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かげろう日記  作者: 文張
29/42

十一日目 その二

 泣いているのは空だ。自分ではない。

 狐は雨の中、傘も差さずに歩いていた。最初こそ弱かった雨は、いつの間にか土砂降りになっていた。ぐっしょりと濡れた髪が体に絡みついて気持ちがわるく、水を吸った服のせいで足取りも重い。この道は、もうすっかりなれた道のはずだった。いつもは頭一つ分以上大きい宿敵とけんかをしてじゃれ合いながら歩いてきたこの道も、一人で歩いているとまったく違う物に感じる。陰鬱で、無機質で、なんの楽しみもない味気ない寂しい道。狐はその道を一人で歩いていた。

 時間が解決してくれる、とは到底思えなかった。あの状態の四季を見て見ぬふりをすることは出来なかった。あいつは苦しんでいるようには見えなかった。けれど、苦しむことも出来ないくらいに、何かに押しつぶされているように感じた。あんなもの、助けてと叫んでいるのと同じではないか。だから、あいつにを助けてやりたいと素直に思った。あいつの重荷のいくらかでもわけああいたいと思った。

 しかし、四季にはそんな物は不要だったそうだ。単純に自分の力不足だとは認めたくない。あいつは単に敵だからだ。狐はそう、先ほどから繰り返し繰り返し言い聞かせ続けている。

 なのになぜ、自分はこんなにも怒っているんだろう。あいつに裏切られたと思っているからか。いや、きっと違う。四季の言うとおり、はじめから仲間ではないはずなのだから。この怒りは、自分に対する物だ。わかっている。どうしようもない自分に、どうしようもない怒りを覚えているだけなのだ。私は、この数日間あいつの隣にいたはずなのに、あいつの闇に気がつくことが出来なかった。あれほどの闇に飲まれているとは、気がつけなかったのだ。

 余計なお世話だと言われてもかまわない。余計なことをするなと言われても、ひるまず光をもたらすのが正義の味方なはずだった。でも、自分はその資格なんてなかったようだ。四季の間違いを自分は直せなかった。四季の正義の味方にはなれなかった。そんな自分を無念だと、ふがいないと、至らないと、弱いと、さも物語の主人公であるかのように感じて浸ろうとしている自分に、怒りを感じているのだ。

「あ、れ?」

ふと狐が顔を上げると、自分が一門の屋敷の近くまで来てしまっていることに気がついた。正直言って、今はここには来たくなかった。純粋ににげたいと思ってしまった。もしも四季の言うことが本当で、本当に自分は用なしになってしまったのなら、ここにいるはずの死神に殺されるのだろうか。そうして狐という厄介者がいなくなれば、四季はきっとここに討ち入るのだろう。刀を肩に乗せ、門の前で悪魔の笑みを浮かべて立っている姿が浮かぶ。そうしたらきっと四季は討ち入りに成功するだろう。あいつは強いから、にげる必要もなく真っ向から戦える。自分の遙か前を生き生きと駆け抜けていく四季の姿が目に浮かんだ。追いつこうと、追い抜こうと思っていたその背中は、いつの間にかすれ違ってしまっていたらしい。追いかけようとしていた背中はそもそも自分の前にはなかったのかもしれなかった。もしも、もしもあいつが一門の討ち入りに成功したら、あいつはどうするのだろうか。狐という盗賊のことなんてすぐに忘れてしまうのだろうか。自分の生き方に疑問も持てず、本当に幕府の犬に成り下がってしまうのだろうか。それにもし、たった一人で預けられる背中もなく死神に対峙した四季が勝てなかったとしたら……。

「それは、やだな。」

狐の心を高い壁が覆った。もうこれ以上は考えたくない。考えられない。狐はただ家路を急ぐことにした。あそこには本当の仲間がいる。私の大好きな、楽しくて、平和で、凡庸な日常があの古寺にはある。

