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かげろう日記  作者: 文張
13/42

三日目 その二

 その日の夜のこと。

 四季と狐は春雷を訪れた。案の定陽炎と鳴神も二人が来るのをまちにまっていたようだった。

「今晩わ、旦那。」

先に入ってきたのは四季の方だった。

「……わあ」

続いて入ってきたのは狐のはずだが、見るからに生気がない。明らかに疲れ切っており、足取りもぎこちない。しかし、そんな狐に対してご機嫌な四季を見れば何があったのかを想像するのはかなりたやすかった。陽炎と鳴神は顔を見合わせて、思わず懐かしそうに笑い合った。

「鳴神さん、酒を。」

なだれ込むように陽炎の隣に座った狐は力なく言った。鳴神がいつもの一升瓶を出すと、狐はすがるようにそのまま抱えてごくごくと飲み出した。

「ぷはー!いきかえるっ!」

「何回言えばわかるんだよ。隣におまわりさんがいる状況でよくも堂々と飲んでくれるな。」

四季はあきれたように言って狐の隣に腰を下ろした。

「だからなんだ。貴様には私から楽しみを取り上げる権利でもあると言うのか。」

「楽しみって?」

「飲んだことのない、貴様の様なガキにはわかるまいよ。」

「本当はてめえみたいなガキは飲んじゃいけねえんだぜ。」

「ふうん。知らなかった。」

「嘘つけ。」

四季の言葉などお構いなしに酒を飲み干す狐。四季はそれを諦めたような目で見た。

「何はともあれ、さあ、話を始めるとするか。」

陽炎が言った。

「ああ、その件なんですが一つ言っておかなきゃならねえことがあるんでさあ。」

四季は、隙を狙ってさらにさらに酒を飲もうとする狐を手で制しながら続ける。

「見廻り組は、一門の調査から完全に手を引くそうでさあ。何でも、上から指示があったそうで。」

「でもお前は追い続けるだろ。」

「勿論。あんたともやり合いたいですし。」

「だろうな。で、お前が言いたいのは一門と幕府と死神の関係についてどこまで知っているかだろ。」

陽炎は先回りするようにして言った。

「お前の想像通りだよ、たぶん。死神は一門を使って、やり損なった将軍殺しを成し遂げようとしている。その推測が一番妥当だろう。」

「ですね。ま、俺は俺で秘密裏に捜査はするつもりですし、なんかまたわかったら共有しやす。」

四季は幕府に忠誠などない。従う義理もないと思っている。

「まえから思っていたが、お前はお前で結構犯罪を犯しているきがする。こいつのこといえねえんじゃねえの。」

陽炎は酒を飲もうとあがいている狐を指さして言う。犯罪、といえば情報漏洩のことだろうか。それとも、幕府に対する失礼な発言の数々だろうか。

「そうかもしれませんね。でも、俺は使える門は全部使う主義ですから。仲間であれ、的であれ、俺の正義を果たすためなら、手段は選ばねえ。」

「つまり、お前にとっては俺たちも見回り組の奴らも道具にすぎないってことか。」

「その通りでさあ。」

陽炎は少し鼻で笑うと、狐の方に視線を向けた。

「まあ、俺は別にいいけどよ。」

言わんとすることは四季にもわかる。けれど、だからといって考えを変える気もなかった。

「俺もその気持ちわからなくもないからな。それに、どう使われようとも、今の俺たちにお舞の戦力は不可欠だし。」

「旦那はそう言いやすが、俺は一度あんたとやり合って白黒つけねえと納得がいかねえな。」

二人の間に目には見えない火花が散った。しかし、そんなことを狐が感じ取る訳もない。

「その時は私は遠慮しておくとしよう。全員が倒れてしまっては意味がないからな。」

「は?てめえ、なんの話してるんだ。」

「貴様らの決闘についてに決まっているだろう。」

「は?」

四季は今度はぁらかうように言った。

「最初からてめえを決闘に入れる気なんてなかったけど。」

「なに!そうなのか!」

突然仲間外れにされた狐はすがるように陽炎の腕を握っていった。陽炎は狐の突然の行動に驚きながらも、喜んでいるのが目に見えてわかる。様子を見ていた鳴神だったが、さすがに口を開いた。

