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4-自らを囮に、悪役令じょ……うぇ、もういるの?

ということで、鑑定魔法の修行を始めてから3年。

私は昼も夜も、食事や睡眠を削ってでもずっと外に出て、色々なものを見続けることになった。


基本は見るだけとはいえ、神秘的な存在なんて普通すぐには認識できない。最初の頃は何の成果も見出だせず、ただ無為に時間を浪費するだけになる。


結果、少しでも何か特別なものが感じ取れ、見え始めたのは、2年近く経過してからのことだ。

その間、本当にメアリーは見ることだけを続けさせ、異常な生活を強いてきたのだから信じられない。


父もよくこんな修行に許可を出したものだ。

他のまともな人が師匠ならば、ここまで過酷ではなく、かつもっと早く覚えることができた気がしてならない。


少なくとも、本当にできるようになるのかと不信の目で神秘を見ようとはしなかったと思う。

メアリーの言動に慣れ、それなりに仲良くなってきた今でも、だからこそ納得しきれない部分だった。


ただ、鑑定魔法が魔法というよりは技術なのは本当らしく、道具や呪文などはまったくないらしい。

それは教えるのも大変だろうなぁと、他人事ながら思った。

うん、たしかにそう思ったんだけど……


その代わりにコツとして教えてくれた、『壁に耳あり障子にメアリー』とかいう馬鹿げた呪文は、流石にどうかと思う。

魔法の呪文は、使用者がそれぞれのルーティーンとして好きに付けるらしいけど、本当にふざけてる。


実際、彼女ならどこにでも出向いて調査してくれそうなので質が悪い。情報が手に入るイメージができすぎる。


現実的な話、厳しい修行の日々が強制的に思い起こされて、鑑定の精度も上がってしまいそうだ。

えぇ、ありがたいですね。キレそうです。


そんなこんなで、どうにか3年以内に鑑定魔法を習得できた、15歳目前の年。私はほんっとうに久しぶりに、お父様の部屋に呼び出されていた。


「はぁ、はぁ……学園に、入学? もうそんな時期ですか?」


私は部屋に入って早々本題に入る父を、できるだけ真っ直ぐ見つめながら息を整える。最近はなぜか体力作りまでさせられているのだが、直前までするのはやりすぎだ。

メアリーはあとで絶対に殴ります。


「えぇ、もうそんな時期ですよ」


疲れ切った姿を見て何を思ったのか。デスクの上で手を組んでいる父は、なんとも言えない表情で頷いてみせる。


ここ最近の生活の中に、カレンダーを見ている余裕などなかった。けれど、お父様が言うならもうその時期なのだろう。


私が生まれたこの国――クローリア神国では、15歳になった貴族はアルタード学園に通うことが義務付けられている。


たしか、王家が施した封印をこの先も守っていくために、次世代の担い手を育てるのが目的と言っていたはずだ。


目的が目的なので、平民も試験結果によっては入学できる。

流石に奇異の目に晒されるだろうけど、少なくとも制度上はそんな学校のはずだった。


ゲームの話は知らないし、物語の要素を探していたのはもう何年も前なので、正確なことは覚えていない。

詳しい話は入学したら誰かに聞こうと思う。


ともかく、私も一応は貴族だから入学は絶対だ。

拒否したら多分、罪人になるまでは行かなくても、国中から後ろ指を指されることになるんだろうなぁ。


もちろん、そんなデメリットがなくても、前世を覚えている以上は平和に生きていくために入学は必須だった。


ここが本当にゲームの世界なら、ここからが本番になる。

悪役令嬢がいるかもしれないので、全力で怪しい人を鑑定していかなきゃ。鑑定、していかなきゃなんだけど……


「私、鑑定魔法の修行ばかりしていて、他の勉強とか作法とかほとんど学んでないんですけど」

「そのようだね。ですが問題はないですよ。

貴族が試験で決まるのは、あくまでも順位やクラス。

そんなもの、後でどうとでもなりますから」


入学が義務である以上、そりゃあ試験でどうこうなることはないでしょう。けれど、試験という響き自体やっぱり苦手。


それに、貴族というからには、クラスなどより入学後の立場に関わるに決まっている。面倒なことこの上なかった。


もし見下される立場にでもなったら、一体誰が悪役令嬢なのかわかったものじゃない。……いえ、もしかしたらむしろその方が手っ取り早いかも?