 狐がその歩みを早めようとした、その時だった。

「がっ。」

狐は思わず足を止めた。わずかに聞こえたその悲鳴は、狐からすると明らかにやもりの物だった。

「おい!」

今度はやもりの声だった。狐は意識を集中させ声の出所を探る。近くにいるはずだ。

「まさか。」

嫌な予感がしてならなかった。近くには一門の屋敷がある。一門の屋敷に二人を潜入させているのは、他ならぬ狐だ。

 旨の動機が止まらなかった。狐は一瞬にして今起きていることを理解した。やもりといもりの変装は、仲間である狐が見ても見事な物だった。彼らの変装を見破れる人間なんて否だろう。だが、今回は違っていた。敵は二人が潜入していることを知っていた。

「私の……せいだ……。」

全身の血の気が引いていく。二人が一門に潜入していることを陽炎にほのめかしたのは私だ。私は、ペラペラと仲間の居場所をはいてしまっていた。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私の……。

「やもり!」

狐が二人を見つけたのは一門の屋敷がある通りから少し裏路地に入った場所だった。

「狐さん。」

やもりは全身が血濡れていた。いもりに支えられてなんとか起きてはいるものの、息が荒く、今にも倒れてしまいそうだ。いもりも斬られたようで、やもりの血が付着した以上に血が忍び装束についていた。

「おい!しっかりしろ!」

狐はやもりに近づく。

「狐……さんっすか?」

「そうだ。何があった!誰がこんなことを!」

「死神だよ。あれは、正真正銘の。」

いもりが震える声で答えた。

狐は絶望した。体が揺れるほどに大きく心臓が鼓動を繰り返す。

「早くにげよう。私が背負っていってやる。立てるか?」

狐はやもりに腕を差し伸べたが、そこでやっと気がついた。

「囲まれているのか。」

気配からして十人はゆうに超えているだろう。どれもこれもたいして手練れではなさそうだが、問題は数だった。

「狐さん。」

「申し訳ない。」

おそらく、二人は死神に餌として誘われたのだ。仲間の悲鳴か血のにおいに誘われて狐がやってくるのを待ち構える為の。

「二人は何も悪くない。私のせいだ。」

四季に言われたとおり、もう用済みだということなのだろう。まんまと罠に引っかかってしまった。それでも、二人が死んでいなだけで十分罠にかかった会はあったと思う。

「大丈夫だ。」

狐は言うと、二人を背後において狐麺をつけた。

「大丈夫。私は、強い。」

これでも獣組の頭首なのだ。せめて二人だけでも逃がしたい。仲間の前で犬死にすることだけは避けたかった。

「よお、狐ちゃん。」

一人の男を先頭に、隠れていた男達が次々と姿を表す。

「俺、狐は男だと思ってたぜ。」

「どうして顔を隠してしまったの。あんなにかわいい顔をしていたのに。」

「青い髪も美しい。こりゃあ高く売れそうだ。」

「殺せって言われてるけど、その前に存分にかわいがってやるからな。」

狐はその声を無視し続けた。敵の把握に全力を注ぐ。やもりといもりは非戦闘員だ。逃げ足はそれなりに速いものの、そのためには十分な時間稼ぎが必要だった。ならば、と狐はひげた面の男達をにらみつける。

「お、にらんでる。生意気だな。」

「生意気な娘はしつけがいがあるんだよ。」

「貴様ら、目的は私の殺害、それだけだろ。」

狐は凜とした声で言った。

「ああ、そうだ。」

「なら、この身は喜んで差し出そう。好きにしていいぞ。」

狐は両手を挙げ、降参の意を示した。

「狐さん!」

「狐さん!」

やもりといもりが叫ぶ。狐は少し振り向くと、二人に目で合図をした。男達の注意が私に向いているうちににげてほしい。その思いを組んだ二人は、躊躇をしつつも頭首の意志を尊重してじわじわとにげる体制を整える。

