表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かげろう日記  作者: 文張
12/42

三日目 その一

 同盟成立から一夜明け、本日は本当に非番の四季はいつもの場所で昼寝をしていた。

「おい、貴様。」

「ああ?」

聞き覚えのあるその声に四季は思わず目を開けた。

「なんだよ。」

四季の顔をのぞき込むようにして立っていたのは狐面をつけた少女だった。

「貴様、またサボっているのか。」

四季は目を閉じて再び昼寝の姿勢に戻ると言った。

「今日は俺、非番なんだよ。」

「信じられんな、貴様の言うことなど。」

「じゃあ何で聞いたんだよ。」

狐は四季の隣に腰を下ろした。

「つーか、俺、仕事さぼったことなんかねえよ。今だってこうして狐さんのお相手をしてやってるじゃないですかい。」

「嘘言うな。貴様にくっついているあの男が言っていたぞ。貴様は普段から仕事をさぼってばかりだって。」

「ああ。てめえが下手に化けた隊長様な。あいつは真面目一本だから、俺のことがそう見えているだけだって。」

「ふうん。まあ、修行を一日も休んだことのない私からすると、どんな状況かの想像すら出来ないがな。というか。」

言うと狐はさらに四季の方に身を乗り出した。

「貴様どれだけ刀が好きなんだ。大事とか、仲間とか言っていたが、なにか思い入れのある刀なのか?」

四季は刀を抱きしめるようにして寝ていた。狐にとってはそれが異様な光景で仕方がなかった。

「いいだろ。俺が唯一信頼している仲間だ。」

「はっ。貴様はとことん寂しい奴だな。その様子だと、その刀は師匠のものか何かなのか?」

「はあ。」

四季はため息をつくと片目だけ開けて狐の方を見た。

「俺のこと聞き出してえなら、専門の奴連れてこい。てめえの色仕掛けじゃあ、何にも感じねえから。」

「は?誰がいつ貴様に色仕掛けなどするものか!私が本気を出せば貴様なんてイチコロなんだぞ。これはだな、その……世間話だ、ただの。」

狐は明らかに動揺していた。

「てめえ、いつにも増してぎゃあぎゃあうるせえな。饒舌なのはなんか隠してるか、てめえが緊張している証拠だ。隠す気もないとこを見ると、てめえ、俺になんか無理難題でも頼みに来たのか?また、あの男の使いか?」

「ち、ちがう!私の意志でここに来たんだ。」

言ってから、はっ、と狐は自分の口を塞いだ。しかし、今更もう遅い。

「へえ、やっぱり。何を俺にしてほしいんだ?」

完全に目を覚ました四季が今度は狐に詰め寄る。お面の上から狐の顔をのぞき込むようにしてやると、狐は気まずそうに目をそらした。

「おい。こっちむけって。」

四季は狐の顔に手を添えようとしたが、狐はその手を払うと、にげるように立ち上がった。

「せ、世間話がしたい気分なのだ!付き合え。」

「面白くねえなあ。ま、暇つぶしできるし、いいけど。」

四季は残念そうに言うと、また元の場所に戻った。

「そもそも、てめえよくここまで来られたな。」

四季は背後にそびえ立っている高い塀をさして言う。

「このくらい、誰でも朝飯前で超えられるわ。こんなもので身を守れるなんて思っている奴が不憫でならない。」

「だよな。俺もそう思う。」

「貴様、本当に隊士失格なんだな。」

狐のさげすむような声が聞こえたが、四季はあえて聞こえなかったふりをした。

「で、てめえはそんな奴のところに。」

「ああ、会いに来た。笑いたきゃわらえ。」

「こりゃあ、ずいぶんとお熱い愛の告白なこって。」

四季はケラケラと笑った。

「勘違いするなよ。それに、暇で暇でしょうがない貴様と違って、忙しい狐様がわざわざ会いに来てくれたのだぞ。もう少し、感謝しろ。」

「すげえ、暴論。感謝の印に牢屋にでも案内すれば気がすむんですかい?」

「遠慮する。」

狐はきっぱりと言って放った。

「口だけは達者なようだが、聞いたぞ。貴様、一門の捜査禁止されたんだろ。」

「一切手を出すな、だってよ。」

「くさいにもほどがあるだろ、貴様に捜査されては幕府にとってもいやなことがあるから、捜査を打ち切らせた。一門と幕府には何らかの、よくない付き合いがある。自分が暗殺されないって言われてもなお、隠したい関係が。」