「狐ちゃん、やめときなよ。そいつは心も体も汚いんだから。」

ついでに陽炎のことを冷ややかな目で見ると陽炎はおびえて腕を引っ込めた。それ戸津時に狐も、

「ああそうだった。」

といってぱっと手を放すと、四季の着物で手を拭った。

「おい、拭くなよ。俺を汚物みたいに扱うな。」

「こいつなら、このかわいいかわいい狐に触ってもらえたってだけで決闘の仲間に入れてくれるというのに。」

狐は陽炎の言葉を完全に無視して、手を拭い続けているものの、上目遣いで四季をみた。

「いや、だめだからな。まず、俺の着物でふくなって。それにいつてめえの色仕掛けに俺がかかった。」

「何を言っている!さっきだって貴様は私があんまりにかわいいからつい……ああ、憎たらしい!」

狐は興奮したように急に顔を赤くして四季の体を左右に揺らした。四季は抵抗もせずに、どこか楽しげである。

「というかよ、てめえらこの二日間でどんだけ仲良くなってんだよ。」

陽炎はうらやましそうな目で、じゃれている二人を見ながら言った。

「は?仲良くなっているだと!ふざけるな!こっちはいつでも緊張状態で、こいつに気を許したことなど一度もない!ありえない!こんな奴、私の一生敵でいればいいのだ!」

「嘘つけ。てめえは俺に心許しまくりじゃねえか。さっきまで二人っきりであんなことしていたのに、得もそんなことがいえるな。」

「ただの鍛錬だろ。何を言いたいんだ、貴様は。」

「そうだったのか?俺はてっきり、鍛錬デートかと。」

「なんだそれ。聞いたことないぞ。」

「てめえだって熱烈に俺を誘ってきたじゃねえか。俺に会いに来た、とか、俺がいないとだめだ、とか。」

「記憶にないな。そんなことは断じて言っていない。」

「照れるなよ。俺の前では素直になれって。」

四季は狐の顎を軽く持ち上げ自分の方に向けた。

「は?き、貴様、なんのつもりだ。」

狐の顔が一瞬で赤くなる。

「やっぱり仲いいじゃねえか。」

陽炎は独り言をつぶやいたつもりだったが、鳴神はそれを聞き逃すことはなかった。

「あんたもあの輪に入りたいんだろ。」

「ちげーよ。」

陽炎はあからさまに目をそらしていった。

「あんた本当に嘘つくのわかりやすいよね。」

「だから、ちげーって。」

陽炎の必死さに笑いが止まらない鳴神はチラリと狐の方を見た。言い合っていたはずの二人はいつの間にかつかみ合いのけんかになっており、狐は四季に両頬をつねられている。

「狐ちゃん、モテモテだねえ。」

「ふぇ?」

四季と取っ組みあっていて返事どころではない狐は間抜けな声を出したと思うと、突然思い出したかのように叫んだ。

「ふぉふふぁ!」

「なんだよ、急に、っていってえ。」

狐は四季の隙を突いて脇腹を殴った。

「そうだ!結局私は決闘に入ってもいいんだろ。」

「別にだめって訳じゃあねえけど。」

陽炎は少し言いよどんだ。狐は不思議そうな表情で陽炎を見る。

「お前、今日は四季のところで鍛錬してた見て絵だけど、何回やって、何回勝った。」

「何回やったかはわからない。数え切れないほどやったが……。」

狐は明らかに悔しそうな顔をしている。

「一回も勝てなかったか。じゃあ、負けるぜ、こっちの決闘に入ったら。」

「はあ!」

「せめて一本は取ってからじゃねえと。」

「むむむ。」

狐も薄々そうは感じていたが言葉にされると悔しくてたまらない。

「そもそも、俺は決闘なんてやりたくねえし、お前とも、四季とも。」

「なんだ。面白くねえな。」

「あいにく俺は平和主義なんでね。」

毒づく四季とは対照的に狐は目を輝かせた。

「そうだな。そうだ。私も師匠に怒られてしまう。」

狐はどや顔で四季を見る。

「残念だったな、この戦闘狂め。刀を抱いて寝るような貴様と私たちは違うのだ。あっはっは。」

「はいはいそうですか。」

四季は肘をついてめんどくさそうに言った。

「と、言うわけで。この天下の狐様が、面なの太陽の狐様が、貴様らに情報を授けてやろう。」

「さっき一人でぼそぼそ鳩と話していたが、あれはてめえの仲間が使わした伝書鳩だったって訳か。」

「もうそんなに情報を集めたのか?」