 そうだ。それでいいんだ。

 無論、ここでいい様にされる気はない。せいぜい時間が稼げれば十分。

「どうした?好きにしていいんだぞ?」

狐は面を少しずらして蠱惑な笑みを浮かべる。なぜか、頭に浮かんだのは四季の顔だった。彼はこんな作戦を知ったらきっと起こるだろう。だが今は関係のない話だ。

 男の手が狐に伸びた。狐は抵抗をしない。ただその時を静かに待つ。狐が本当に反撃をしてこないことがわかった男達は、ウジ虫のように狐の周りにたかり出す。気持ち悪いと思いつつも狐は必死に耐える。

「なんだ、傷物か。」

服を剥ごうとした誰かが言った。あらわになった首元の傷が痛々しくさらされる。

「でも、こんな上玉、めったにありつけねえぜ。髪も青いし、あの伝説の花魁の落とし子だったりしてな。」

執拗に髪を触って男が言った。頭を触って来そうな手を今すぐに折ってやりたいが、今はただ耐える。作戦通り男達は狐に気をとられ、すっかり二人のことを気にとめていないように思えた。隙をみて二人が姿を消したのを見て、狐は心の中で胸をなで下ろす。

「やや体つきは貧相だが、最初は誰が貰うんだ?」

男達の中で言い争いが始まった。今なら隙だらけのようだし、自分もにげられそうだ。そう思ったのもつかの間、バシャン、と大きく水がはねる音がした。視界の端に映ったのは、折り重なるようにしてたおれるやもりといもりの姿。

「は……。」

「おいおい、狐ちゃん、まさか、仲間が逃げ切るまでしか俺たちにかまってくれないとは言わないよね。」

「だとしたら、これで永遠にかまってくれるんだ。」

「嘘、だろ。」

考えが甘かったことは否めないだろう。狐は男達の拘束を無理矢理抜け出して二人の元へ駆け寄った。息はある。しかし、虫の息であることに違いはなかった。

「君は確かに魅力的だ。だけど、こっちも仕事だから。」

「ちんたらしていると、今度はこっちが死神様に殺されかねないからね。」

男達は狐をあざ笑うようにそう言うと、狐を改めて拘束した。

「放せ!このっ。」

「やっと本性を現したか。やっぱりこっちの方がそそられるね。」

男は抵抗する狐を乱暴な手つきでねじ伏せる。興奮しているのか荒い息を狐の顔に吹きかけると、耳元でつぶやく。

「かわいそうに。君が弱いばかりに、大切なお仲間は死んでしまうね。」

もう一人の男は狐の面を乱暴に取ると放り出した。

「お前のような子供は、仲間一つ満足に助けられねえってことか。」

その言葉が、狐の中の何かを決壊させた。

「黙れ。」

「おい、こいつなんか言ったぞ。」

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」

狐は自分を拘束していた男にけりを入れた。男は狐の急な攻撃に対応出来ずその場に倒れた。男達は慌てて刀をぬいて構える。狐は大きく息を吐くと、男達の中に飛び込んだ。

「こいつ……。」

男達は次々に狐に急所を突かれその場に倒れていく。

「黙れ。」

狐の攻撃は重いものの命に関わるほどのものではないため、男達は倒しても倒しても起き上がってくる。

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」

狐は何度も何度も男達に飛びかかった。

「あぐっ。」

刀の切っ先が狐の肌を切り裂いた。鮮血が宙にまう。

「はあ、はあ。」

狐は荒い息を整える暇もなく仕掛けていく。時は一刻を争っているのだ。すでに忍び装束は所々が破れ、体は傷だらけだった。しかしどの傷も浅いのか、それとも精神が興奮しているからか、意識はもうろうとしていてもまだ動ける。大丈夫。まだいける。狐はさらに攻撃を続けた。

 敵が減らない。

 むしろ増えたんじゃないのか。

 このままでは。このままでは。

「師匠。」

狐は震える手で落ちていた刀をつかんだ。

「師匠、ごめんなさい。」

師匠との約束を守れなくても、仲間だけは守りたいんだ。

 こうなるのなら、四季に刀の持ち方を教わっておけばよかった。あれだけあいつを人殺しと罵倒しておいて、今のこの無様な姿を見られたら、私はきっとたえられないだろう。

『じゃあな、狐。次会った時には、神妙にお縄にでもついて貰う。』

 四季はもう本当に私の前から消えてしまうのか?

