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かげろう日記  作者: 文張
10/42

二日目 その七

 四季は春雷の前に立っていた。この後に及んで入ろうか少し躊躇をしていたのだ。こんなことを狐が聞いたらそれこそ、私の強さに怖じ気づいたのか、なんて揶揄りそうだが、もちろんそういうわけではない。気にしているのは、隠れて自分のことを見ている追っ手の存在である。

 四季の外出には基本的にはなにかしらの追っ手がつきまとう。制服を着ているときはある意味人目を集めやすいからか、たちの悪い追っ手はあまりいない。こういう個人的な時こそやっかいな追っ手がくっついてくることにはもはや慣れっこだった。四季は今私服の着物を着て傘をかぶって顔を隠している。普通の人はそんな姿の男を見て四季と気がつくことはないが、一部熱心なファンや記者やごろつきには、執着のたまものなのか四季だと気づかれてしまうのであった。

 そういうわけで、今日も今日とて追っ手が付いてきているわけだが、今回はどうやらごろつきのようだ。正直、記者じゃなくてよかった。今回四季が私服を着てきたのは、未成年である四季が夜に堂々と居酒屋に入るところを目撃されれば、それこそ除籍の可能性が濃厚になるからだった。世間に表沙汰になれば、よくても軟禁状態にはなるだろう。そうなれば、狐を取り逃してしまう。それは絶対に避けたかった。

「さてどうすっか。」

私服で来たもう一つの理由はどう暴れてもとがめられずにすむからであった。すなわち、もし追っ手が過激なごろつきなら四季を追いかけて今後町人に危害を加えないように事前に片付けておこう、完全犯罪をして排除しておこう、という魂胆である。そういうことは以前にも何回かあった。当然、死体発見時には四季は何食わぬ顔で調査に首を突っ込んだりもしてきたのだが。まあ、それはただの余談だ。

「でもなあ。」

今回のごろつきはかなりの奥手である。偵察隊なのだろう。遠目に四季の動向を監視しているようだった。ちなみに、追っ手の連中は初めて見る顔ぶれである。恨まれる要素は多分に思い浮かぶが、この状況で新たに現れたのだとしたら、十中八九影暗が手を回したのだろう。

 正直、ごろつきどもであれば四季は百人でも千人でも余裕で切れる自信があった。だが、今回は多分泳がせておいていいだろう。倒すべき敵の優先順位圧倒的一位を前にして、四季はそう判断した。

 というわけで、追っ手のことは無視をして、四季は扉に手をかける。その瞬間。

「きさまーーーーー!」

中から勢いよく扉を開けて飛び出してきたのは狐である。面はつけていないが、印象的な忍び装束の姿で、やはりさっき逃げ出してここに来たようだった。

「にげるな!」

狐の頭突きを難なくかわした四季は一瞬狐の視界から消えたと思うと次の瞬間、狐の背後について後ろから羽交い締めにした。

「にげてねえけど。」

「放せ!」

ジタバタする狐だが手錠が手首に付いた状態ではなすすべもない。

「貴様、私をだましたな!今すぐこれを外せ!なんだこれ!ただの手錠ではないんだろ!」

「てめえ用に作った特注品。気に入ってもらえた用で何よりでさあ。」

「は?馬鹿か貴様は!そんなことに金を使うぐらいなら、もっといい使い方をしろ!」

「てめえのあほ面拝めただけで十分いい使い方だっつーの。」

四季は言い終わるとくんくんと匂い絵を嗅いだ。

「てめえ、酒飲んでるな。」

「それがどうした。無事に、まあ、このやっかいな手錠はつけられたままだが、ここに生きて帰ってこれたご褒美にな。一みんなで酒盛りをしていたところだ。」

「へえ。そりゃあ呑気なこって。」

「大体、貴様が来るのが遅いのがいけないのだ。」

「いや。今ちゃんと十二時ぴったりだけど。時間指定したのそっちだろうが。結局誰に聞いても、自分で試行錯誤しても手錠の外し方がわからない。俺が来たら外してもらおうと思ったが、約束の時間まではまだ時間がある。八方塞がりになったてめえはやけ酒に走った。以上、てめえの二時間の動向。」

