98 運命の選択肢
次に気がつくと、そこは私の部屋だった。小さい頃に何度も見上げていた天井が見える。それが懐かしくて堪らない。あの幼かった頃、お兄様が私を甘やかしてくれていた事を思い出す。あの頃はこんな風じゃなかったのにどうしてこうなっちゃったんだろう。
「……リゼ、大丈夫?」
そんな声が聞こえて私は顔を向けた。そこではクラリスが私の手を握っていて、そのすぐ後でリオンが私をじっと見ている。そしてその向こうでは深刻な顔のお母様、叔母様、それにアンジェリン姫とシルヴァン王子の顔が見える。
いつの間にか着ていたドレスが別の物に変わっている。これはきっとお母様だ。だって私はこんな服は持っていないし小さい頃に何度かお母様が着ていた覚えがある。
だけど……身体が辛くて起こせない。全身の肌の感覚がぼんやりしていて現実感がない。それに喉が痛くて声も出せない。何より全身の倦怠感が凄くて動きたくない。胸の痛みは収まっているけど体力を全部持っていかれたみたいな感じだ。
「……ごめんなさい、義姉さん。レオボルトを連れてきたのは私の間違いだったわ……」
「……いいえ、クローディア。それを認めた私にも落ち度はあるし貴方の所為じゃないわ。それに……ルイーゼもレオボルトの事を許していたみたいだし大丈夫だと私も思っていたもの」
そして再び部屋の中に沈黙が広がる。そんな中でまだ青い顔をしたクラリスがリオンに尋ねる小さな声が聞こえた。
「……リオンお兄ちゃん、さっきの人は誰ですか?」
「ん? ああ、あれはレオボルト。リゼの実の兄さんだよ」
「……そう、ですか……」
「クラリス、それがどうかしたの?」
リオンに尋ねられてクラリスは唇を噛んで俯いてしまう。だけど少ししてから声を絞り出すように答えた。
「……あの人、死ぬ事ばかり考えてたんです……どうやって死ぬかだけを考えていて……」
「……そっか。あの人は真面目過ぎる処があるからね……」
「でも! リオンお兄ちゃんが言ったら、そこでその考えが止まったんです! 多分……あのままだったらあの人はきっと生きる事を止めてました! あの人がお姉ちゃんのお兄さんなら本当に良かったですよ!」
クラリスが青い顔をしていたのはどうやらそんな事をずっと見ていたかららしい。だけどそれなら本当に良かった。お兄様は真面目過ぎる処があるし思い詰めていたら私の為に自殺だって平気でする様な人だ。私はホッとして再び天井を見つめる。だけどリオンはそんな私を見て呟いた。
「……前に話を聞いてからずっと考えてた。リゼの魔法は未来を見るんじゃなくて可能性を見るのかも知れないって言ってたけど、本当はそうじゃなくて『未来を選び取る力』なんじゃないかな」
それで私が視線を向けるとリオンは真面目な顔に変わる。
「……あの時、リゼの話を聞いて思ったんだ。多分もう一人のリゼは可能性を見たんじゃなくて選べなくなったんだ。さっきもリゼの目から紫の炎が出てた。思い返すとリゼがその状態になった時って必ず致命的な出来事を回避してるんだよ」
そんな言葉に黙って聞いていたシルヴァンが声を上げた。
「……リオン、それってどういう事だ? さっきからさっぱり話が見えて来ないんだけど……」
「シルヴァンもエマさんを知ってるだろ? エマ・ルースロット男爵令嬢。セシリアやルーシーも仲良くしてる正規生の」
「あー……ああ、うん。彼女の事は確かに知ってるけど……」
「あの人は本来死んでいた筈なんだよ。だけどリゼが彼女をその未来から救った。これはテレーズ先生もそう言ってたそうだ。僕も聞いただけで見てはいないけど、彼女を助ける時にもやっぱりリゼの目で紫の火が燃えていたらしいんだ」
「……な……それは……」
それを聞いてシルヴァンは絶句してしまう。身近で知っている人がその影響を受けたと聞けば言葉も出ないのかも知れない。私だって頭がぼんやりしている所為もあるけどにわかに信じられない。
基本的にクラリスの魔眼と同じで『視る魔法』はあくまで視るだけで何かに影響出来ない。当然私の魔法も未来を視るだけでそれで何かに干渉する事は出来ない筈だ。それで戸惑った顔の私を見るとリオンは小さく頷く。
「リゼも良く考えてみて。未来なんてそう簡単に変えられる筈がないんだ。未来に起きる『結果』には必ず『原因』がある。だから未来を変えるには原因を変えなきゃいけない。だけどその原因にも更にそうなった原因があるんだよ。そんなの未来が視えるってだけで変えられる訳がない。だってそれが出来るならリゼだって兄さんと今みたいになる前に何とか出来ていた筈だろ?」
なんだか話が大き過ぎて良く分からない。まるでSFの話をしているみたいで理解が及ばない。じゃあ……私の英雄の魔法は実は未来を視ているんじゃなくて、実際は変えられる原因を視てるって事?
ダメだ、頭がはっきりしなくて考えが纏まらない。普通の時ならまだしも、こんな状態で考える事自体が億劫で仕方がない。
だけどそんな時、黙ってリオンの話を聞いていたお母様が近付いて来て彼の肩に手を乗せる。それでリオンが振り返るとお母様は彼に静かに尋ねた。
「……リオン君。私には話が見えて来ないのだけれど、今していた話について詳細を説明して貰えるかしら?」
お母様の表情はいつもとは違って凄く真剣だ。そんなお母様の顔を見て、叔母様やアンジェリン姫を見るとリオンは頷く。
「……分かりました。リゼから聞いた話や僕が考えた事を全部お話します。だけどまだはっきり分からない事もありますから皆さん、これから僕がする話は他言無用でお願いします」
それでお母様が頷くと他の皆も頷くのが見えた。