表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/282

09 苦悩と誓い

 それから叔父様や叔母様達、英雄一家と普通に雑談したり食事をする事になった。私を慰める意味もあるのか好きな物ばかりが準備されて少し幸せな気分だ。


 特に甘味が限られるこの世界ではアップルパイは人気のあるお菓子の一つだ。薄く何層にも重ねられたバター生地の中にシナモンで煮詰めたしっとりした果肉が詰まっている。


 勿論記憶にある物とは味も違うから実際にシナモンを使っているかどうかまでは分からない。それに結構ずっしりとした感じでお菓子と言うよりも甘味のある食事に近くて私は余り量を食べられないけど美味しい物は美味しい。


 そうやって舌鼓を打ちながら叔父様と叔母様は今後の私が何をすべきか相談している。戦う修行でもさせられるのかと思ったけれどそう言う事はしないみたいだった。


 冷静に考えてみたらアカデメイアで学ぶのは基本的に普通の勉強で社交辞令を学ぶ場所だ。魔法だって授業はあるけどあくまで教養の一環でしかない。基本的に貴族に限らず平民でも女の子が戦いの場に立つ事は無いから攻撃魔法みたいな物騒な物は習わない。お湯を沸かすとか軽い傷を癒すとか日常的に使う魔法が殆どらしい。だけどそんな物でもアレクトー一族の私は除外されるからアカデメイアで魔法を学ぶ機会は無い。アレクトーの血筋は他者の魔法も全て阻害してしまうからこれは確定の話らしかった。


 結局、私の場合は体力をつけて普通に過ごせる様になる事が最優先だ。アカデメイアに行く事は絶対避けられないから今すぐじゃないけど、そこで必須課程になるダンスをこなせるだけの体力を付ける事。「生き残る為の力」ではなく、それ以前に普通の生活を送れる様になる事だった。


 今になって思うのは、この日は叔母様の家族を私が受け入れられる様に準備してくれたんだと思う。元々私は余り社交的な性格じゃない。リオンが相手でもあれだけ取り乱したのにとても会話出来ると思えない。でも最初にリオンと触れ合っていたお陰で少し楽だった気もする。


 そうして一日が終わって早々自室のベッドで天井を見上げていると不意に扉がノックされた。起き上がって扉を開くとリオンが困った顔で立っている。それで一体何だろうと思って首を傾げていると彼は静かに口を開いた。


「――あのさ、リゼ」

「うん、なあに?」


「僕、リゼに謝らなきゃいけないと思って」

「えっ? 謝るって何を? あ、入って良いよ?」


 廊下で話すと結構響くから叔母様が気付いてやってくるかも知れない。そう思った私は部屋の中へと促した。まあ自室とは言ってもベッドがあるだけだし自分の荷物なんて殆ど持ってきていない。女の子の部屋と言っても元々客間だったらしく調度品も元々あったままだ。特に可愛らしい装飾がされている訳でもないし抵抗感も殆どない。


 それでベッドに腰掛けてリオンが話し始めるのを待っていると決心がついたのか彼はぽつぽつと話し始めた。


「……僕はさ。自分が一番大変で辛い思いをしてるんだって思ってたんだ」

「ええと……それってもしかして英雄の魔法の事?」


「うん。僕はある程度近くで触れると相手が考えてる事が何となく分かっちゃうんだ。これって英雄の魔法の中でも凄く強いんだって父さんが言ってた。だって戦う相手が何処を狙ってるとか全部先に分かっちゃうからね」


 そう言われて私はリオンと初めて会った時の事を思い出してみる。そう言えば叔母様が教えてくれたっけ。直接相手に触れなくても、例えばあの時みたいに同じ物に触れるだけで分かってしまうのは大変かも知れない。だけどそう考えた時にあの時知りたいと思った事を思い出した。