狐はふと思い出された先ほどの四季の幻影を頭を振って消そうとした。男達がのろのろと立ち上がってくる。狐が震える手で刀を振り上げた、その時だった。

「じゃまだ~、どけ~。」

狐は思わず動きを止めた。声には明らかに聞き覚えがあった。けれど、あいつがここに郭かがない。狐は受け止めきれない現実からにげようと、必死に視野を固定した。

「よっと。」

しかし、声の主はまるで狐をあざ笑うかのように視界に割り込んできた。狐はやっと視線をあげ、その人物を見上げる。

「貴様……。」

四季が立っていた。笠をかぶって拾ったらしい狐の面を顔につけているが、暗がりでもすぐにわかる。水がしたたる羽織も、腰に差さった刀も、すべてが彼を象徴していた。

 いつからいたんだ。気配は感じなかったのに。どこまで見られたんだ。

「貴様、どうしてここ」

「見回り組副長、虚幻四季だ。獣組頭首・狐。神妙にお縄について貰おうか。」

四季は初めて会ったときのようにすんだ声でよどみなくそんな言葉を放つと、刀をぬき切っ先を狐に向けた。

「は……貴様今ふざけている場合じゃないだろ。早くしないと二人が」

「言ったよな。次会ったら、てめえを捕まえるって。」

四季は狐の言葉にまったく耳を貸す気がないようだった。狐は思わず言葉を飲み込む。

「ほお。」

男のうちの一人が意地の悪い笑みを浮かべていった。

「ああ、皆さん、狐確保にご協力ありがとう。こいつ、逃げ足だけは早えんで、手を焼いていたんだすが、こんなにボロボロになってりゃあ赤子の手をひねるより簡単に捕まえられ増すぜ。」

「貴様、さっきから何を言って」

「黙れ、狐。」

四季は面を放り投げると、狐を見た。狐は一瞬で背筋が凍ったのがわかった。その目には,なんの光もこもっていないように思えた体。

「協力だと?幕府の犬に協力した覚えなんてねえ!」

他の男が叫んだ。

「そうなんですかい?ならみなさんはここで何を?」

「白々しい。幕府の犬ごときが。」

男のうちの一人が四季に殴りかかろうとした。しかし、結果は目に見えている。男は血を吐いてその場に倒れた。四季はこぶしを開くと面倒そうに男達の方に顔を向けた。

「公務執行妨害。てめえら全員、お縄について貰わねえといけねえな。」

四季は楽しげに笑って見せた。男達が持つ刀が一瞬ひるんだのが肌でわかった。

「血のにおいにつられてきてみりゃあ、このざまだ。あいつら斬ったのもてめえらか?じっくり話は聞かせて貰わねえと。上様にあだなそうとする奴は全員排除しねえといけねえから。」