「すごい!その通りだ!」

狐は素直にそう褒めているようだった。

「てめえ、立派に酔ってるじゃねえか。」

「酔う訳がないだろう!いつもの千分の一も飲んでないぞ!」

「酔ってる奴はみんなそういうんだ。まず飲んでる時点で犯罪だ。手錠は外せねえな。」

四季はため息交じりに言った。

「何!またあの男にだまされたな。私が酔えば外してくれるというのは嘘か。」

ごもごもと狐は言っていたが四季は思わず耳を疑った。そんな見るからに明らかな嘘を信じたのか?あの男の言葉の真意なんて考えたくもないが、これが酔っ払いの座レソトであることを祈って、四季はひとまず怒りを静めようとした。

「こっからは真面目な話し合いなんで。酔っ払いは黙っててくだせえ。」

「だ、か、ら、私は酔ってなんか」

言葉を言い終わる前に狐は意識を失った。四季は手刀を片手で作ったまま、ぐったりとした狐を抱えるとやっと店の中を見た。

 店の中には二人の人間。

 厨房に立ってこちらを見ているのがここの店主の鳴神。そしてこちらにみぶきもせず酒をあおっているのが忌々しい敵だと。四季はすぐに認識した。

「こんばんは。いらっしゃい、四季くん。」

鳴神が言った。

「どーも。あの、急性アルコール中毒でこいつ伸びちまったんで、奥の座敷を使わせてもらってもいいですかい?」

「のびた理由については首肯しかねるけれど、座敷は好きに使っていいよ。今夜は化貸し切りだから。」

「ありがとうございます。」

四季は狐を背負い直して言った。

「四季くんがちゃんと来てくれてよかったよ。狐ちゃん、言っても飲むのやめないし、確かにたいした量は飲んでいないんだけど、ある酔いしてたからね。笑い転げていたと思ったら、急に泣いたり、怒りだしたり。」

「人は精神的につれえと酔いやすくなるらしいぜ。」

陽炎はあっけらかんとそう言った。思わず、狐を抱える手に力が入った四季だったが、あえて陽炎の挑発には乗らず、無視をして奥の座敷に行った。

「やめなよ、あんた。あの子のことも挑発するのは。それが頼み事をする態度かい。」

「挑発じゃねえ。現にそうだったんだって、昨日の夜俺も。たいした量じゃなかったのに気が動転してたからか悪酔いしちまって。」

「いい加減なこと言ってんじゃないよ。あんた、昨日、とんでもなく酒臭かったよ。」

「じゃあ、酔っ払って意識失うのになれている俺が狐を起こしてやる。」

「あんたはあの子に今後指一本でもふれんじゃないよ。やったら、あんたの首を飛ばすからね。四季くんに頼んでおきな。」

さて、どうやっておこそうか。いやいっそのこと永遠の眠りにでもつかせてやろうかな。」

そんな風に独り言をつぶやくと、言い争う二人をよそに、四季は狐を丁寧に座敷に寝かせた。起こさないように、いや、話を聞かれまいとぴっちりとふすまを閉め、四季はカウンターの方に戻る。わざと陽炎から一番離れた席に座った。

