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かげろう日記  作者: 文張
16/42

四日目 その三

 時は少し戻る。

 局長、隊長に続いて少し遅れて座敷に入った四季はわざと少し隙間をのこしふすまを閉じた。どこかの地獄耳なら聞こえるだろう、とそんなことを考えながら。

――貴様れっきとした共犯だな。

ほんとにその通りだ。つい笑いがこぼれる。

「なんか水を差してしまったみたいで悪かったな。」

局長がばつが悪そうに言う。うまく勘違いをしてくれている、と四季も演技を続けた。

「ああ、いいんでさあ。気にしないで下せ絵。」

「この店、あのときのお店ですよね。」

隊長が言った。

「あの時って?」

「ほら、副長が仕事をさぼって城下に遊びに行っていたじゃないですか。そのときに一人。娘を助けたっていう。」

「ああ、おとといの。」

「あれ、そっか。」

隊長は少し考えるようなそぶりを見せて言う。

「もしかして、あのお嬢さんは、あのときの娘さんですか!」

隊長に続いて、局長も驚いたような顔を四季に向ける。

「実は、そうなんでさあ。」

四季はわざと、少し恥ずかしがるようにして言う。

「なんかあの後、待ちでばったり会って。話しているうちにこんな感じに。」

「あの後、お嬢さん、大丈夫だったんですか?あの男は本当にお知り合いだったんですか?」

「それがよくよく聞いて見たらあいつ、嘘をついていたみたいなんでさあ。脅されて、嘘をついていたらしい。あの男にどうにかされる前に、ギリギリで助けられてよかった。あ、でも、この店の女将さんがあの男の知り合ってのは本当みたいで、あの後めちゃくちゃ怒られたそうですから、もう懲りたでしょう。」

「確かに。かなりお強い方ですもんね。」

隊長の頭にはあのときの地獄絵図がよみがえる。

「じゃあ、四季はあの娘さんのヒーローなんだな。そりゃあ惚れるわ。お前強えしかっこいいから。お前に守られたんじゃあな。」

局長はうっとりとした声で言った。


「なんの話をしてるんだ、あいつらは。ただののろけにしか聞こえない。ああ、あいつの憎たらしい顔が浮かぶようだ。」

四季の細工のおかげでしっかり盗み聞きをしていた狐が突っ込む。

「私はいつからあんな恋する乙女になったんだ。ごまかし方が雑すぎないか。なんだあの安い少女漫画みたいな展開は!」

「まあまあ。まさかあの天下の狐と恋する娘は結びつきにくいだろうし、うまいごまかしじゃあないか。」

鳴神はなだめるようにしていった。


「まあまあ、あいつのことは置いておいて、それで、なんであそこにいたんです?」

四季はわざと話題をそらす。

「ああそうだな。そのことなんだが。」

少し言いにくそうに局長が言った。

「俺たちは、一門について調べていたんだ。」

だろうな。四季からすると当たり前の答えだった。一度悪事を知ってしまえば、たとえ上から手を出すなといわれても、見て見ぬふりは出来ないのが局長、そして隊長だ。

 だから、四季も正直に話す。もちろん、狐や陽炎については告げないが。自分も実は隠れて一門を捜査していた。自分だけで十分だ、組織にしらせずとも、自分一人で悪を罰しただせればそれでいいのだ。この仕事にあっているようであっていない、そんな思いを言葉の裏にのせて四季は言うのであった。

「そうだったのか。意外、ではないが、そう、お前らしい、というのがいいだろうな。」

「そうですね。副長らしいです。」

「おい、なんかお前馬鹿にしてないか。」

「つまり、俺たちは志は同じだったんだ。俺たちがお前を捜査に誘わなかったのは、めずらしく真面目に仕事をしているように見えたからっていうのもあるんだが。」

「いつもさぼってばっかりの俺がやっと仕事というのをしようとしていたからこそそれを邪魔しないようにしようってことですかい?」

「確かにそれもあるが、でも一番は、俺たち三人が全員だめになっては見廻り隊が持たなくなってしまうと考えたからだ。上からの命令に逆らって動いているわけだから、おらたちが全員首を切られちゃあひとたまりもないからな。」

四季はなるほど、とうなずいて見せる。

「でもこうなってしまったら、もうそんなこといってられないな。」

局長は笑って言う。四季もまた、目の前の明らかな凶悪を見逃してのんきに将軍の警護なんて出来るたちではないのだ。

「一人よりも二人、二人よりも三人。よし、本腰を入れて、一門の捜査と将軍様の尻拭いでもするか。」

三人は互いに目を合わせうなずき合うのであった。


「どうやら話はついたみたいだね。といっても、話自体は意外でも何でもないものだったけど。」

鳴神はあきれたように言った。

「えっそうなのか!」

純粋に驚いている狐に、鳴神も驚いた。

「危ない危ない。あいつに馬鹿にされるところだった。」

そんなことをいっていいレベルではないのだが、そんなことを狐にいっても無駄なのだと鳴神は静かに悟るのであった。


 話がついた三人は、今日はひとまず仕事に戻ることにした。なにせ四季は仕事をさぼってここにいる訳だし。

「えー。やだなあ。帰りたくないなあ。」

四季はわざと狐のように猫なで声で言う。とはいえ、かなりの棒読みなので狐からすると、挑発としか思えなかったが。なる紙の隣にたって、どう言い返してやろうかと考えていると、先に口を開いたのは隊長だった。