「と言っても君は‥」

「お父様! 私、平民枠で試験を受けられませんか?」


ここがゲームの世界なら、主人公は平民というのが王道だ。

そして、悪役令嬢はたいていそれを嫌悪し、虐める。

現実に主人公がいるのかは知らない。


でも、私の目的は悪役令嬢を見つけることなのだから。

それなら、自ら主人公に近い立場になるのが最短だった。


思いついたまま口に出した提案は、父の言葉を遮って届く。

直前まで微笑んでいたお父様は、ポカーンと口を開けていていつになく動揺している様子だった。


「……はい? テイラー、それは本気で言っているのかい?」

「えぇ、本気ですわ! 私、貴族という立場に甘えず、自分の力でどうにかしてみせます!」


珍しく言葉から敬体の取れたお父様に対し、私は堂々と宣言する。父はかなり困惑していたけれど、すぐに気を取り直すと首を縦に振ってくれた。


「……はぁ。まぁ、できないことではないからね。

君がそのつもりなら、止めはしませんよ。

ただ、平民枠は上限下限のない実力勝負。

真に優秀さが求められるため、とても険しい道です」

「上限、ないのですね」

「えぇ、ありません。小さい頃に話した昔話、もしくは読み聞かせの絵本などは覚えていますか?」


いよいよ学園に入学するからだろうか。表情を改めたお父様は、何やら重々しい雰囲気をまとっている。

昔話や絵本、か……


それらは当然、立ち位置的には前世の桃太郎などに近い物語だ。けれどこの世界では、女神だったり邪神だったり、よりファンタジー色を強めたようなものだった。


このタイミングで話題に出すということは、やっぱりここはゲーム的な世界観なんだろうけど……

正直に白状すると、例に漏れず細かくは覚えていない。


「……何となくは?」

「学園でも学ぶでしょうから、今さら話したりはしませんが、伝説は本物ですよとだけ言っておきます。

我が国は、死力を尽くして若手を育てているのですよ」

「……!!」


瞳の中に凄みを感じて、私は思わず息を呑む。

昔話や予言を信じているどころか、本物であると……事実だと認めるなんて思わなかった。


これは私も、相当な覚悟を決める必要があるかもしれない。

実際には容赦なく落とすとしても、制度上は上限もなく教育しているだなんて、とんでもないことだ。




~~~~~~~~~~




「いよいよ試験ね」


お父様に呼び出された日から、数カ月後。

今度は死ぬ気で勉学に励むことになった私は、ついに入学試験を受けるため、馬車で首都へとやってきていた。


街の景色は相変わらずだ。当然のように中世ヨーロッパ風の街並みは作り物のようで、整然と並んでいる。

お屋敷の周りと違い、人通りも押し流されそうな程だ。


普通なら、流されないように注意するんでしょうけど……

正直なところ、今の私は人混みに流されてでも、さっさと街のどこかへ消えてしまいたい。


「気を抜いたらはぐれてしまいそうですね。

もし本当に迷子になったら、『壁に耳あり障子にメアリー』と唱えるのですよ、お嬢様」

「唱える訳ないでしょ!? というか、なんでいるの!

私平民枠で受けるから、侍女とか連れていけないのに!!」


なぜなら、相変わらずな言動をしている私服のメアリーが、今もなぜか隣にいるからだ。

御者は別の人だったから安心していたのに、乗るとしれっと先に座っていて思わず目を剥いた。


御者をするならまだしも、一緒に乗ってきたのは本当になんなの? 迷子で鑑定魔法というのも意味がわからない。

それなのに彼女は、当たり前のような顔で言葉を返してくるから呆れてしまう。


「なんでって、私も受けるからですよ。

これからは同級生ですね、テイラー」

「凄まじく気が早い!!」


寮生活になっても近くにいるなんて……冗談抜きで壁に耳あり障子にメアリーが実現してしまいそうだ。

修行中も四六時中一緒にいざるを得なかったし、私にプライバシーはないのかしら?


そんなことを考えながらげんなりしていると、突然街中には似つかわしくない騒音が聞こえてきた。


「……? 今の音、何かしら?」


耳に届いたのは、建物が崩れるような音だ。

それも、結構近くから聞こえてきたように思う。

隣を見上げると、メアリーは音が聞こえてきた方角とは別の方をジッと見つめていた。


「橋でも落ちましたかね」


視線の先にいたのは、物陰で何やら話し込んでいる、私と同じような装いの女の子と商人だった。

話し声は聞こえないものの、見た感じ少し慌てている様子である。


チラチラと音のした方も見ているし、これはもしかすると、早くも悪役令嬢が出てきたのかも?

入学どころか試験も受けてないので早すぎる気もするけれど、まぁ実際悪事を行っているなら候補でいいでしょう。


「壁に耳あり障子にメアリー」


射程距離的なものは知らないので、試しに鑑定魔法を使ってみる。実際に使うのは初めてだから、とってもワクワクするわ。


「……あれ?」


鑑定するイメージをして、正しく発動するように呪文を唱えたのに、なぜか頭には何も浮かんでこない。


呪文は力の方向性を定めるだけで、魔法が使えるかどうかは魔力と正しいイメージ次第。それぞれのルーティーンになればいいので、内容はどんなものでもいいと聞いてたけど……


やっぱりこの呪文、欠陥品だったんじゃない?

私が隣の侍女に不信感を募らせていると、彼女は無表情のまましれっと口を開く。


「そういえば、鑑定魔法はあらかじめ情報を集めておかないと発動できませんよ。魔法ではなく、技術ですから」

「はぁぁぁぁっ!?」


3年も費やした鑑定魔法は、その実恐ろしく使い勝手の悪いものだった。脳裏によぎるのは、気が狂いそうになるほどの修業の日々に、おかしな言動の侍女の姿。


そして、その地獄が始まるきっかけを作った兄が、ニヤニヤとこちらを見ている姿だ。


「あんの人はッ……覚えてなさいよお兄様ぁぁぁッ!!」



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