「またいずれ会うことになるとは思っていたが、まさかそっちか呼び出して来るとは意外でしたぜ、旦那。」

四季は鼻で笑うようにしていった。

「まあな。俺たちには何か縁があるんだろう。」

「何とぼけたこと言ってんだ、この野郎。」

四季は静かに、しかし、隠す気のない怒りをあらわにして言った。

「何かの縁だ?馬鹿にすんな。そんなんでかたづけられるものならとっくに捨ててるつーの。」

四季は刀を抜くとその切っ先を陽炎に向けた。

「てめえ、何者だ。どの面下げて俺に会いに来た。」

「質問が矛盾しているようだから、答えない。」

刀を向けられたところで動揺をすることもない陽炎はさらりとそう答えた。

「おい。こいつに酒を。」

陽炎はいらだっている四季のことなどお構いなしに鳴神に言った。

「四季くん、あんた酒飲めるのかい?」

鳴神は四季に聞く。

「いやあ、あいにく俺は未成年なんでさあ。」

「そうだよね。じゃあ、はい。ジュースね。」

鳴神は四季の前にジュースを置くが四季はそれに手をつける気もなく陽炎との間合いをとっている。

「俺の歳なんざあ、知ってるでしょうに。」

「でもお前と同い年の奴がさっき盛大に飲んでいたからお前もてっきりいける口かと思ったよ。」

「あいつをやけ酒に走らせたのはてめえだろうが。」

「俺だけのせいじゃない。お前のせいでもあるだろ。」

しばらくの沈黙のあと先に口を開いたのは四季だった。

「それで、用件は何ですかい?」

「俺のことはいいのか?俺がここで昼間何してたのか、とか、どうして狐が俺の手中にあるのか、とか。」

「それを答えるくれえなら最初の質問に答えてほしいところですね。それに、てめえと狐の間に何があったのかなんて大体想像が付いてんだよ。」

「それはすごい。言ってみろ。」

「言えば、質問に答えるか?」

「まあ、追々な。」

四季はしょうがないとため息をついて狐のみに怒ったことを話し始めた。その予測はほぼ正確であり、陽炎も鳴神も舌を巻くほどだった。

「だいたい、これがわかったからこそやっとてめえのことに気づいて、てめえの正体が知りてえんだよ。」

四季は反し終えると吐き捨てるようにして言う。

「いやあ、まさかお前も俺と同じようにあいつの傷を確認しているとは思わなかったな。な、やましいことはなかっただろ。」

陽炎はふざけるようにそう言った。

「どうでしょうね。すくなとも俺は、下心が全くなかったと言えば嘘になりますから。まあ、あいつの諦めたような顔を見て冷めましたけど。」

「そりゃあ、いけねえな。あいつは自負しているとおりかなりの美少女だから、手を出しちまう若気の至りもわかる。」

「まさか。あいつはただのじゃじゃ馬娘でさあ。」

「そうか?ともわれ、あいつがお前に反抗しなかったのは、あいつなりにお前の獰猛さを、いや、執着や下心を感じ取って、にげられないと感じたからだろうな。俺の時は全力で組伏せねえとだめだったけど。」

「あいつが観念していたのは、てめえのせいに決まってんだろうが。」

四季は低い声でうめくようにしていうと、軽く息を吐いて四季は冷静さを取り戻そうとした。

「旦那も人が悪い、なんでわざわざ狐をおれんとこによこしたんですか?人質までとって、効率が悪いにもほどがある。俺を誘い出したきゃ、もっと他にいい手があったはずでさあ。てめえはあそこに入ってくるなんて簡単だろうに。」

「俺がか?無理無理。前だって、なんとか逃げ切れただけで、ばれてただろ。」

「あんなの、わざとでしょ。」

「ずいぶんと俺を高く評価してくれてるみてえだが、俺はたいした人間じゃねえ。お前の縄張りでお前に会ったら勝ち目がねえと思ったから、お前と対面しなれている狐に頼んだ。逃げ足も速いし、お前はあいつを殺せないと思ったから。」

「いろいろと勘違いしているようですが。」

四季は刀をしまった。

「まず俺はてめえなんかを高く評価することはない。人質なんか取って、最初から卑怯なやり方で勝とうとする奴が俺は昔っから大っ嫌いだ。」

陽炎は知っていると言わんばかりに目を細めた。

「だが、純粋にてめえは強え。敵の実力を見誤るほど、俺も子供じゃねえからな。お世辞でも何でもなく、てめえは俺に勝る力を持っている。ま、だからといっててめえを倒せねえわけじゃねえけど。」

「いい心がけだな。」

「てめえはおれに出来なかった、狐の正体とねぐらを暴いて見せた。それはすげえと思うぜ、正直に言えば。だが、覚えておけ。この江戸全体が今や俺の縄張りだ。勝手に入ってきて俺の獲物を奪うことが許されると思うなよ。」

