十四日目 その二
「局長、これ副長の仕業ですよね。」
隊長は影暗一門の屋敷の惨状をみるやいなやそう言った。
「だな。」
局長もためらうことなく賛成する。
二人が一門の屋敷に来たのは下手人の捜査のためではなく、死神の捜査のためでもない。むしろそれらは依然として首を突っ込まないように上からの後達しがあり、代わりに言われたのが、虚幻四季の行方を極秘に捜査しろ、というものだった。彼はここ数日屯所に帰っておらず、まったく消息を絶っている。二人とて心配であるから命令などなくても私的に四季を探すつもりではあったが、上が四季を血眼になって探す理由もわからない訳でもない。彼は、敵としてはあまりにも強力すぎるのだ。上が今回の将軍暗殺計画の首謀者と四季のつながりについて何かを知っているわけではないだろうが、失踪前夜に無駄にきれいにかたづけられた部屋も、なんの前触れもない失踪も、彼らにとっては十分に疑い深いものだったのだろう。一方、他の対し立ち葉というと、四季の失踪に対してなんの感情も抱いていないようだ。否、中には不謹慎にも喜んでいる様子の奴もいる始末である。四季は普段からさぼっているのもあって、今回もそうだろう、とか、噂になっている女とにげたのだろう、と根も葉もないことを口々に言っては、これでやっと邪魔者がいなくなった、ざまあみろ、なんて悪口を言われる始末である。
正直、見るに堪えられなかった。四季がとことん不真面目であることには賛成だ。だが、少なくとも彼は隊士の中では群をぬいて優秀であって、その天才をひがんでいては己の向上は見込めないと言うことになぜ気がつかないのだろうか。四季はどうせひょうひょうと生きている。帰ってきた彼をみて、彼の才能でも目の当たりにして気を引き締め直してほしいと思っていた。
そういうわけで、二人は大量虐殺が起こった一門の家を訪れていた。四季がのこした文献によれば、死神の手口は首を一刀両断にすることだが、ここにある死体はそうではなかった。ただ無造作に、しかし、鮮やかな剣筋で斬られている。本人は死んだことにも気がつけていないのではないかと思ってしまうほどに鮮やかな切口だった。死神でないのならこれほどの剣豪はもう四季しかいない。痕はもう、直感である。だからこそ、こんなことをした四季の真意なんてわからないのだが。
「それにしても、死神はどこにいるんでしょうね。」
「俺は、あいつはここで死神とやり合ったんじゃねえかって思うんだ。」
局長は自信なさげにそう言った。
「四季から聞いた朧先輩の話しあっただろ。昔、死神はきちんと将軍暗殺の前に依頼人であった奴らを一網打尽に殺しているんだ。今回もそうするつもりだっただろうが、それを四季にとられちまった。そうなりゃあ、死に神は自分の縄張りをよくも荒らしたなってここに誘い出されてきそうなものだろ。」
「確かに。」
隊長は答えながら無意識に視線を周囲に向けていた。命令があったお陰で一門の屋敷に入れたのはいいが、他の奉行所の連中からの視線は冷たかった。自分たちの縄張りに入ってくるなとでも言いたいのだろうか。なんであれ、操作は自分でやるしかなさそうなので、二人は手分けをして四季の痕跡を捜していく。
「でも、そんな危ないこと、どうして一人でやってしまうのでしょう。我々に相談してくれたら、こんなむごいことにはならなかったでしょうに。」
屋敷の中は、死体になれている彼らからしてもむごい状況になっている。まだ片付け切れていない死体は山のように転がり、床も、壁も、天井に至るまで朱に染め上げられていた。
「あいつが言いそうなこととしては、俺が殺さなきゃ、死神が殺していただろうから同じだ、って感じか。」
「ああ、いいそうですね。あの人、悪人に対してはさっぱりしてますもん。」
二人はいっこうに見つからない手がかりを探しながら屋敷の中を進んでいく。気がつけば、最も奥の部屋にたどり着いていたらしい。男達が騒がしく動き回っているこの部屋の中心で死んでいる男こそ、この屋敷の主の葉だった。
「邪魔するぜ。」
