5-調査は順ちょ……うわぁ遅刻!?
ついまた叫んでしまったことで、周りから街の人達の遠巻きな視線を感じる。
今世では色々な意味で見られ慣れてるので、普段はそこまで恥ずかしくはない。ただ、首都だと近くにいるだけで何十人にもなるため、流石に少し気まずかった。
私でさえそう思っているのに、隣の脳筋残念美人ときたら……袋から出したクッキーを食べながら、他人事のように励ましてきた。
「まぁ、なんというか……災難でしたね、お嬢様」
「どの口で!?」
一応元凶ではないにしても、彼女は直接この状況を作った張本人だ。心の底から何を言っているのかわからない。
おまけに、私がジト目で睨め上げていると、なんの前触れもなく手にしたクッキーを口に突っ込んでくる。
「むぐっ」
「このクッキーを食べている口ですね、はい」
「ぷはぁ! いきなり何するのよ!?」
「おやおや。人に物をもらった時は、ちゃんと感謝を伝えないといけないのですよお嬢様。
せーの、ありガトーショコラ。ふ、ふふ……」
無理やり押し込んだくせに感謝を求めるメアリーは、やはり表情を動かさない。自分も責められているって、気がついてない訳じゃないわよね?
「あなたこそ、人に迷惑をかけたらごめんなさいでしょ?」
「……騒がしいのはお嬢様ですが」
ぽやーっと指摘され、もう一度慌てて周りに頭を下げる。
たしかに街の人には迷惑かけたけど、この人に言われるのは流石に釈然としない。
騒ぎが収めて戻ってから、彼女を殴っておくことにした。
「ふむ。鰆に蟹に多々鰯、というやつですね」
「触らぬ神に祟りなしでしょ。原型がないにも程があるわ」
肩辺りをポスポスやっていると、無抵抗なメアリーは途切れ途切れにまたボケる。一切笑わないのに、この感性はどっから生えてきたんだまったく。
「自由型の方が好き放題できますよ。
そうでしょう、お嬢様?」
「はぁ……えぇそうね、よろしくお願いするわ」
マイペースなメアリーだったけど、その目は物陰にいた少女を逃していない。私が命じると、荷物を持ったまま彼女たちが何をしているのか調査を始めた。
例の呪文を唱えたら、メアリーがその身で情報を持ってきてくれる……うん、紛うことなき魔法の呪文だ。
そう思うことにする。……なんか悲しくなってきたわ。
「さて、それじゃあ私も試験会場に向かいましょうか」
あの女の子が何者でも、メアリーに任せておけば安心だ。
私には今できることはないので、気を取り直して試験会場に向かうことにする――
迷子になった。周りにあるのは似たような建物ばかりだ。
整然としているのが裏目に出た形である。
……少し言い訳をさせてもらいたい。
私はなにも、方向音痴という訳ではないのだ。
ゲーム的な要素を探していたから、私は小さい頃から1人で街を彷徨っていた。
流石に屋敷のある街が中心で、首都は連れて来てもらった時に別行動したことがある程度だけど……見て回ったことはあるし、人より駆け回った経験自体は多いと思う。
ただ、今回はとことん運が悪かった。
あちこちで事故や通行止めが起きているせいで、川を渡れなかったり道を迂回したりして、道を見失ってしまったのだ。
つまり、正確に言えば進み方が分からない。断じて現在位置もまったくわからなくなった訳ではないのです。
……メアリーは調査に出ているし、どうしましょう?