「ああ、そうかい。」

陽炎は適当にそう言うと、どうでもいい、と言わんばかりに、また酒をあおった。

「で、今度はてめえが質問に答える番じゃねえの。てめえは何者で、俺になんの用?」

四季も対抗して頬杖をついて退屈そうに聞いた。

「俺は陽炎。浪人、以上。」

「おい。んなこと、しってる。」

「なら、今いえるのはここまでだな。お前をここに呼んだわけも、狐が起きてきたら押してやるよ。」

「どうせそんなことだろうと思ったぜ。」

陽炎が狐の人質を取ったのは、四季の元に使いっ走りにさせるため、だけな訳がない。狐の尾行だってそれ練りに骨が折れたはずだ、それでも遂行したのは、彼がそれほどまでの必要性を彼女に見いだしたから。使い捨てなんかで釣り合うはずがないのだ。

 かといって、ここで何を企んでいるのか問いただしたところで無駄だろう。ほぼ確実に自分と狐に何かさせる気だが、それを勘ぐるだけ無駄。ヒントがなさ過ぎる。四季は大きく舌打ちをすると無言で席を立った。陽炎が何も言ってこないところを見ると四季がしようとしていることがわかっていて、なおかつ、それをしてこいということだろう。まったくもってしゃくに障る男だ。四季はもう一度大きく舌打ちをすると、狐が気絶している部屋のふすまをそっと開いた。

「おい、いつまで寝てんだ。いい加減おきねえと寝首かくぞ。」

狐はまだ意識を失ったままだった。声をかけても一向に起きる気配がないので、まさかと思い四季が狐の口元にそっと手をかざしたところちゃんと息がある。さすがに、たかが手刀でしぬほど頭首様は弱くないか。

「おい。てめえのそのあほみてえな寝顔、帰宅ねえんだけど。」

突っかかってきそうなことを言っても狐はっめを覚ますそぶりも見せなかった。

 あまりにも無防備なその狐の姿が四季をくすぐった。四季は悪魔の笑みを浮かべると、狐の上にまたがるとしゃがみ込んだ。

「いいの?好き勝手させてもらうけど。」

四季は狐の頬を軽くつついた。狐は、んっ、と小さく反応したがまだ目を覚まさない。

「じゃあ、合意の上ってことで。」

四季は楽しそうに前のめりになり狐の両頬に手を伸ばした。軽く握ると、強く横に引っ張る。そうしてやっと、狐は目を覚ましたのであった。

「貴様!何をする!っいだああ!」

勢いよく狐が上半身をあげたので、狐と四季の頭が勢いよくぶつかった。不意打ちを食らった狐はもちろん、思いがけない仕返しを食らった四季はダメージが大きく、頭を抱えて狐の上から転がり降りた。