「お邪魔します。」
返事はない。とはいえ、そんなことは気にせず、二人は捜査を続ける。
部屋に入ってまず目についたのは、襖にべったりとつけられた血痕だ。襖にまるでなすりつけられるようにつけられたその血痕の近くにはめぼしい死体はなかった。死体を動かしたような痕がないところから見ても、この血痕はこの場にいた第三者のものとなる。言わずもがな、それは四季である可能性が高かった。死神なら、彼が行方をくらます必要もないからだ。
「返り血ってことはないですよね。」
わかっていても、つい口に出してしまった。目の前にある血の海はとても返り血の量ではない。それでも、彼が負けた姿なんて想像できないし、したくもないというのが本音だった。
「これを見ろ。」
冷静に言ったのは局長だ。襖についた血の一部を指し眉をひそめている。
「この血は、けがを負った四季がここにもたれかかってずり落ちたときについた者だろうが、ここだけ訳が違っている。」
確かに、局長が指を指している場所の血痕だけ、飛び散ったような痕がついていた。
「多分四季はこうやってもたれかかって死神とやり合ったんだろうが。」
局長は近くの比較的きれいな襖に寄りかかって再現をする。
「斬られた。血しぶきが上がっているのはこうしてみるとだいたい右腕のあたりか。あいつは利き腕をやられたことになるな。」
右腕を斬られたとなれば、四季が死神とやり合うのは不可能に近い。可能性が高いのは、考えたかもないが、この場で四季は殺されたこと。だが、死体がないのはやはり不可解だ。仮に殺されていたとして、彼の死体をどうして隠す必要が死神にあるのだろうか。それよりも、なんとか逃げおおせた四季はどこかに身を隠しているとでも言うのか。どこに?まさか、狐の所か?
「あの、ここにははじめから何もなかったんですか?」
隊長は万を辞して奉行所の連中に問いかけた。四季が何かを、まるで死期を悟っているかのようだったことは明確だ。ならば、彼がみすみす殺される訳がないというのが隊長の考えだ。ずっと見てきたからわかる。意地が悪い彼なら、夢中になっている獲物を途中で手放すようなことはしない。地の果てまで追いかけられるように、何かしらの指示や手に入れた証拠を残しているはずなのである。それに、用意周到な彼だからこそ生き残っているかもしれないというのは、希望的観測かもしれないが。
「なるほどな。あいつなら何か手がかりでも残していきそうだ。まあ、その手がかりのせいで、ここにあいつの体がねえって言う可能性もあるが。」
確かに、それごと隠滅するために死体ごと持ち去られた可能性はある。だが、入念な目配せの後に返ってきた答えはある意味予想外のものだった。
「そこには手紙のようなものが二通ありました。」
「手紙?中は見たか?」
「いえ。ただ、宛名には、狐へ、見廻り組へ、とそれぞれ書いてありました。」
隊長は胸の高鳴りを感じた。
「それは今どこに!見せてください!」
「それが……目を離した隙に狐へとあった方だけがなくなってしまって。」
「はい?」
隊長と局長は目を見合った。
「それは、盗まれたってことですか?」
「……。」
男は何も答えない。気まずそうに接してきた真の理由がようやく明らかになった瞬間だった。
「まあ、この場に狐の部下が潜り込んでいたのかもしれねえな。今回限りとは限んねえ。日常的にかもしれねえ。」
男達はうつむいたまま何も話さない。上に報告すればとんでもない大目玉を食らうような話だが、今はそれどころではないので、あえて言及はせず、目で牽制だけ行った。
「でもなぜ、副長は狐にも手紙を?」
局長は首をひねって考えた。
「その理由は俺にはなんとも言えねえが、まあ、あいつらは共闘していたと考えるのが素直なとこか?何であれ、あいつはここに狐の差し金の奴がいることを知っていた。だからあえて持っていって貰うために宛名を書いたと考えるのが妥当だろう。」
「あ、そっか。」
隊長はぽん、と手を打った。
「僕たちは勘違いしていたんですよ。」




