かげろう日記  作者: 文張
7/42

二日目 その四

「そのまま、横にずれろ。壁に手をつけ。」

陽炎はおとなしくしたがってその通りにする。入ってきた青年は陽炎の腕を背中に回すと手錠をつける。

「おい、大丈夫か?」

今度は狐の方を見ていった。

「あ、ああ。」

狐は急いで髪を仕舞うと答えるとやっと、その青年の方を見た。

「ひっ。」

立っていたのは、四季だった。狐は慌てて笠を深くかぶりなおす。

 何でこんなところにいるんだ。将軍の犬なら城にでもひきこもっていろよ。まさか、私が狐だと知っていて追いかけてきた訳じゃあ、ないよな?

「本当に大丈夫か?」

心配しているような四季の声。狐の行動に何らかの不信感を持ったのかもしれない。ここで疑われるのもやっかいだと、狐はもう一度町娘の演技をはじめる。

「ああ大丈夫だ!あ、いや、大丈夫です。」

敬語を幕府の犬に使うのは癪に障って仕方がないがこの際仕方がないと狐は腹をくくった。

「こ、こいつは、いや、この人は私の知り合いなのだ、いや、なのです。」

狐は本人は無意識だが明らかに空元気を出しているようにしか見えないので、四季はさらに疑るように狐を見る。

「決して、怪しいことをしようとしていた訳ではない、です。ここも、この人のお知り合いの店みたいで。」

「みたい?君はこいつと面識がねえんだな。」

「あ、いや、そうじゃなくて、その、あ、そう、私たちは旅人なんです。この町であって、お互い旅人なので息統合して、これも何かの縁だから、この人の知り合いの店によって話をしようってなって。」

「ふうん。」

狐は必死だ。こんなところで陽炎が捕まったら、取引も出来ない。万が一にでも、男に獣組のことを漏されたらたまったものじゃないのだ。

「知り合いねえ。こんなもので君を拘束して、声を上げられないように口も塞いでいたのに?それにこれも。」

四季は自分の袴の襟を指さす。狐はあらわになっていた肩を隠すように着物の襟を寄せてつかむ。だが、刺さっている短刀が邪魔でうまく出来ず、片方の肩は出たままだ。

「こ、これはだな、その、少し事情がありまして。あ、そうそう。この人の手が滑ってしまって、短刀がここに。手で塞がれていたのも、ちょっとした事故で。」

「あっそ。」

狐は必死に弁解するが取り合ってもらえそうにない。慌てた狐はなんとか短刀を抜こうとするが、刃が怖いのと思いのほか深く刃が刺さっているようで簡単には抜けない。手こずっていると、四季が満を持して

「動くなよ。」

と陽炎二言うと、狐の前に立った。

「ひっ。」

四季急に狐の手の上から短刀を握ったので、驚きと戸惑いで狐は悲鳴を上げる。

「ひ、一人で抜ける!」

「無理するな。怖いんだろ。」

四季は狐の耳元で優しくそう言うと、狐の手ごと短刀を抜く。自分が出来なかったことをいとも簡単にやってのけた四季にいらだちを感じつつ、ありがとうございます、と狐は小さな声で言った。

「礼はいらない。悪い奴を、さすがに見逃せないからな。」

言うと、四季は狐の肩に、自分が羽織っていた羽織を掛ける。小柄な狐にとってかなり大きいものなので羽織るどころか、すっぽりと覆われてしまった。

「それを目隠しに着物を直していいから。」

四季は狐を自分の背に置くと陽炎の方を向く。陽炎は言われたとおり動かないままだ。壁側を向いたまま、静かにしている。狐も、四季に従いつつ、青の様子を息をのんで見守っていた。

「おい、てめえ。こっち向け。面倒だからここで聴取をしてやる。」

陽炎は動かない。

「おい。従えねえのか。顔見せろっていってんだろ。」

「ほ、本当に,何もされていないんだ。こ、怖かったけど、本当に、そいつは悪いことしてなくて。その、その人を、捕まえないでほしい。」

狐は必死に言う。

「いやでも。」

 その時だった。

「副長!ここにいたんですか!」

店の外から叫び声がした。狐が振り向いて笠の下からのぞくと、そこには四季の羽織と同じような羽織を羽織った男が立っていた。

 くそ。また敵が増えたのか。

 狐は唇をかむ。しかし、四季の様子をうかがうと、思っていたのとは異なりこちらもまた、苦虫をかみつぶしたかのような顔をしている。もしかして、今好機なのでは?