「それ、てめえのとこの参謀の受け売りだろ。」

「ばれたか。」

狐はあっさりと認めた。

「ま、死神について昨日教えてやったし、風向きは変わるかも知んねえけど。」

「いや、どうだろうな。そんな動きはないらしいが。」

狐はあざ笑うようにして行った。

「ていうか、なんでてめえがそんなことしってんだよ。昨日の今日だぞ。」

「ははーん。そうやって私の情報網を探る気か?残念だが、それはいえないな。」

「どうせ、てめえの仲間がどっかに潜り込んでいるんだろ。」

「さあな。なんにせよ、貴様は手を出せまい。奉行所の奴らも、貴様に首を突っ込まれるのを嫌がるだろうからな。」

「なるほど。奉行所のほうに獣が潜り込んでいるのか。」

四季は悪魔のように笑って見せた。

「なっ。」

狐もまた口を滑らせてしまったことに気がつく。

「あいつらに手土産として今度持って行ってやろっと。」

「や、やめてくれ!」

狐は立ち上がろうとしていた四季を止めるように飛びついた。

「貴様にはめられたとはいえ、何を言っているんだ、私は。頼む!なんでもする!だから、今のは聞かなかったことにしてくれ!誰にも言わないでくれ!」

「なんでもって、何でもか?」

四季はあえて、からかうように狐の細い腰を抱き寄せるようにして言った。

「ああ、もちろんだ。前にも言っただろ。私は仲間の為なら、この身も命も何でも差し出すと!」

またか、と四季は顔をゆがめた。前回とは違い、はっきりと覚悟を決めたような顔で言われては、四季も虫の居所が悪かった。

「わかった、わかったから。言わねえよ。てめえの弱みは俺だけが知っていればいいし。」

「本当か?」

狐はすがるように四季の方を見た。

「ああ、本当だ。」

「本当の本当に本当か?」

「本当だって言ってるだろ。あ、そうだ。じゃあ、その見返りとして、てめえの俺への頼み事、いい加減教えろ。」

「いいだろう!」

狐は元気よくそう言うと、四季から少し離れてたってたった。と、思うと、突然、九十度に曲がったきれいなお辞儀をした。

「頼む。私を強くしてくれ。」

時が止まった。四季がそう思ってしまうほどに、静寂が二人を包んだ。

 は?強くする?このプライドの塊みたいな小娘がよくも俺にそんなことを頼む。いや。参謀の差し金か?いやいや、こいつを世間知らずに育てるほどに過保護な連中だぞ。わざわざ敵陣に狐を贈るようなまねは、まして狐を弱いと認めるような指示は出さなそうだが。狐だって、はじめに自分の意志できたと言っていた。馬鹿なこいつの言葉に裏なんてあるとはとても思えないし……。死神対策と考えるのが一番しっくりくるか。昔から一緒に育ってきた仲間を守りたいとかご立派なことを言ってここに自分から来た。それが一番筋が通っているが、四季としてはあまり面白くはない仮説だった。

「そういやあ、てめえは何で盗賊なんかになったんだ。んな、お仲間大好き人間になったきっかけは?」

「それは私の頼みに関係あるのか?」

「まあ、答えによっては。」

「ならばしょうがないな。」

狐は偉ぶるように腰に手を当て四季を見下ろすようにたった。

「私が盗賊になったのはな、師匠に出会えたからだ。だからこそ、師匠のため、私を支えてくれる仲間たちのため、私はもっと強くなりたいのだ。まあ、この世界で私の強さにやや劣るが最も近いのは貴様だし、いい鍛錬の相手になると思ったのだ。それに、貴様は堂々と私に偉そうなことをいえるのだから、なかなかいい頼みなのではないのか?」

「んなこと聞いてるんじゃねえよ。」

狐の仲間大好き話は耳にたこができるほど聞かされたのでもうおなかいっぱいだった。

「聞きてえのは、てめえにも家族はいただろうにどうしたんだって話だ。」

「それは……。」

気綱は少し言いよどんだ。

「知らないんだ。家族がいたかも、思い出せないんだ。」

「は?どういうことだ。」

四季は怪訝な顔をする。

「師匠に会う前のことが何一つ思い出せないのだ。」

「単に小せえ時のことだから記憶がおぼろげだ、とかではなくて?」

「ああ。」

狐の顔が少し暗くなった。

「何かが思い出すことを妨げているんだ。」

「じゃあ、その傷は?刀が怖いのは何でだ?」

「わからない。それも思い出せない記憶の頃のことだったみたいだから。」

「ふーん。」

四季は言うと立ち上がって、狐の腕をつかんだ。

「なら、しょうがないな。てめえを強くさせてやる。」

「いいのか?」

怪しむように、しかし、喜ぶような顔で狐が言った。

「人殺しをするような奴は嫌いだろ。俺はそういうわざしか知らねえけど、俺でいいのか、教えるの。」

「確かに、貴様のことは嫌いだ。だが、使えるとは思っているぞ。」

「不殺はてめえの師匠の教えか。」

「勿論。」

「そうか。」

言い終える前に四季は大きくジャンプをした。狐ごと、堀を飛び越える為である。

「は?」

四季の急な行動に狐は言うまでもなくしこうが追いつかなかったが、それでも体と心は彼の行動に追いつこうとしていた。否、追い抜こうとまでしていた。四季が頼みを聞いてくれたらしいことがわかると、狐は心のそこからの喜びを花が咲いたような満面の笑みによって表すのであった。これこそ、宿敵に感謝をするという屈辱的な行為を避けるのに必死な狐がとった、最大の感謝の印である。