「てめえこそ、どこ見てんだよ。」

四季は恨めしそうにそう言ってから狐の方を見た。

「貴様!何をする!痛いではないか!」

狐は四季をにらみつけると、両頬を痛そうに手で押さえて見せた。

「起きたと思ったら急にうるせえし......。まあいい。やっとお目覚めですか、お嬢さん。」

四季は社交用の笑顔を顔に貼り付けて言うと,狐がつかまれる用に手を出した。

「気持ちわる!吐き気がするわ、そのうさんくさい顔!」

狐は差し伸べられた手を思いっきりはたいた。

「ひでえな。これでも普通の女には好評なんだぜ。あ、そっか。もしかしててめえ、獣だからこういうのわかんねえのか。」

「どうせその女どもの目が節穴か、貴様に弱みでも握られているんだろう。というか、気を遣うなら、まずはこの手錠を外せ!」

「そりゃあ出来ねえ相談だなあ。」

四季はにげるように立ち上がった。

「手錠の代わりに首輪でもつけさせてくれりゃあ、考えるけど。」

「冗談は休み休み言え。」

「じゃあ、てめえの仲間にでも泣いてすがるんだな。頭が切れる奴がいたら、すぐに外してくれるだろうよ。」

「それは……。」

それだけは避けたかった。どんな醜態を敵にさらしてもかまわないが、仲間にだけは虚勢を張ってでも心配をかけたくはない。

 そんな風に思い悩んでいる様子の狐を見た四季はまた一つ大きくため息をつくと、狐の手首を力ずくで持ち上げ、手錠を外した。

「は?貴様、外す気はないんじゃなかったのか。」

「そこは、俺に感謝するところだろうが。それに、てめえの仲間じゃはせる奴なんかいねえ気がしたから。てめえが不自由なままで、他の奴に捕まりでもしたら最悪だからな。」

「そういえば私が負けじと仲間のことを自慢して話すとでも思ったか!その手には乗らないぞ!それに、あんな枷ごときで、この狐が誰かに引きをとるわけもないし。」

そう狐は言い放ったが、四季はそんな狐をじとっとした目で見た。

「文句は受け付けないぞ!」

狐は先回りしていった。

「いいや。別に。俺はなんも思ってねえけど。目の前の敵の強さもわかってねえ、底抜けの馬鹿だな、とか、その根拠のない自信は過保護なお仲間たちの中でぬくぬく育ってきたからなんだろうな、とか。思ってねえよ。」

「ちゃんと悪口ではないか!貴様こそ、なんなんだ、私への異常な執着は。私が貴様に何かしたか?それともまさか、この美少女狐に恋でもしたか?」

「てめえみてえなじゃじゃ馬に誰が恋なんてするかよ。」

「いまのは宣戦布告ととっていいな。」

狐は四季の方に構えた。」

「なんですかい。その反応は。てめえこそ、俺のこと好きなの?」

「なわけないだろ!」

狐は四季にきれいな正拳突きを入れた。それを四季は軽く交わすと、狐の腕を捕まえてひねった。しかし狐も負けていない。器用に関節を外すと四季の腕からにげもう一度距離をとって構え直した。

「いいぜ。俺もてめえと取っ組み会いたかったんだ。てめえのあほみてえな寝顔見せられて、うんざりしてたし。」

四季もこぶしを作った、その時だった。

「は?」

先ほどまでは真剣だったはずの狐が間抜けな声を出した。

「ま、まさか私に変なことしていないよな。」

「は?」

今度は四季が言った。

「変なこと?」

「変なことは変なことだ。だからその.......わ、私の頭を触ったりなんか為てないよな、と言っている。」

「は?」

四季は思わず固まった。

「それだけか?」

「それだけとはなんだ!まさか貴様やはり。」

「てめえが言う、変なことってその程度なのか。」

四季はなぜか安心するような口ぶりで言った。

「その程度だと!大スキャンダルだぞ、貴様が私の頭を触ったとなったら。」

「触ってたら、てめえはどうすんの。」

その四季の言葉にサーっと狐の顔が青ざめた。

「触ったのか?」

四季はそんな不安げな狐の顔をふっと鼻で笑うと両手を小さく広げた。

「まさか。てめえにそんなことするわけねえだろ。」

四季の言葉をきくと、狐はわかりやすく胸をなで下ろした。どれだけ、頭触られたくないんだ、こいつ。

「よかった。私の頭をなでていいのは師匠と仲間だけだからな。執着が服を着て歩いているような貴様だから、この私のかわいさについ、なんていいそうだとおもったから。」

「思わねえわ、んなこと。で、もし俺がてめえの頭触ってたらどうするつもりだったんだ?」

「もちろん。貴様を殺したさ。」

「殺す?てめえ、人殺ししねえんじゃねえの。それにてめえみたいのが何人来たところで、俺一人で全員殺れるんだけど。」

「社会的に貴様を殺すのだ。幼気な乙女の頭を無理矢理触った罪を暴露してやる。」

「んなもん誰も取り合わねえと思うぜ。まあ、一部の俺の過激なファンどもはてめえを何が何でも探し出して問い詰めると思うけど。」

「ああ。貴様に脅されてる連中か。」

「殺されるぜ、てめえこそ。」

「ならここで決着をつけようじゃないか。」

「望むところだ」

狐は四季に蹴りを入れた。四季は狐のその足絵をつかむと、引っ張り、バランスが崩れた狐が出した手をぎゅっとつかんだ。狐が状況を理解したときには、四季の指が狐の指に絡んでいる状態だった。