「かっこつけやがって。」

吐き捨てるように言ったのは、最初に狐に蹴飛ばされた男だった。四季に狐が身を捕られている隙を突いて狐を背後から拘束すると、持っていた刀を狐の首にあてがった。

「こいつがどうなってもいいの?」

「かまわねえよ。別に。捕まったらどうせ死罪だし。」

四季は冷淡に答える。男は歯ぎしりをすると、狐を乱暴に投げ捨てた。地面に体を強打した狐は小さく悲鳴を上げる。四季はほんの少し肩をなで下ろした。

「やっぱりそうか。」

男は引きつった笑いを浮かべる。

「虚幻四季は近頃女に夢中だって噂を聞いたが、その女ってのがこの狐、なんだろ。」

男達がざわついた。ならばと倒れている狐を侮辱しようと伸ばされた手を四季は無慈悲にも切り落とした。

「図星か。大層なことを言ってはいるが、この女を助けに来たんだろ。」

「自分の女がボロボロになってんのを見に来たっつったらどうする?」

四季は今しがた手を切り落とした男の頭を踏みつけた。

「余計な使命感を持っている奴が無様に恣意たがられて、志も果たせねえまま絶望する。そう言うのって最高に滑稽だと思わねえか?」

「それが話題の最小年隊士様の本性か。」

「しばらくおもしれえから見ていたんだが、さすがに飽きちまって。そろそろ、ちゃんと仕事しようと思ったんだ。」

四季は倒れたままの狐のことをチラリと見ると、その前にしゃがみ込んだ。その目の焦点は明らかに合っていなかった。

「獣の、しつけの方法はいくつかあるそうですね。褒美をやっていい気にさせて従わせるつーのが主流らしいですが、それじゃあ褒美がなくなったら飼い主に牙をむいてきかねないじゃねえですか。」

四季はさも、その経験があるように続ける。

「やっぱ、一番いいのは恐怖を与えることなんでさあ。恐怖によって相手を支配する。牙をむいてはいけない相手だと言うことを、この世界じゃあ弱えものは強者に従うしかないことを、その断りを守らなければ己を殺すことになることを教え込んでやんねえといけねえんでさあ。」

四季は狐に何をすることもなく、再び立ち上がると刀を構えた。

「皆さん、この大悪党のしつけにご協力ください。」

「お前が何を言っているのかは理解し毛寝るが、いいぜ、乗ってやろう。つまり、本気を出しちまっていいってことだな?」

意気揚々と刀を構えた男を見ると、四季は挑発するように鼻で笑った。

「馬鹿め。てめえらはさっきから本気だっただろうが。この人数で本気でかかってもこんな弱え女一人殺せなかったんだろうが。」

四季の言葉は見事に男達の怒りを奮い立たせた。滑稽にも男達は四季に斬りかかる。

「さあ俺を殺してみろ。」

 その後……何が起こったのだろうか。狐の頭は目の前に広がる惨状を理解することを拒否していた。視界に入るのは地面に広がるねっとりとした赤黒い液体。ごろりと転がる物体。そしてその真ん中で物足りなそうに立つ四季の姿。

 体中の血が逆流するほどの怒りを感じた。滑がきつく締め付けられるようの悲しみを感じた。今すぐここからにげなくてはいけないという本能的な恐怖が体中を襲った。

 狐はやもりといもりの方を見る。早く二人をつれてにげよう。そう思い身を尾籠そうと腕に力を入れた瞬間に腹に強い衝撃を感じた。思わず身を丸めた狐の首をつかむと、四季はそのまま力ずくで引っ張り上げた。

「あぐっ。」

首を絞めるその手をどかそうともがく狐だが、四季は微動だにしない。生理的な涙が狐の目に浮かんだ。

「にげんな。」

狐の鼻孔を血のにおいが刺激した。それは、四季の血ぬれた手の匂い。狐は今までに感じたほどのない嫌悪感を四季に抱いた。人殺しの手が自分に触れているという事実が、狐にとっては不快で仕方がなかった。その状況に一石も投じられない自分が嫌で嫌でしょうがなかった。

「次に会ったときは私を捕まえるんじゃなかったのか?私を殺せば、きっとまた新しい狐が生まれる。獣組はなくならない。貴様の志は半ばで折れる。」

「命乞いか?久しぶりだな。だが、今はてめえを殺す気はねえよ。言っただろ、これはしつけだって。」

四季は狐の首をさらに強く締めた。ぐう、と狐の喉が悲鳴を上げる。

「どうだ、助けられた気持ちは。自分が望んでもいない形で、余計な手だしをされて、最悪の結末に至った気持ちは。」

狐は目を見開いた。

「貴様は、私が、貴様に、こんなことをするとでも、言いたいのか?いっただろ、私は、貴様を、助けて、やりたくて、貴様が、してほしいことを、言ってくれれば、私は、貴様の為に、何でも、する。貴様を、一人で、苦しめたくは、ないんだ。でも、これでは、まったく反対の、ことを、している、では、ないか。」