「当たり前だ。でなきゃ今日私はここにいないだろ。」

狐は立ち上がると腰に手を当てて言った。

「どうやら奴らは私の読み通りかないあくどいことをしているみたいだぞ。そりゃあもう汚い金を集めて私服を肥やしているみたいだぞ。」

「んなこと知ってる。それで。」

「それでだな、一門は今、確実に武力を集めている。今回は死神の姿は各員出来なかったが。」

「姿って。死神がどんな顔かだなんて知らねえだろ。」

狐は四季をにらみつけた。

「存在を、確認できなかったが攘夷派の浪人が屋敷周辺をうろうろしていたらしい。」

「なるほどな。将軍暗殺を依頼したのはやはり本当か。」

四季はため息をついて言った。

「一門は馬鹿だよな。一度暗殺を失敗している人間に、同じ暗殺を頼むだなんて。本当に知らぬが仏だよな。」

狐はやれやれと言わんばかりに言った。

 しかし、四季は狐の発言のどこかが引っかかる気がしてならなかった。死神については

この社会ではかなり有名だ。なので、彼の将軍暗殺未遂を知らずに依頼したとは思えなかった。それに、死神に依頼することはもはや自殺行為に等しい。そこまでの恨みなんて、一門にあったのだろうか。そんなもの、有名であってもいい気がするが。さらにかくまうだなんて、頭がいかれているとしか思えない。

「今の知らぬが仏、ってのもふくろうが言ったのか?」

「ああ。そりゃあそうだろ。私がこんな言葉を知っている訳がないだろうが。」

「ふうん。」

「貴様そんなに私のことを馬鹿にしたいのか?そりゃあそうだ。お役人さんと卑しい盗賊では学習条件がちがうからな。」

「そういうわけじゃねえよ。」

「ああ、ああ、そういうのが一番傷つくんだぞ!」

「だからちげえって。」

四季は飛びついてくる狐を片手でいなしながら頭ではまったく別のことを考えていた。ふくろう。狐の仲間でりあり参謀担当だというその人物に四季は人目をおいていた。会ってみて心から思うが狐は馬鹿だ。だがそんな狐がいままでぼろ一つ出さずに出自、年齢、性別不詳のまますべての盗みを成功してきたのは、少なからず参謀のおかげだろう。ふくろうは明らかに先読み技術に長けている。そいつが発した、知らぬが仏、の意味は単に狐が言ったようなことだけなのだろうか。何か裏の意味があるのではないか。四季はチラリと陽炎をみた。彼はいたって普通に鮭に口をつけていた。

「将軍暗殺の可能性がこんなに高いってのに、それでも見廻り隊は動けねえか。」

陽炎が言った。

「試してみる価値はあるかもしれねえが、どうせ無駄でしょう。」

「過去にも死神は将軍暗殺をけしかけた。あのとき、将軍は見廻り組を使って死神を探させたらしい。でも今回はちげえ。今回、将軍は俺たちを突き放した。一見すると矛盾しているように見えるが、共通項がある。それがないかわかるか?大体、本当に将軍様がにげてえなら極秘に城を抜け出せばいいだけのこと。そんなこともせずに城に引きこもっているのは、臣下に勘づかれたくないからだ、将軍に反抗する人がこんなにも多いことも。それに、極悪な殺し屋には負けないほどの力と強さがあることを見せつける為だ。ここに少しでも、一国一城の主として城を開けたくねえって言う責任感があればいいんだがな。」

四季は少し鼻で笑った。

「ま、つまり、俺が言った共通項っていうのは将軍が何かを隠そうとしているってことだその対象が俺たちにも拡大した理由は知らねえけど。

すると狐が混乱したように言った。

「となるとやはり一門と将軍の関係が知りたいな。」

「ああ、そうか。そういうことか。」

四季は狐の言葉を聞いてつぶやいた。陽炎も小さくため息をつくと口を開いた。

「どちらかが、今のお前みたいな状況になっている可能性があるってことだ。」

「私みたいに……。ということは変態ポリ公の束縛に合っているってことか。」

四季は反射的に狐にデコピンをしていた。

「いでで……。」

「一門将軍に弱みを握られている可能性が高いってことだ。」

「でも、だったらその弱みとやらをなぜ公にしないんだ。どうせその弱みなんて不正に金を得ているとかだろ。それを隠しているのは一門の行為を黙認しているのと同じではないか。」