「と、言いたいところなんだが、続きはあとでな。」

「はあ!」

四季は狐とつないだ手を引っ張ってカウンターの方に向かったのであった。


「ああ、狐ちゃん起きたんだね。よかったよ。」

鳴神は四季にてをひかれてやってきた狐を見て言った。

「それにずいぶんと仲良くなって。」

鳴神の視線は明らかに四季とつながった狐の手を見ている。

「違いますよ、鳴神さん。こいつが

手錠はずせってうるさいんで、外してやったら大騒ぎするから、こうやって暴れねえようにしてるんですよ。」

「元はといえば貴様が!」

狐が叫ぶと四季が狐の腕を背中に回るようにしたため、狐は自由が奪われしょうがなく四季をにらんだ。四季はというと心底楽しそうである。

「若い子は元気が一番だね。」

「お前は元気すぎてかわいげもなかったがな。」

「あんた、今なんか言ったかい?」

鳴神は穏やかに言ったが目が笑っていない。陽炎はにげるように視線を狐たちの方に向けた。

「さ、さあ取引の時間だ。」

陽炎は背後からの冷たい視線をかんじつつごまかすようにしていった。

「取引だとっ!」

狐が食いつくように叫んだ。もちろん、四季に体は固定されているので虚勢を張るだけだが。

「さっき取引したばかりではないか!まだ貴様から報酬ももらってないぞ!私はちゃんと遂行したのに、あれはどうなったんだよ!」

「報酬って?」

四季は誘うようにやさしく微笑んでそう言った。

「ああ、それはだな……っておい!言うわけないだろ!」

「なんだよ。残念。」

四季は悲しむような声で言うと狐の拘束をほどいた。

「それについても今から話す。早くお前らも座ってくれ。」

陽炎は隣の二席を手で示していった。

「なに!こいつもか!」

狐は四季を指さす。

「あたりめえだ。そのためにてめえが俺をここに呼びに来させられたんだろうが。」

「むむむ。」

狐は一瞬驚いた顔をしたがすぐに唇をかむようにしてうめき始めた。

「まさか、気づいてなかったんじゃねえだろうな。」

「むむむ。」

突然、狐が四季に攻撃を仕掛けた。四季に盛大なけりを入れたのだ。まるで自分のせいだとわかっていてもそれを認められない子供のようだと四季はこころの中で笑って、伸ばされた狐の足をつかむと、今度はそのまま壁の方に投げた。狐も瞬時に空中で体を回転させ壁を蹴って四季の方に飛ぶ。望むところだ、と四季が刀に手をかけようとしたその時だった。

「おいてめえ、いつ俺の刀とった?」

いつの間にか腰に刺さっていた四季の刀がんなくなっていた。しかし、狐の手にはそんなもの握られていない。

 ドンッ。

 と、鈍い音が店の中に響いた。四季が一瞬注意をそらした隙に見事四季に蹴りを入れた狐は、いまや倒れた四季にまたがって二小立をしている。

「どうだ!」

狐はどや顔で叫んだ。しかし四季は狐を完全に無視して首から陽炎の方を見て、少し笑っていた。

「使い込んでるなあ、この刀。」

視線の先の陽炎は四季から盗った刀をまじまじと見つめてつぶやいた。

「でも、やっぱり刃がこぼれかけている。打ち直した方がいいぜ。来るべき時に備えて。」

「しかるべき時?てめえの首をはねるときか?」

「お前にそれが出来たらの話だがな。」

四季は陽炎とはなしつつ思考を巡らせていた。いつの間に陽炎は近づいてきていたのか。そしてどうやってばれないように盗ったのか。

この刀は、四季が長年片時も離さずさして来たものである。重さも長さも形も体の一部のように感じて生活しているのに、盗られて気がつかないなんて、理解が追いつかなかった。

