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6-いざ試験……って、環境酷くない?

「えーっと、ずいぶん遅かったですね?」


数分後。なんとか無事に会場に入れた私たちは、平民が試験を受ける区画に座っていた。


隣の席にいるのは、どうにも縁があるらしいリリィだ。

しかし彼女だけでなく、一緒に試験を受ける人たちの多くから、私とメアリーは訝しげに見られていた。


それもそのはず。私たちは結局、見事に遅刻したのだ。

普通なら、その時点で不合格になる。

だというのに、こうして何事もなく席についているのだから、注目されない方がおかしい。


実際、貴族だからと見逃された感は否めないのよね……

わざわざ明かすつもりも、明かされることもないとは思うけど、ただでさえ貴族が平民枠にいるのだから、目立ちたくはなかったな。


いえ、扱いとしては平民の娘が悪目立ちしていたら、貴族としては面白くないかもしれないわね。

だとすると、この状況はむしろプラス……うん、そう思うことにしましょう。私はどんなトラブルも力にする女!


「え、えぇ……少しトラブルがありまして」


とりあえず、リリィは特段否定的な感情を持っていないようだ。むしろ心配そうにしてくれていて、心が痛む。


痛むけど、だからといって正直に話すことはできないので、ぼかして伝えるしかない。遅刻だってトラブルの1つだ。

嘘ではないのだから、問題ないでしょう。


それを聞いた彼女も、深く聞こうとはせずに真っ直ぐな目で私を見つめている。


「受験の日なのに災難でしたね。

後々問題にならないと良いのですが……」

「そうね」


この場合の問題とは、おそらく問答無用で不合格になることや目をつけられることなどだろう。

入れた時点で、前者はないようなものだけど……


貴族だと明かしていないのだから、心配になるのも無理はなかった。その他も大体問題にはならないのに、何も伝えられないので本当に心が痛い。


機会があれば、なくても作って、必ず正直に伝えよう。

そう心に決めて、私は1つ目の試験に臨んだ。




午前中に行われる試験は、数学などの基礎科目だった。

ゲームの世界だからか、これは前世でも馴染みのあることばかりなのでそう難しくはない。


これならば、ずっとまともに勉強していない、ここ数ヶ月の付け焼き刃でもなんとかなりそうだ。


「コホンっ!」

「……」


なりそうだと思ったけれど、なんだか周りが騒がしい。

風邪を引いている人でもいるのだろうか? 平民枠で受けている人たちの部屋では、そこら中から咳が聞こえてくる。


おまけに、とんでもなく緊張している人もいるようだ。

ペンを無駄にカンカンと鳴らしている人、やたら椅子をガタガタと揺らしている人など、気が散るほど落ち着きのない人もいた。


そっとリリィの方を窺ってみると、彼女も少なからず集中を切らしている気がする。かくいう私も、こうして周りを気にしているので気が散っていそうだ。


一応メアリーの方も見てみるが、あれはなんか寝ている。

同級生になるとか言っていたけど、受かる気あるのかしら?


「ゴホンゴホンッ! あー」


……うん、普通にイライラしてきた。でも、この程度で点数を落とす私じゃない。貴族も平民も、受ける試験は同じと聞いているし、この悪条件下でも全員下してやるわ!




残り時間は、あと5分。そろそろ終了の合図がされる頃だ。

この感じだと、下手をすると声が聞こえないくらいの騒音が響く可能性がある。


メアリーはともかく、リリィは聞き逃して不合格になってしまうかもしれないから、警戒しておかないと……


「回答終りょ‥」

「ゴホンゴホンッ!!」

「ヘックション!!」


予想通り、何人かの人が咳やくしゃみなどをした。

わざわざ立ち上がって喜び、椅子をうるさく鳴らしている人もいる。何人かは、終了の合図を聞き逃していそうだ。


だけど、私の近くの受験生に関しては……

――カァン!!


「……!!」


私が勢いよく置いて打ち鳴らしたペンの音で、状況を察してくれていることだろう。チラリと横目で確認すると、リリィも驚いてペンを置いている様子だった。

ふぅ、ミッションコンプリート。


「ちょっと待ちなさい。君、ポケットから紙が見えているよ。そこの君も、ペンから何かはみ出ている。

まさかとは思うが、カンニングかね?」

「え……? そんなことしてません!!」


無事に乗り切ったと思ったら、どうやらカンニングをしている人がいたようだ。何人かの受験生が、試験官に呼び止められている。


……いや、多すぎない? 平民枠で受験している人は、パッと見だけでも50人はいるのに、およそ三分の一は呼び止められていた。そこまでして入学したいものなの……?