「腐りきってんだよ、今の幕府は。」

陽炎は吐き捨てるようにして言った。

「今の、じゃねえ。昔から腐ってたんじゃないのか。」

四季はあえて陽炎に言ったが、陽炎は答える気がないようだった。

「狐、お前は素直だからわからねえだろうけど、きたねえ金っていうのは有用性しかないんだ。将軍たちは一門を弱みでゆすって出所不明のきたねえ金をすいあげて至福を肥やしているんだ。その上で死神をやとって暗殺を企てるのはいわゆる悪あがきか、死神の力を過信しているのか。」

狐は聞いても何も言わなかった。

「そんな風に利用されて死神はどういう気持ちなんだろうな。でもまあ、あいつはそんなことどうでもいいのかもしんねえ。仕事さえ、人殺しさえ出来れば。」

ここまで言って陽炎は酒を飲み干し、立ち上がる。

「あんたどこに行くんだい。」

鳴神は陽炎の行動を見越したように言った。

「月見散歩。」

言って陽炎は扉に手をかける。

「タダ酒は許さないからね。」

釘を刺すように鳴神がいうと、陽炎はびくりと方を震わせたが、何も言わずに店をあとにした。扉が閉まった音を聞いて、四季が口を開く。

「今日はこれでお開きだ。あいつは消えちまったし、てめえも用件は済んだだろ。明日からも忙しいし、てめえはもう帰れ。」

狐は反抗もせずにうなずくと扉の方に向かった。

「今日はもう帰る。」

狐としても混乱と衝撃で頭がいっぱいだった。ふくろうにすべて解説してもらおう。そう心に決めて狐は店を出る。四季は狐が完全に出て行ったのを確認して軽く息をはいた。

「あんたはいいのかい、帰らなくて。もうすぐ十二時を回るけど。」

「俺にはもう少ししてえことがあるんでね。」

鳴神は察したようにチラリと四季の方を見た。

「あの男についてなんですが。」


 古寺にて、狐は仲間たちから盛大に歓迎されていた。

「お帰りなさい、狐さん。」

ふくろうたちは提灯で狐を照らした。明らかに疲れてはいるものの、けがはなさそうだ。狐に付いてくるな、と言われているし、ふくろうにも止められているため、アジトで狐の帰りを待つことしか出来ない者たちは、気をもんでいるしかなかったが、狐の無事な姿をみて胸を少しなで下ろした。

「ああ、ただいま。」

狐は空元気を出していったが、そんなことは仲間たちにはお見通しだった。

「何かいわれたのか。」

熊が言う。狐は深呼吸をすると、先ほど聞いたことを包み隠さず洗いざらいすべて話した。話を聞いた仲間たちは、非難や怒りをあらわにすると思われていたが、互いに顔を見合わせ、どこか驚いているようだった。不審に思った狐が問いただそうとしたとき、先に口を開いたのはやもりだった。

「すごいっす。さっきふくろうさんが言ったとおりっす。」

「どういうことだ?」

狐はふくろうに訊いた。

「全部が全部ってわけじゃあないっすけど。さっき狐さんが言ったことと、ふくろうさんが予測していたことがほとんど一致しているんす。」

やもりが付け足す。

「死神の行動についての見解は少し違っていたけどね。な、ふくろう。」

いもりも付け足した。

「ええ、まあ。」

「言ってやれよ。」

熊に背中を押されると、ふくろうは小さく咳払いをして話し始める。

「今回、僕たちが一門が死神の雇い主で将軍暗殺を企てていることを確信したのは、一門の屋敷の周りを攘夷浪士たちがうろついていたからでした。その場合、将軍と癒着していた一門を労使が狙っている可能性も否めないが、そうでないことは一目瞭然だった。そうですよね、やもりさん。」