「うーん……」
「どうかしましたか?」
声をかけられて振り向くと、そこには優しげな少女が立っていた。持っている荷物からして、同じように試験を受ける子のようだ。思っていたより、平民の子も受けているのね。
「えぇ、恥ずかしながら少し迷ってしまって。
学園試験の会場がどこか、わかりますか?」
「あー、今日はやけに事故が多いですもんね。
あたしも丁度向かっていたので、一緒に行きませんか?」
「ぜひお願いします。ありがとう!」
案の定、試験を受ける子だったようで、私たちは一緒に会場へ向かうことになる。恐ろしいことに、目的地はさっきまで進んでいた方向の真逆だった。
2人共も受かれば同級生になるということで、私たちは道すがら自己紹介をする。優しい少女はリリィと名乗り、受験するに至った理由を話してくれた。
なんでも、彼女は周りの人たちから熱烈に勧められ、受験することになったのだと言う。
平民も望めば受験はできるけど、だからって特別枠がある訳でもない。それなのに、わざわざ推薦されるような子もいるんだなぁと感心した。
こうして期待に応えようとしているのも健気だ。
一緒に合格できたらいいなと、心から思う。
そんなこんなで、私たちは無事に試験会場へ辿り着く。
怪しい少女を追っていったメアリーは、まだいない。
……本当にそうであれば、どんなによかったでしょう。
ギリギリになって到着した私の眼前には、さっきまでと違う食べ物を手にしたメアリーが、澄まし顔で既にいた。
「遅かったですね、テイラー。
また迷子になっていたんですか?」
「そ、そんな訳ないでしょ?
久しぶりだからゆっくり観光していたの」
「そうですか。かなりの大冒険だったみたいですね。
ご迷惑をおかけしました。案内していただき感謝します」
「い、いえ、あたしも受験予定だったので」
迷子にはなっていないと言っているのに、メアリーは勝手に話を進めてしまう。リリィもなぜか否定してくれないので、これでは本当に迷子になっていたみたいだ。
私はちゃんと地図も読めるし、方角とか歩いていた道とかもわかるのに。
「じゃあ、あたしは先に行きますね。
きっとまた学園で会いましょう」
「えぇ、またねリリィ」
ムッとしている間に2人は話し終わり、彼女は先に会場の中に入っていく。途中から聞いていなかったけど、メアリーが何か言ったのかもしれない。
とはいえ、どんな話をしていたにしろ、部外者を遠ざけられたのは好都合だ。できるだけ人のいない場所に移動してから報告を始めるよう促す。
「それで、どうだった?」
「一応は解体工事……なんですかね。行く先々で橋を落としたり馬車を事故らせたりしていました。あらかじめ調べていたようで、貴族の方々には影響が出ないよう注意していましたが、平民の中には辿り着けない方もだいぶいそうです」
「酷いね。ちなみに名前とかはわかった?」
「いえ。ただ、協力者は商人か建築関係者でした。
彼女は名のある商家の娘なのでしょう。
交通整備も抜かりなかったので、強行的とはいえただの新設工事という形で収まりそうです。けが人などもいません」
「そ」
やっていたことと大まかな立場がわかれば、現時点の情報としては十分だ。私はさっさと話を切り上げると、レンガ造りの試験会場に向かう。
あの商家の少女は、本当にマズイことはやっていない。
少なくとも、まだバレても問題ない程度だった。本来なら、わざわざ気にする人はいないだろう。
きっとあの子も、ここまで細かく調べる人がいるなんて想像していなかったはずだ。でもお生憎様、私は悪役令嬢が誰なのかわからないから、みーんな疑うのよ。
貴女の正体、情報を集めて鑑定で暴いてあげるわ!!
「……あれ? ねぇメアリー、ここはどこ?」
ふと気がつくと、いつの間にか試験会場は影も形もなくなり、見覚えのない場所に来ていた。
目の前には、民家に囲まれた緑豊かな公園が広がっている。
いや……本当にここはどこ?
本気で困惑しながら、後ろを付いてきていたメアリーに聞くと、彼女は進路とは真逆を指さして口を開く。
「試験会場から数十メートルほど離れた場所ですね」
あまりにもしれっと告げられ、理解が遅れる。
数十メートル離れた場所。離れた、場所。
つまり、ここは試験会場じゃない?
「はぁぁ!? なにそれ、早く教えなさいよ!?」
「お嬢様、夢中になったら何しても無駄じゃないですか。
だから迷子になるんですよ」
「ねぇ知ってる? 試験って、受けられなかったら問答無用で落ちるのよ? あなた、主に浪人しろと?」
「そうなっても、貴族枠の最下位で入学できますよ」
「末代までの恥じゃない!! このおバカッ!!」
メアリーの正論が耳に痛いけど、人生がかかっているのだから、今回ばかりは力尽くで防ぐところだ。
1番悪いのは私だとしても。だとしても!
残念美人を叱りつけながら、私は会場に向かって全力疾走していく。時間はもう過ぎているらしく、建物からはチャイムの音が響いてきていた。