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かげろう日記  作者: 文張
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十一日目 その三

 数時間後、四季は春雷にいた。はかったように鳴神も陽炎もいない店内は暗く、静かだ。四季は倒れた獣組の三人をこの場所に運んで手当をした。彼の丁寧な手当のお陰で三人とも一命を取り留め、今は静かに座敷で眠っている。四季は一人カウンターに座っていた。静かに外の様子をうかがっている。死体をそのままにしてきたお陰で、あっという間にあたりは騒ぎになっている。目撃所もいない、というか死んでいる為に奉行所は犯人捜しに躍起になっているようだ。一門の屋敷に隠れている残りの攘夷浪士の連中は死神の仕業だと恐れているのかもしれない。いい気味だと思った。騒ぎに引き寄せられ、夜中だというのに野次馬も集まってきている。人は人を呼ぶ。四季のまっている相手はまだ来ないのか、と心の中で悪態をついていると、急に新たな人の気配を感じた。待ち人がやっと現れたようだった。

「隠れてねえで、出てこいよ。」

言い終わらないうちに、四季の前に二人の人物が現れた。一人は大柄な男で熊の面をつけ、いつの間にかやもりといもりを抱えていた。もう一人は小柄な青年でふくろうの面を付け狐を背負っている。二人が何者かは説明されなくてもわかった。この場には獣組の幹部が勢揃いしたようだった。

「できる限りで処置はした。まあ、山は越えられるだろう。」

四季がそう言うと、熊が怒りをむき出しにして一歩踏み出そうとした。しかし、ふくろうはそれを止めると、代わりに一歩四季に血和言った。

「初めまして。虚幻四季。」

「てめえとはずっと会いたかったぜ、ふくろう。」

沈黙。両者は互いに思考を読み合い腹を探ろうとしたが、しばらくすると諦めた用意口を開いた。

「だめだ。全然わからない。」

「俺もだ。てめえのそのどす黒い腹の内なんて暴ききれねえな。」

ふくろうは冗談に笑うこともなく肩をすくめた。

「あなたとお会いするのがまさかこんな状況だとは思いもしませんでした。」

「てめえと狐の祝言の時とでも思っていたのか?そうやって猫かぶってるから狐の頭ん中がお花畑になるんだな。それも、わざとか?」

「人聞きの悪い言い方をしますね。」

「だっててめえは驚くどころか、この状況でよかった、予定通りだってほくそ笑んでいるんだろ?」

「言いがかりにもほどがありますね。」

何を言ってもふくろうはなびかない。四季は面白いと目を細めた。

「狐さんと、やもりといもりを助けていただき有難うございました。」

「それで、本心は?」

「本心ですよ、これもまた。」

ふくろうは面の下で冷酷な笑いを浮かべた。

「へえ、そりゃあすげえな。俺なら、すぐにでも斬りかかっちまうぜ、大切な相手を傷つけた相手が目の前にいることに気がついたら。」

「そうでしょうか?あなたにはそういう心があるんでしょうかね。大切な相手を進んで危険にさらすようなあなたにそんな人のような心が。」

ふくろうは独り言のようにそう言った。

「てめえは全部気がついてんな、やっぱ。」

「今回の事件の発端は死神。陽炎として二人が潜入していることを知っている彼は狐さんをおびき寄せるために二人を斬った。そして、二人を守ろうと駆けつけてくるであろう狐さんを襲うよう浪士に命令した。まんまと罠にはまった狐さんは。」

ふくろうは少し言葉を止めた。

「ふくろうさんはあなたをおびき寄せるための餌に使われた。それが、あなたの思い通りのシナリオです。狐さんにはその通りにお伝えしておきますよ。」

「そりゃあありがてえ。手間が省けるぜ。」

口ではそう言っているが、感情がこもっていないことは明らかだった。

「もっと攻めたらどうだ。狐なら、もっと感情的に俺に訴えてくるぜ、きっと。なぜだ、どうしてだ、そんな風に叫んで。それとも、てめえには俺に後ろめたいことでもあって言えねえとか?」

「あなたこそ嫌らしい言い方をしますね。」

ふくろうは四季の挑発には乗らない。

「あなたが狐さんを絶望に陥れたことも、いもりを斬ったことも、こちらの落ち度ですから。はじめから私たちとあなたは敵なんです。仲良しこよしなんてあり得ないし、まして心を許すなんてあり得ないことです。だから、今回の件も、これまでの件も、あなたを責めてもしょうがないですから。」

四季はふくろうの発言に鼻で笑って見せた。

「実際、けがをしている二人をかばって大勢の台頭者と一人でやり合うなんて、狐さんには不可能でしょうから。」

「それをわかっていて、てめえらはあいつを頭首に据えてんですかい?」

「狐さんは正当な狐の後継者です。それに頭首の素質において強さなんて要素のたった一つにしか過ぎません。狐さんには私たちを導く力がある。それで十分なんです。弱い部分はみんなで補い合えばいいんだから。」

「そうやっててめえらは狐の心に枷をかけていったって訳か。」

四季は突然、吐き捨てるように言った。

「なんのことでしょう。」

「まだとぼけんのか。いつになったら化けの皮剥がすんだよ。」

「さあ、何を言っているのやら。こうしていてもらちがあきませんので、こちらから質問をさせていただきますね。どうせ、些細書で最後の機会なので、あなたに言っておきたいことがあるので。」

