7-いざ勝負、推定悪役令嬢!
昼食を終えると、私たちは再びさっきの部屋に戻る。
午後からは、予定通り楽器やダンスなどの教養科目だ。
もちろん私はまったく触れてこなかったので、自信はない。
だけど、大抵の貴族は日々楽しんでいるものであるため、各々の才能や力量を測る上で採用されているらしかった。
おそらく、平民の多くも頻繁にすることはないだろう。
多少かじっている人はいても、貴族ほど余裕もないし必要もない。リリィも筆記試験より緊張していそうだった。
「大丈夫そうですか? リリィさん」
「は、はい。一応練習してきましたから。頑張ります」
「貴族に合わせて試験科目になっているだけなので、練度の配慮はされるはずですよ。気楽に頑張ってください」
「わかりました」
少しでも緊張をほぐせないかなと声をかけるが、あんまり効果はなかったようだ。リリィは依然として硬い表情のまま、張り詰めた雰囲気で設営された簡易舞台を見つめている。
日常的ではないとはいえ、不慣れなのは私と同じようなもののはずなのに……なぜこんなに緊張しているんだろう?
そんなに緊張するものかな?とメアリーを見てみても、彼女は何食わぬ顔でパンを食べている。あまりにも参考にならない。というか、何してるのよ? 試験中にそれはどうなの?
あなたはもう落ちてしまえ。
続いて周りを見てみると、私とメアリー以外はそのほとんどが緊張している様子だった。
リリィと同じように険しい表情をしている人、忙しなく周りを見ている人、慌てた様子で部屋から出ている人……
反応はそれぞれだけど、試験に集中できている人は少なそうに見える。
「……ねぇ、メアリー」
「なんですかテイラー」
「あなた試験最初の方でしょ?」
「そうですね」
「さっさと終わらせて、リリィに試験は大したことなかったって教えてあげたらどう?」
「……わかりました」
あっという間にパンを飲んだメアリーは、試験官をしばらくジッと観察してから首を縦に振る。そういえば、彼女は楽器とかダンスとかできるのかしらね?
なんて思っていたら、もはやプロでしょと言いたくなるほどに見事な演奏や踊りを見せてくれた。
他にも、弓や剣などの武芸、乗馬、加点要素として披露することになる各々が得意なことで、刺繍、料理、ダーツ、歌、絵などなど……どれも人並み以上のものを出している。
身につけている数も質も、同年代では到底敵わないレベルだ。なんというか、もうあなたが貴族よ……
本当にサクッと終わらせ、しれっと戻って来るお付きの侍女を、私は何とも言えない気持ちで迎える。
「リリィさん、試験大したことなかったですよ」
「は、はぁ……」
「メアリー、それは嫌味よ」
「命れ……言われた通りにしただけですが」
「やりすぎなのよ、あなたは!!」
堪えきれずに声を荒げるが、メアリーは『まーた叫んでるよこの人は』みたいな顔をしてくる。
周りを見てみても、全員が呆気にとられているというのに、本当に大したことはしていないと思っている様子だ。
あんたはなろう系主人公か。もしかして、この人が主人公の可能性が……? うん、ないわ。なろう系主人公ならあり得るけど、ゲームの主人公がなる性格じゃない。
バトルモノにいてこそよね、こういうのは。
「とりあえず、私は終わったので外行ってますね。
リリィさん、テイラーをよろしくお願いします。
試験が終わる前には戻りますから」
「え? あ、はい。わかりました」
「どういう意味か、教えていただいてもよろしくって?」
「さて、意味とは何のことでしょうか。
真相は神の味噌汁ということで……ふ、ふふ」
凄んで見せても、当然メアリーには通じない。
リリィが動揺している横で、また馬鹿みたいなことを言いながら入り口に向かっていく。ほーんと残念な人。
「リリィさん、罰としてこちらを食べなさい?」
「えぇ!? なんですかこれぇ……?」
「とーっても苦ぁい飴ちゃんよ」
「う……に、苦い飴。わかりました、舐めます」