「何が『帰りたくない』ですか!あなた今職務をサボっているんですよ。しかも、さきほどから、デートというより、あなたがお嬢さんに嫌がらせをしているようにも見えるのですが!職務をサボるだけではな、デートをして、あげくにまさかその子に犯罪はしてないですよね。よく考えたら、なにをやっているんですか!」

「こういうお付き合いの仕方もあるんだ。いい機会だ、学んだ方がいいぜ。」

「四季、俺にもそういうことがしたいと思ってしまう時期はあったよ。年頃だもんな。逆に今まであんなに言い寄られてきて、こういうことがなかったのこそ、たたえるべきことなのかもしれない。でもな、今は恋にうつつをぬかしていい時期じゃないんだぞ。今一歩道を間違えれば、お前の今までの努力はすべて水の泡になってしまうんだからな。恋は時に人を強くするが、弱くしてしまうこともある。江戸が平和になったら、存分にうつつを抜かせ。」

局長はさも経験者であるかのように遠い目をして親身に訴える。

「えー。そんなの、一生来やしませんよ。まってたら、俺骨になっちまいます。」

四季は局長に同情することなくさらっとそう答える。

「そういうわけですから。女将さん、お世話になりました。こいつ、連れて帰ります。」

局長が鳴神に言った。

「もうかえってしまうのですか?」

「ああ。何も頼めなくてすまないなあ。」

「いいんですよ。また来てくだされば。」

局長はしっかりお辞儀をすると外へ出る。隊長も、

「ありがとうございました。」

というと局長の後に続く。残された四季はというと帰りたくないと言わんばかりに、ふらふらと狐に近づいてきた。

「ふくちょー!」

隊長の怒鳴り声が響く。体面を保つためか無理矢理連れに来はしないが、いらだちはひしひしと伝わってきた。

「なんだ、お前。早く帰ればいいだろ、このさぼりやろうめ。」

小さな声で皮肉たっぷりに狐が言うが、四季は応えない。思いがけない盗み聞きは出来たし、なにせはやくあいつらが消えないことにはこちらの緊張状態も終わらないのだ。

「ねえ、いいこと、後でしてくれるんでしょ?仕事がちゃんと終わらないと、また邪魔されちゃうし、ゆっくり楽しみたいな。」

狐は精一杯のぶりっこ声で言う。もちろん、自分が言ってることの意味はわかっていないが。すると四季がやっと口を開いた。

「離れるのはいやだったんじゃねえんですかい?」

狐はおもわず目を見開く。

「はあ?まだそんなこと言っているのか?悲しい奴め。」

狐はもう一度小声に戻って言う。

「今は恋人同士だろ。てめえだって好き勝手言ってんだろうが。こういうことを言うんだよ、普通のカップルは。」

「ふんっ。貴様、二枚目やらなんやら言われているが、さては彼女出来たことないんだろ。まあ、当たり前か。こんな性癖じゃあな。」

「てめえこそ、黙ってりゃあそれなりの女狐なのにな。」

「なんだと。話していても私は天使のようにかわいいぞ。貴様みたいな悪魔とは大違いだ。」

「知ってるか。悪魔ってのは総じて美男美女ばっかなんだとよ。それでもって、人間を誘惑するんだぜ。」

四季は文字通り悪魔のように微笑んでみせる。

「ああ知ってるぞ。誘惑して、人間に取り入るって言うあれだろ。この全知全能の私が知らないとでも思ったか。」

「ふうん。」

四季は言うとチラリと隊長たちの方を見た。

「じゃあ、しっかり終わらせて後でいいことしよう。手付けとして、これだけはあげておくよ。」

「おい貴様急にな」

その続きはいえなかった。四季の唇が狐のそれを塞いだからだ。突然の攻撃に狐は抵抗しようとするが口の中を蹂躙されて力が入らない。初めてのことで息継ぎも出来ない狐は目にうっすらと涙を浮かべて顔を赤くするだけで精一杯だった。

 やっと四季の唇が離れ、息を必死に整えている狐の耳元で四季は

「つまみ食い、ごちそうさま。」

というときびすを返して店を出て行った。未だふらふらしている狐を鳴神が支えたのを見ると満足そうに息を吐く。

「さ、帰りやしょう。」

「あ、ああ。」

「は、はい。」

何事もなかったかのように歩いていく四季にやや気後れしつつ二人は後についていく。

「お、おい、同意の上だよな。」

「局長、当たり前でしょ。あいつだって今頃きっと大喜びしているはずです。」

「そう、なんだよな。」

無意識に鼻歌を歌って歩いている四季とは裏腹に、一方の狐は思考を停止させていた。

「狐ちゃん、大丈夫かい?ほら、しっかり品。」

「な、鳴神さん、ア、アレハナンデスカ?」

「あらら、狐ちゃんは悪魔に魅入られてしまったのかい?」

「あ、あれはなんていうわざなんだ?つまみ食い、とかあいつは言ってたけど、そういう技なのか?こっちの動きを封じて、起毛しないそうになったし、悔しいがなかなかに強う技だな!あれは、どうすればマスターできるんだ!」

「え……あはははは!」

鳴神は思わず吹き出した。目尻の涙を拭って、呼吸を整えつつ、鳴神はしっかりと狐の目を見て言う。

「いいかい、狐ちゃん。今から大切なことをアタシが教える。よく聞くんだ。」

「なんだ?あの技についてか?」

「まあ、そうだね。でもね、あれは技じゃないんだよ。いいかい――」

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