ふくろうの声は少しいらだっているようだった。

「言ってみろ。」

「あなたはなぜ、狐さんをわざと危険な目に遭わせたんですか?」

これをきくと、四季の口元が少し笑った。

「へえ、てめえは本当にそう思ってんのか?」

「あなたが狐さんをたぶらかさなければこんなことにはならなかったでしょう。ただきょうりょくするだけなら、もっと距離感を保っているだけでよかっただろうに、あなたは狐さんの優しくて無垢な心につけ込んでわざと自分に気が向くように仕掛け続けた。狐さんがあなたのことが好きだと勘違いさせるために!」

ふくろうは語気を強めた。

「狐さんがかわいそうです……狐さんは、あなたにいいようにもてあそばれて」

「てめえ、言ってることが」さっきと矛盾しているぜ。」

四季はふくろうの言葉を遮るようにして行った。

「勘違いして心を許したてめえらの頭首様が悪いんじゃなかったのかよ。」

ふくろうは言い返そうとして言葉が詰まった。

「こいつのあれは、そういうことじゃないってわかってんだろ。」

四季は立ち上がった。動く気はなかったが、ふくろうは圧倒されたように一歩探し、熊h臨戦態勢になった。

「もしも俺がそんなことをしていたとして、それに何の意味があるんだよ。てめえらを人質に取っておけば、陽炎がしていたように狐を使役することはたやすい。ちょっと脅せば聞きてえことは全部教えてくれるからな、狐は。」

「それはどうでしょうね。今まで狐さんがあなたに見せていた態度も全部演技だったのかも。」

「だったらなおさら矛盾してんだろ。そんな狐をてめえが哀れむ必要なんてないじゃねえか。」

「それは……。」

「じゃあ、こんな仮説は考えたか?俺があいつに単純に惚れていた。」

ふくろうはぽかんと口を開けた。

「あ、あり得ません、そんなこと。」

「てめえわかりやすいな、案外。」

四季はわかりやすく取り乱すふくろうを見てクスクスと笑った。

「そうだな。狐に惚れてんのはてめえの方だもんな。狐もてめえのこと好きだって言ってたぜ。両思いじゃねえか。せいぜいお幸せに。」

ふくろうは小さく息をのんだ。四季の言うことを信じてはいけない。動揺するなと自分に言い聞かせるが、話の主導権を握っているのが四季であることは明確だった。

「今日をもって、俺はもう狐に会わねえから。てめえの目論見を成功させてやるよ。よかったな、これでてめえの思い通りに、狐は一生てめえの元を放れねえだろうな。明らかに狐が不利な取引の後押しをしてわざと苦境に立たせた甲斐が合ったじゃねえか。てめえの頭なら、こうなることなんて簡単に想像できたんじゃねえの?」

「そんな、僕は、そんなつもりじゃ。」

「だが、一つだけ俺からも言っておいてやる。てめえは俺に一生勝てねえぜ。」

ふくろうは狐を支える手の力を強めた。

「いえ、あなたはもう負けたんですよ。この僕に。」

「まあ、答えは狐に聞いてみればいいさ。目が覚めた狐はきっと俺に会いたがるだろうよ。さっきの浪士どもの刀には意地がわりいことに毒が塗ってあったみてえなんだ。俺もさっきから昔の嫌な記憶が頭巡ってしょうがねえし、狐もきっと俺のこと思い出してんじゃねえか。」

「くっ……。」

ふくろうは少しうめくと、熊の方を見た。

「帰りましょう。」

「ふくろう!」

熊は怒りに震えていた。

「帰りましょう。皆さんを休ませてあげないと。」

「それは……覚えていろよ、虚幻四季。」

熊は四季をにらみつけた。

「ずいぶんとくせえ台詞だな。」

四季は言うと、懐から狐の面を取りだした。

「ほらよ。忘れもんだ。」

「くそっ。」

熊は四季が投げた仮面を受け取る。

「安心しろ。俺に会うことはもうねえだろうから。」

四季の言葉を聞くと、五人は音もなく消えていった。

 代わりに、店の外に人影が現れる。

「今度こそ、お出ましか。」

四季は悪魔の笑みを浮かべると、店の扉を開ける。

「さすがは仕事が早い。もう俺の魂を救いに来たんですかい、死神さん?」

立ち尽くしていた陽炎は少し悲しそうな、しかし、喜んでいるかのように見える笑顔を浮かべたのであった。


 社に戻った熊とふくろうは、ひとまず旨をなで下ろした。毒のせいか時々うなされているようだったが、四季によってきちんと処置が施されたお陰で、三人の命に危険はもうないようだった。憎たらしいが、これに関して葉感謝せざるを得なかった。

「くそっ。」

ふくろうは毒づく。自分の負け。受け入れたくなくても、彼の頭ではそう言わざるを得ないことは十分すぎるほどにわかってしまうのであった。

「ふくろう、お前も少し休め。三人が帰ってきてくれただけでよかった。あいつは、あの幕府の犬にかまうだけ無駄だ。」

「大丈夫ですよ、僕は。あちらが言ってきたことはどれも正論なので。」

ふくろうは熊と目を合わせようとしない。

「まあ安心しろって。あいつはもう狐に会わねえって言ってたし、狐を横からかっさわれることなんてねえって。」

熊は落ち込んでいるふくろうをなぐさめようと空元気を出して肩を組んだ。

「いえ、違うんだすよ。僕はあの人には勝てないんです。そもそも、張り合うだけ馬鹿らしいんですけど、本当に。」

「おおい、お前らしくないぞ。お前は狐に関してだけはいつも自信満々なのに。」

「あんなの初戦は虚勢ですよ。」

ふくろうは熊の方に振り向いて見上げた。その目には涙の膜が張っていたが、安らかな笑みを口元には浮かべていた。

「虚幻四季は、狐さんのお兄さんです。」

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