「……そう言えばリオンの魔法ってどれ位分かるの?」

「えっ? どれ位分かる、って……?」


「初めて会った時に私を慰めてくれたでしょ? リオンはあの時何が分かったの? どれ位分かる物なの?」

「ああ、そう言う意味か……えっとね、考えてる事が全部分かる訳じゃないんだよ。その時の相手の強い気持ちって言うのかな。それが勝手に伝わってきちゃうんだ。あの時のリゼからは寂しい、怖い、嫌われたくないって気持ちが凄く強く伝わってきたからああ言ったんだけど……」


「ふぅん……そんな感じなんだ……」


 強い気持ちが勝手に伝わる――それはリオン自身の意思で使えないって事だ。それに感情や意識が伝わるだけで知識までは伝わらないみたい。そうでないと今頃リオンは私が日本の知識を持っている事を知ってないとおかしいしテレパシーとか心を読むって魔法じゃないみたい。


 だけど心配していた事が解決してホッとしたのは良いけれど、じゃあ今度はどうしてリオンが私に謝りたいって罪悪感を抱いているのかが分からない。


「……それでリオンはどうして私に謝らないといけないって思ったの? だって気持ちが分かってもそれだけなんでしょ?」

「……え、ええと……それは……」


 私が尋ねるとリオンは俯いて再び言い淀む。だけど今度はすぐに言いにくそうに答えた。


「……さっき、リゼが部屋に戻った後で父さん達が話してるのを聞いちゃったんだ。リゼは自分が死んじゃう事を知って怖がってたんだって……なのに僕、自分の方が大変だって思ってた。そう思ったらリゼに謝らなきゃって……」


 それを聞いてやっと私はリオンがどうして謝りたいと思ったのかを理解する事が出来た。きっと叔母様は私が言った事を叔父様にも話している。でないとわざわざ王宮にまで行って調べてくれたりはしてないと思う。


 リオンの『相手の考えを知る』って英雄の魔法は相手に触れるだけで知りたくなくても相手の気持ちが分かってしまう。それも偽れる言葉じゃなくて相手が本当に思っている本心を。だからきっとリオンも相当苦しんだ筈だ。


 だってあの時、木剣ごしに触れた以外にリオンは私に触れようとはしない。叔母様と手を繋ぎもしない。五歳ならまだ母親と手を繋いでも普通なのに避けているみたいだ。

 それはきっと自分が嫌われていたらどうしようと考えた結果なんだと思う。そんなの私だって怖くて絶対無理だ。


 私はベッドから降りると俯いているリオンに近付く。それでぎゅっと抱きしめると驚く彼の耳元で呟いた。


「……リオンは本当はあの時も私に触れたくなかったんだよね? なのに無理してくれたんだ。本当にありがとう」

「……えっ……?」


「だってあの時、リオンがああ言ってくれて私は凄く嬉しかったんだよ? だからリオンがいてくれたお陰で幸せになれる人もいるよ。だって私がそうだったんだから」

「……うん……」


「それにね。叔母様は賢い人だもの。きっとリオンが怖がってるのを知ってるから無理に触れない様にしてるんじゃないかなあ? 甘えてくれるのを待ってると思うよ?」


 そう言うとリオンの身体が震える。まるで泣くのを押し殺しているみたいで声は聞こえないけど震える息遣いだけは静かに聞こえてくる。だけど少ししてその震えが収まると彼は私を抱き返して小さく答えた。


「……この力で僕がリゼを守るよ。絶対死なせたりしないから」


 私から離れるとリオンはそう言って笑う。薄暗い部屋でも目元がうっすら赤くなっているのが分かるけど、とても素直な子供らしい笑顔だ。それで私も笑って返す。


 ゲームにリオン達兄弟は登場しない。英雄公爵家の名前はあったみたいだけど悪役令嬢の親戚は存在自体聞いた事がないしそもそも悪役令嬢の幼い頃や過去は語られていない筈だ。だけどこんな風に言って貰えるのは嬉しい。実家で閉じ籠るだけじゃきっと何も変えられなかったと思う。


 私はリオンを見送るとベッドに横たわる。今日は何だか良い夢が見れそうだと思いながら目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