その後も似たような問題が起きつつも試験を受け、昼過ぎにようやく休憩になる。苛立ちはピークになっていたけれど、一応、無事に終えることができた。


午後からは、楽器などの教養科目だ。その前に昼食の時間があるので、並行して情報収集も行うことにする。


「テイラーさん、一緒にお昼を食べませんか?」


そう思っていたら、席を立った瞬間にリリィから声をかけられた。共に食事をするとなれば、話を無視することになってはいけないし、観察に集中できなくなりそうだけど……

お世話になった上に心配までされて、断るのも忍びない。


「いいですね。そうしましょう」


どうしても必要ならメアリーを使えばいいので、誘いに乗ることにした。会場は机がいくつも並んでいる、前世にもよくあった試験と変わらないような作りだ。


午後は内容的に準備が必要になるため、この場では食べられない。学園側の人たちが忙しなく動いている中、私たちは休憩中に解放されている部屋を探して回る。


食事をするだけなら、当然あまり人がいない方がいい。

けれど、今大事なのはあの少女の情報なので、探すのは周りの受験生からも情報を得られる人の多い場所だ。


仕方ないのでメアリーも呼ぶと、さり気なく人がいる場所に誘導していく。最終的に見つけたのは、彼女からある程度の距離がある位置だった。


「試験はどうでしたか? リリィさん。

何やら周りが騒がしかったような気がしますけど」

「終了の合図が出た時は、テイラーさんがペンで澄んだ音を鳴らしてくれましたし、雑音は問題なかったです。

でも、結果はどうでしょうね……できるだけのことはやりましたけど、正直自信はないです」


こっそりと例の子を窺いながらも、私はリリィとさっきまでの試験についての話をする。


私はもちろん苛ついてなんてないけれど、彼女にもまったく影響はなかったようだ。それはそれとして、筆記試験は酷いものだったけど!


それも、おそらくは静かだった貴族の区画と違って、平民の区画だけが。ずっと耳障りとか、絶対にわざとでしょ!?


「それにしても、なんであんなに落ち着きがなかったんですかね? 平民の試験って、毎回あんな感じなんでしょうか」

「どうなんでしょうね」


受けたのは平民枠とはいえ、国中の貴族を集めている学校の試験だ。試験の内容自体は難しく、いいものだったと思う。

問題は明らかに受ける側にあった。


うるさいのは全員ではなかったものの、近くの席だった人はまともに受けられなかったに違いない。それほどうるさくて耳障りだった。いえ、私は気にならなかったけどね?


試験官が放置していたのは、みんな平民だからかしら。

よくわからないけど、いつもこんな感じなのかもしれない。


「あら? リリィさん、あなた何を持っているの?」


ふと気がつくと、近くでお昼を食べていたリリィが、さっきまで持っていなかった物を持っている。

見た感じ、飲み物のようだ。透明なボトルに、ちゃんと密閉された液体が入れられていた。


「中身は聞いてませんが、ジュースですかね?

差し入れだそうです。何人かの受験生が配っていて、あたしもありがたくいただきました」


言われて見てみると、たしかに何人もの受験生が周りの人に飲み物を配っている。大事な試験の日だというのに、男子も女子も、他人のためになる準備ばかりしていたようだ。


「ふーん。試験中は落ち着きがなかったのに、こういう結束はあるんだ。親切な人もいたものね」

「ですねー」


どうやら私の分も貰ってくれていたようで、リリィは微笑みながらボトルを差し出してくる。


隣を見ると、メアリーは何も言わずに食事を続けていた。

彼女の手元にボトルはないので、貰わなかったらしい。


「ありがと。後でいただこうかしら」

「テイラーさん、飲み物持ってきてましたっけ?」

「私は持ってないけど……メアリー」

「はいどうぞ、テイラー」

「わぁ、なんだかお貴族様とメイドみたいですね」


不本意ながら息の合ったやり取りを見て、リリィは目を丸くする。言い含めるまでもなくお嬢様呼びはしてこないけど、関わり方だけでもバレそうになるものなのね。覚えておこ‥


「ゴフッ……!? なにこれ、苦ぁい……」

「ブラックです」

「はぁ!? なんてもの飲ませてるのよ!?」

「確認もせずに飲むからこうなるのです。

ハンバーグの胡椒ですね。ふ、ふふ……」


声を荒げても無表情のメアリーは、表向きただの友人だからかいつもより容赦がない。バレないような立ち回りだとしても、流石にちょっとやりすぎだ。


口の中が、泥を含んだみたいに、いつまでもビリビリして、吐き気がする。いつか覚えておきなさいよ……!!


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