「てめえはこういうことを俺に子葉と視点だよ、まだわかんねえのか。」

四季は吐き捨てるようにそう言った。

「これ以上、死神や陽炎や俺に関わるな。てめえが余計なことをすればもっと俺は人を殺すぜ。もっと俺は、てめえを絶望させるぜ。もっと俺は、てめえが今大事にしているもんを奪うことになるんだ。だからおとなしく、捕まっててくれ。お願いだ。頼む。」

この瞬間やっと、狐は四季と目が合った。相変わらず目はうつろだが、しれでももっすぐ狐をその目はとらえていた。

「それは、出来ないな。」

狐もまた、四季に誠意に答えてまっすぐ四季を見ていった。

「貴様が、こういう、方法しか、とれないのは、よく、知っている。だから今更、貴様の、こんな、姿を見ても、ひるまない。今の、貴様は、きっと、私より、弱いからだ。」

四季は狐をにらみつけた。

「進む、道も、見ている、方向も、まったく、反対でも、それでも、いや、だからこそ、背中合わせで、戦えるんだろ。今の、貴様は、貴様の、背中を、守ってくれる、誰かが、いないと、きっと、死神に負けてしまう。貴様、本当の、自分を、見失っているんじゃ、ないのか。」

「そっちこそ。本来のてめえなら、刀も見ただけで怖がるし、俺が人殺しをしたら、耐えられないほどの恐怖を感じて、俺を罵倒し、結局はなすすべがないことを理解して屈するのに。」

四季は狐から目をそらした。

「まだしつけが足りねえのか。」

四季は刀を握り直す。狐は覚悟をして目をつぶった。その時だった。

「うちの頭首から、手を放せ!」

「いもり?」

狐は焦って目を開けた。そこには、落ちていた刀を支えに起き上がって、そのまま振りかぶるいもりの姿があった。

「いもり、だめだ!あっ……。」

狐に向けられるはずの刃が、いもりの体を貫いた。四季は無表情で刀をぬく。それと同時に解放された狐は、ばしゃんと力なく地面に座り込んだ。

「いも、り……。」

いもりの体から流れ出た血が海のように広がっていく。彼は決して返事をすることはなかった。

「俺と狐の話だ。はじめから黙って死んでいればよかったのに。」

 貴様!

そんな風に。四季に叫びたかった。

 いもり!

そんな風に、彼の元へ駆け寄りたかった。

しかし、声も体も答えてはくれなかった。声も出ない、体も動かないほどの怒りと恐怖が波のように狐に押し寄せた。

「てめえは、にげることしか出来ねえんだよ。」

四季は冷酷にもそう告げると、狐のかたにやさしく触れた。

「呼んだらどうだ。大切なお仲間に、助けてくれって言えば。俺に殺されにこいって言えば。みんながいれば、どんな敵にでも勝てる、それがいかに馬鹿げた考えかこれでよくわかっただろ。てめえがにげてきた現実ってのはこんなもんだぜ。向き合うことも、当たることも、砕けることもなくぬくぬくと育ってきた現実はこんなにしょうもないものなんだぜ。」

狐は何も言わない。何も、言えなかった。

「後は全部俺に任せておけ。」

『後は全部兄ちゃんに任せておけ。』

ふと、見知らん記憶の中の少年と四季の顔が重なった。これは、誰だ?いつの、記憶なんだ?

「そういうわけだ。これ以上俺に仲間を傷つけられたくなければ二度と俺の前に現れるな。いいか、俺は本気だぞ。情けなんてかけねえからな。」

狐はじっと四季の顔を見た。言いたいことはいくらでもある。それでも。口が動いてやっと絞り出せたのはたった一言だった。

「この人殺し。」

その言葉を聞くと、四季はやさしく微笑んだ。

「それでいい。」

四季にやさしく頭をなでられると、狐はようやく意識を手放したのであった。

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