「その刀、早く返してくだせえ。」

四季は警戒を高めつつ探るような口調で言った。

「ああ。どうぞ。」

思いがけず陽炎はあっさり四季に刀を手渡す。四季が受け取った刀を早速抜こうとした、その時。

「貴様―!」

狐が叫んだ。

「なんだよ、急に。」

四季はめんどくさそうにしたから狐を見上げた。

「なんだと刃なんだ!よくもこの私を無視してくれたな!」

「なんだてめえ、私と刀、どっちが大事なの、みたいなことか?あいにく、ぶっちぎりで刀だ。」

「貴様はとことん失礼な奴だな。この私を放っておいて、謝罪の一つでもしたらどうだ。」

「はいはい。てめえがちっせいからわかんなかったんだよ。スミマセンデシタ。」

「小さいとはなんだ!貴様が無駄にでかいだけだろ!」

ふんっと鼻を鳴らして狐がどくと四季が腰に刀を刺しつつ立ち上がった。こうしてならんで立つと、さらに身長差が目立って見えた。

「許せん!」

狐はまた四季に飛びかかろうとしたが四季が先読みをして狐にデコピンを食らわせた。

「ぐあ!」

「なんつー声だよ。乙女失格やろうめ。」

「言われたくないわ、変態ポリ公には。」

「おいおい、てめえさっきより動きの切れ悪くなっているぞ。子供はおねむの時間だろ。」

「私は子供ではない!というか、貴様も同い年だろ!」

狐の言葉を聞いて、陽炎と鳴神は笑い出した。

「アタシたちからしたら、四季くんも狐ちゃんもまだまだ子供だよ。」

「お前らがじゃれているのを見ると、昔の俺たちのことを思い出すな。」

「ま、私たちはこんなに仲良くじゃれあってたりはしていなかったけどね。どちらかと言えば殺し合っていたけど。」

「殺し合い?お前が一歩的に俺を殺しに来てたんだろうが。」

「そうだったかねえ。もう覚えてないよ。」

二人の会話を聞いて探りを入れようとする四季とは対照的に二人の過去なんかに旧身をもっていない狐は、四季に向けていた怒りを陽炎に向けた。

「私たちは仲良くじゃれ合ってなどしていない!こいつはこの私とやり合えてうれしいとか気持ち悪いことを思っておるかもしれないけど。」

「さすがにそれは思ってめえよ。」

「ともかく、私たちは殺し合っているんだ。真剣創部をしているのだ!」

「は?ガキのてめえが俺と真剣勝負なんて出来るわけないだろ。」

「はあ!」

狐は四季に飛びかかろうとしたが、その前に四季がカウンターに座ってしまったので、殺し合いに発展することはなかった。虫の居所が悪い狐だったが、どかんと四季と陽炎の間に座ると鳴神に叫んだ。

「日本酒くださーい!」

「はいよ。」

「ありがとうございます!」

狐は鳴神から一升瓶で酒をもらうやうやいなや、懐から取り出した大きな杯に酒を注いでいく。四季はそんな狐の様子をとがめる訳でもなく、頬杖をついてあきれた目で見たいた。

「てめえはまだ罪を重ねる気か。」

「貴様だって一人のけなげな娘に変態な態度をとりまくっていただろ。」

「けなげな娘に?変態?身に覚えがないなあ。」

「でた。幕府の十八番。すぐしらばっくれる。」

「ああ?なんだって?」

「わあ、しらばっくれてる。」

「じゃあ」

と陽炎は二人の会話に割り込むようにしていった。

「大分時間をかけてしまったが、そろそろ本題に入ろうか。」

陽炎の急に改まったような態度に狐は明らかにいやそうな顔をし、四季はそっぽを向いた。しかし、陽炎はそんな二人の態度に目もくれず話を始める。

「単刀直入に言うが、いまから俺たちは協力関係になる。いわば、一時休戦で同盟を結ぼうってことだ。」

「そう来ると思いやした。」

「なに!」

新鮮な反応をしたのは狐ただ一人だった。

「嘘だろ。この状況で察せなかったのかよ。」

「むむむ。」

「まあまあ。まずは話を聞けって。お前らに利もある話だと思うし、まあ、俺としては気乗りする話でもないんだが。」

陽炎はいちど口を閉じ、間を置くようにしていった。

「死神が江戸の町に現れた。」

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