「お役人様、お助けください。私の連れが」

狐は陽炎を指さしていった。

「連れを捕まえるなんて、間違いなんです。」

「え?副長~?」

もし彼女のいうことが本当なら、四季はただいま誤認逮捕の一歩手前ということになる。それに、彼の目の前の娘はなぜか少し着物が乱れ、四季の羽織を羽織っている。えっと、つまり、この状況は。

「俺はやましいことしてねえよ。」

「副長、状況の説明をお願いします。」

「俺がぶらぶら見廻りしていたら、なんとなく留守っぽいこの店から声がした気がしたから入ったら、あの男がこの娘の口を塞いで、短刀で着物も差し止めて、着物に手をかけてた。だから捕まえた。」

「本当ですか?」

隊長は狐に聞く。

「ち、違います。勘違いなんです。あの方は私の知り合いで、旅仲間なんです。ここは、あの人のお知り合いの店で、店長さんが帰ってくるまで待とうって。で、短刀も手が滑ってしまっただけで。着物も、少し滑った表紙に手元が狂ってしまっただけで。」

「手元が狂って短刀が飛んでくるんじゃあ、安心してめしもくえねえな。」

「副長、ふざけてる場合じゃないですよ。」

隊長は完全に怒っているようだった。

「お嬢さんがそう言っているのですから、こっちも無理矢理捕まえることは出来ませんよ。証拠ないし。そもそも、あなた、なんでここにいるんですか。さっきあんなに、ちゃんと仕事するっぽいこと言っていたのに。まあ、こうなるのは、時間の問題だと思っていましたけど。」

隊長は言うと、四季の横を通り抜けて陽炎の元へ行き、手錠の鍵を開け、手錠を外してやる。

「おい。俺が見たんだぜ。」

「でも、だめです。続きは、奉行所でやりますよ。」

隊長も彼女が脅されて嘘をはいている可能性は十分にあると思っている。目の前の悪は見逃すわけにはいかないが、これから先は自分たちが手を出すべきではないこともよくわかる。まして今は、大切な捜査中だ。変なことをして、スキャンダルなんかにされては困るのである。そこで、場所を移そうと提案したのだ。

「わかりやしたよ。」

四季はうんざりしたようにそう言うと、狐の肩を抱くようにして歩き出した。

「え、ちょっと。」

「大丈夫ですよ、お嬢さん。今から安全なところに連れて行きますから、そこでお話を聞かせてください。」

「副長?」

背後から、隊長の問いただすような声が刺さる。

「その娘をどこに連れて行くつもりですか?奉行所は反対側ですよ。」

「馬鹿か、お前は。あんなとこ連れて行ったら、怖い顔の奴らのいか混まれて縮こまってちまうだろうが。まずはこう、話しやすいようにリラックスさせてだな。そうすりゃあ、大体の奴は話してくれるぜ。」

「あなたいつか刺されますよ。そんな風に、女性の心をもてあそんでいると。」

「知らねえ。あっちが勝手に勘違いするだけだろうが。」

「それですよ、それ。」

隊長は陽炎の後ろ手を手錠ではなく手で押さえて護送しようとした。やばい。このままだと、交渉が。今こいつから逃げ出すことは出来る。しかし、陽炎を連れて逃げ出すのは無理だ。自分で逃げてくれればいいのに、なんのつもりなのかわからないが抵抗の色を見せない陽炎に狐は怒りが積もる一方だった。いや待てよ。陽炎には、陽炎なりに、何か不都合なことがあるのか?それこそ、こいつの弱みなのではないか!狐は必死に知恵を絞るが解決策が見つからない。そんなおりに、新たな声がした。