 四季の部屋に無事人目を避けたどり着いた二人は張り詰めた緊張感に包まれて向かい合っていた。四季の部屋の前には鍛錬用の庭がある。人払いは念入りに行ったために周りはとても静かで、場所は違えど、その姿は二人が初めて会ったときのようだった。

「いつでもいいぜ。」

木刀を構えた四季が言う。狐も面を付け直し、素手で構えた。面の下で大きく深呼吸をしたと思うと、狐の姿が一瞬にして消えた。

「てめえの動きぐらいよめんだよ。」

四季は木刀を振る。木刀はしっかり空中をとぶ狐を捕らえていた。すんでのところで避けた狐は軽やかに屋根におりた。

「まず、手始めに教えてやるよ。」

四季は狐を仰ぎ見る。

「面の下で次行く方向を見るな。すぐばれるぜ。」

狐は間髪を入れずに、真正直に四季のほうにとんだ。行動がばれてしまうのならいっそ、力で押してやろう、という作戦だ。四季は狐に向けて新たに木刀を構え直した。狐はそれを避けさらに速度を速める。木刀で狐を捕らえ直そうと四季がしたその時、すとん、と軽い衝撃とともに狐が木刀の切っ先に一度挑発するように片足を下ろし、そして真上へと高く飛び上がったのであった。今日の天気は快晴。頭上まで飛んだ狐を捉えようと目で追うも、太陽光が邪魔で狐の姿が確認できない。ならば、と四季は塀を使って狐を追うように飛び上がった。空中で狐を捕らえた四季はにやりと笑った。

「なに!」

「次は俺の番だな。」

四季は狐の腹に上から木刀を突く。二人の体はそのまま重力に従い落ちていった。地面に近づくにつれて二人の距離は縮まり頭が触れあうほどになった。思わず四季が伸ばした片手がふわりと何か柔らかいものに触れた瞬間、視界が土埃によって覆われた。視界は絶望的だが、四季は手の感触から言って狐が自分の下にいないことはすぐにわかった。気配を頼りに、土埃の中に木刀を差し込んでいく。

「そこにいんだろ、狐。」

木刀に感触はない。しかし、四季が木刀を振るっている先には確かに狐がいた。持ち前の反射神経で避けてはいるものの、気を抜けば殺されてしまいそうなほどの緊張感があった。少しずつ土埃が薄くなっていくと、二人の輪郭が明らかになる。四季は完全に狐の姿を捉えると、剣速をさらに早めた。狐はその早さに追いつくだけで精一杯で、攻撃を仕掛ける暇もない。それに、先ほどの落下時に四季があることをしてきたせいでバランスを崩して着地をしたせいで体が痛く、動きも鈍くなっていた。にげてばかりの狐を見かねた四季はわざと剣速を遅くした。すぐにそのことに気がついた狐はまたも木刀を踏み台に飛び上がり、今度は四季の背後に回ろうとした。不意打ちを狐は狙った訳だが、やはり視線を読まれ、狐が背後に回った頃にはすでに四季も後ろを振り向いていた。避ける暇もなく。狐の体は四季が振る木刀の餌食となり、大きく飛ばされる。またも土埃が舞った。地面に投げ出された狐は体を起こして四季の姿を確認しようと土埃に目をこらした瞬間、目の前に四季の木刀が現れた。にげることも出来ない狐の喉に木刀の切っ先がおしあてられ、二人の戦いに決着が付いたのであった。

「俺の勝ちだな。」

土埃の中から現れた四季は鼻高々に狐を見下ろしていった。本来ならこのあととどめを刺すが、今回はその代わりに、切っ先で器用に狐の面をずらす。四季は面の下から現れた狐の顔を見て思わず吹き出した。

「てめえ、それなんの顔だよ。」

狐はあきらかに不機嫌だった。しかし、頬を赤く染めどこか恥ずかしそうにもしている。

「俺に負けたのがそんなに悔しいのか。」

「負けてなどいない。貴様のせいだ。貴様が私の頭に……。」

狐はぼそぼそとつぶやいているが、はっきりと何を言っているのかまでは四季の耳には届かなかった。

「なんだよ。俺がずるでもしたと言いてえのか。」

「うるさい!いいから、もう一戦するぞ。あんなことまでしたんだから、責任をとって私が勝つまでつきあってもらう。」

狐をここまで不機嫌にさせたことの思い当たる節はないが、四季は喜んで相手をすることにした。正直に言って、狐は身体能力が高いだけで、強さは皆無だ。だからこそ教えがいがある。狐とこうして了承を得た上でじゃれあえるのは、四季にとって願ってもない幸運なのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