彼女が飴舐めている間に、メアリーにどよめいていた周りも落ち着いてくる。いよいよ私たちの試験も開始だ。
結論から言って、試験の結果はなかなか良かった。
点数はまだわからないし、この場に他の貴族はいないので、比べる相手もいないけど……
自分なりに全力を尽くして、実力を発揮できたと思う。
少なくとも、あまり触れてこなかったにしては上出来だ。
ミスして取り乱すことはなく、最後まで落ち着いて取り組めた。加点になるような得意分野はなかったのが不安ではあるけど、安定性はあったしきっと大丈夫だと思うことにする。
リリィさんも同様だ。あの飴を舐めた後から落ち着いてきていた彼女は、たどたどしいながらも最後まで踊りきった。
得意分野として、裁縫、料理なども披露していたので、問題ないだろう。
他の子たちに関しては、女子はやはり集中が切れてしまったらしくよろけまくり、男子はほとんど外に出ていて不合格になっていた。
筆記の時点で、カンニングによる不合格者が続出していたので、実技の教養科目にはほとんど時間がかからない。
1時間もすれば大体終わり、丁度その頃になってメアリーは戻って来た。
「ただ今戻りました。試験はどうでした?」
「楽勝よ。リリィさんも問題ないわ」
「はい、お陰さまで」
試験が終わったからか、リリィの表情は明るい。
ホッとしている様子で力を抜いている。結果が出るまで何日もかかるので、今はまだ不安なども感じていないようだ。
本来なら、私も同じような気持ちなんだろうけど……
残念ながら、今回の私はむしろこここらが本番だった。
例の商家の子を探しつつ、メアリーに報告を促す。
「それで? ほしかったものは手に入った?」
「はい。密かに動く者もいましたが、カンニングペーパーや配られたドリンクなど、抜かりなく集めてきました」
「え? え……?」
混乱した様子のリリィが、交互に見つめてくる中。私は試験官の元へ行き、メアリーは例の少女の元へ行く。
これだけ暴れたんだから、ある程度は痛い目を見ないとね。
「すみません、試験官さん」
「はい? あぁ、テイラー嬢。どうかしましたか?」
私が声をかけると、試験官の男性はどこか困ったように眉を下げる。それから幾ばくもなく、近くにはメアリーに呼ばれてきた商家の子が連れてこられていた。
「いえ。もしかしたら、試験以外の部分で素行の悪い受験生がいるのではないかと思いまして。それを理由に落とすことはせずとも、把握しておきたいでしょう?」
「まぁ、たしかにそうですね。
どなたか、問題行動でも起こしましたか?」
「一つ一つは小さなことかもしれませんね。
ですが、それがすべて故意で、1人が元凶なら悪質です」
話しながら周りを……連れてこられた商家の子を見てみるが、彼女はメアリー並に表情を変えない。
離れた位置にいる、おそらく関係者と思われる受験生たちは、実行者だからか不安そうにしているのに。彼女は告発の真ん中に連れてこられてなお、素知らぬ顔をしている。
名指しで連れてこられてもこれとは、大した胆力だ。
まぁ、大きな犯罪をしている訳でも、自分につながる証拠を残している訳でもないのだから、自信があるのだろう。
たとえ集団がやらかしたことはバレても、決して自分個人には降りかからないのだと。
「私の知人に連れられてきた、そちらの方。
まだ名前は存じ上げないのですが、もう少しこちらに出て来ていただいてもよろしいですか?」
「……別にいいけど、私が何かしたとでも言うの?」
「それを今から、確認したいと思っています。まぁ、端的に申し上げると、裁判……私と貴女の対決になりますかね。
弁明ができるのであれば、受けて立ちます」
街中で見かけた時とは比べ物にならない程に、落ち着いて堂々としている商家の娘と、私は部屋の中央で対峙する。
情報は大分揃ったとは思うけど、鑑定はまだまともに使ったことがない。今さら家族をする必要もないので、修行中に植物とかを見ていたくらいだ。
けれどきっと、今の私はすべてを見抜くことができる。
いよいよ初めての決戦開始だ。