「あらあら、幕府のお偉いさんが私の店に集まって、何かあったのですか?」

現れたのは、女だった。仕入れにでも行ってきたのだろう。風呂敷いっぱいの荷物を抱えたっている女はいかにもこの店の店主のようだった。年齢不詳の意志の強そうな大人。それが狐が抱いた第一人称だった。

「あら?かわいいお嬢さん。」

狐を見ると優しく微笑んで見せたが、うつむいたままの陽炎の方を見ると、その顔からさと笑みが消えた。

「なるほど。このゲスがそのかわいいお嬢ちゃんに手を出そうとして現行犯ってことね。なるほど。」

女は陽炎に近づくと、

「ちょいとすまないね。」

といって陽炎の頬を平手打ちした。思わず隊長が手を放したために床に倒れた陽炎の頭を、踏みつけた。その有様に、隊長はもちろん、四季も狐も驚きを隠せなかった。

「このゲス!一体何やってんだい。あんたのせいで何人の人に迷惑がかかっているのかわからないのかい?」

女は陽炎の頭をじりじりと踏みにじっている。

距離感からして本当に知り合いのようではあるが、しかし、少しやり過ぎなような……。

「知り合いなのだったら、任せて大丈夫だろう。勝手に入ってしまってすまなかったな。」

見かねた四季が言う。

「気になさらないでください。元はといえばこいつが悪いんでしょうし、嬢ちゃんを助けてくださってありがとうございました。こいつは私がしっかりシめて、あ、いや、怒っておきますので。」

「で、では、私たちはこれで。」

引きつった笑みを浮かべた隊長は四季を引きずって出て行こうとする。四季もにげて出て行こうとするが、ふと狐を見ると立ち止まった。

「気をつけろよ。今回は何もなかったんならよかったが。何かあったら、助けを求めればいいんだ。」

なんだ、偉そうに。狐は心の中で悪態をつくが、念のため恭しくお礼を言って羽織を返した。

「あ、そうだ。君、狐って知ってる?」

狐から羽織を受け取ると、四季が言う。狐は思わず一瞬体をこわばらせたが、すぐにごまかそうとする。

「狐?犬みたいな、獣のことですか?それとも、神様の使いの?」

「いや。人を化かす狐でしょうか?」

「いいや。人を化かす狐。いろんな奴に化けて、盗みを働く大悪党だ。」

狐はそのいいぶりに思わず舌打ちが出そうになるがぐっと押さえ込む。

「ああ。今ちまたで有名な。貧しい人に奪ったものを配ってるっていう。」

「その貧しい奴らってのがいるとこ知ってるか。そいつらから話を聞いてやろうと思ってるんだが。」

「でも、あなたは将軍様のおつきの護衛さんでしょ。なんで狐のことを気にするんです。」

「ん?そりゃあいつは。」

四季は少し言葉を止める。

「あいつは俺の獲物だからだ。まあ、しらねえなら、いいんだ。これからも、勘違いされるようなことに巻き込められるじゃねえぞ。じゃあな。」

四季は足早に店を出て行った。

「なんなんだ、あいつは。」

本当に、とんでもない迷惑勘違い野郎だ。貧民たちの生活を見ろといったのは、狐の居場所を突き止める為ではなく、彼らの苦しみを思い知らせる為だ。そんなことも理解できないようなやつを、あいつらにあわせてやるものか。狐は四季が行った方に大きく舌打ちをすると、今度は店の中にいる二人を見た。女は今も陽炎に説教をしながら頭を踏みつけている。陽炎は抵抗をしていない。というよりも、おそらくは陽炎は本当に抵抗できないのだろう。この女は、敵ではないといいのだが。

 狐は来る交渉に向け、強者たちを前に、気合いを入れ直した。仲間がいれば、私たちは負けない。仲間のためなら、私は誰にも負けない。そう、自分に言い聞かせながら。

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