「はい。狙っているのだとしたらあまりにも見え見え過ぎるし、俺を完全に一門の人間だと勘違いして気安く話しかけてきた奴もいたっすよ。」

「ですよね。ではここから死神の行動の意図を考えてみましょう。」

「意図?依頼されたから、ってだけじゃないのか?」

狐は首をかしげた。

「そうなんですけどね。でも、それだけで考えるのは少し強引すぎるような気がするのです。」

ふくろうはまっすぐ狐を見ていった。

「そもそも、一門はそんな悪あがきなんかの為に自殺行為のようなことに手をだすのでしょうか。しかも相手は将軍です。死神に暗殺を頼まなくても他の方法もあったでしょう。死神に頼んだら殺されるのは当たり前のことですし、知らなかったなんてあり得ないし、どうして一門は急にそんな身をなげうつようなことをするのでしょうか。」

「でも、しょうがなかったんじゃないか?」

「そうなんです。でも、情報というのはやはり不確実なものばかりで、いくら間接的な情報が集まっていても直接的なものを見なければ確信は出来ない。僕らは一門が本当にかくまっているのか、あそこに死神がいたのかも見ていない。今の情報では一門が死神を付けって将軍暗殺を企てていると考えるのが妥当です。しかし、一方で、このことも頭に入れ溶くべきでしょう。もしも、陽炎が言っていた情報が嘘だったとしたら?」

狐は目を見開いた。

「それに……。」

ふくろうは少し混乱したように言った。

「あの男のことなんですが。」

ふくろうはしっかりと狐の目をみた。

「あの男は……」


「もう死んでいる。」


「陽炎。変な名前だからすぐに資料の中から見つかったぜ。」

四季は鳴神を仰ぎ見た。

「あの男は十二年前に処刑されている。罪状は不明。というか残っていなかったが、打ち首だったところを見ると、とんでもねえことにでも首を突っ込んだんだろ。なら、さっきまでここにいたあの男はなんなんだ。幽霊か、妖怪か、それともたちのわりいなりすましかなんかか?」

「そうなんじゃないの。」

鳴神はぶっきらぼうにそう言った。

「あいつはさ、生きていようがしんでいようが、昔からふらっときては迷惑ばっか呼び込んで、気がつくともうどっか行っちゃっててさ。そんな奴だったから。」

「やっぱりてめえも教えてくれねえのか。」

「知っているなら何でも教えて上げるさ。でも、アタシも知らないんだ、残念だけどね。いや、興味がないって言った方がいいかな。」

「あんたたちは長い付き合いなんじゃないんですかい?」

「だからだよ。」

鳴神は少し遠い目をして言う。

「私はね、元は山賊の子だった。それに嫌気がさしていた頃があってね、あいつが現れたのはその頃だった。あのときは私もこう、なんかむしゃくしゃしていてね、手当たり次第に人を襲っていたんだけど、うかつにもあいつを狙ってしまったのが運の尽きだった。あいつは私のことを知ると『なんとかする』とタダそれだけ言った。変な奴だったし、とりあえず捕まえて、何かにでも使ってやろうと思っていたんだけど、次の日私が起きると他の仲間はみんなしんでいた。やったのは、あいつだと思う。あの場で、あいつだけが生きていたからね。なにはともわれ、私は一人になり自由になった。そこからは私の意志であいつと行動を共にし始めた。それからも、あいつは呼吸をするたびに面倒ごとに首を突っ込んでは人助けをしてさ。そんなある日、あいつは私をここに置いて消えてしまった。ようやくあいつがまたアタシのとこに来てくれたのに、あんたはだれだ、なんていえないだろ?」

「なるほど。」

言って四季も少し口元を緩ませた。

「じゃあ今回も、あいつが気まぐれで時刻からもどってきたとでも思っていればいいってことですかい?」

「そうだね。またあいつが面倒ごとを持ち込んでこなきゃいいんだけど。」

「もう十分持ち込んでしまっている気がするんですけど。」

「ほんとだ。」

二人は笑い合った。

 そんなころ、陽炎は有言実行し月を眺めていた。

「そういやあ、あのときも。」

かけ始めたこの月をあの夜に眺めてからかなりの時間がたってしまった。陽炎は軽く目尻をこすった。無理矢理笑ってみるが、気持ちは晴れない。

「俺らしくもねえ。飲み過ぎたか?」

月光に照らされた陽炎の背後には不自然に長い漆黒の影が伸びていた。

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