表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
82/320

82 声なき歌声

 あれから私はクラリスと一緒に歌う練習をしていた。だけど当然だからと言って声が出る訳がない。そんな都合良くすぐに声が出るなら失声症で苦しむ人はいない。


 最近ではもうクラリスの方が上手く歌える。それに比べて私は全然ダメだ。彼女は私を励ましてくれるけどそれが逆に申し訳ない。


 それで眠れず、私は夜に起きて窓から空を見上げる事が増えた。


 普段から余り星空を見上げるなんて無くて、一人物思いに耽るには凄く都合が良かった。だって遠い星空を見上げていると何も考えずにただ懐かしかった昔を思い出せるから。夜の空って何だか凄く不思議だ。何処か懐かしい感覚に想いを馳せる事が出来る。最近はもう自分で歌う事なんて諦めつつある。


 クラリスは夜眠る時は私にくっついて離れない。私の事を本当に心配してくれているのか、窓の縁に背中を預けて座っていても私の膝にしがみついている。そんな彼女に私は昔お母様がよくやってくれた様に髪を撫でながらいつしか小さく口ずさんでいた。


「……ん、ん……んんん……んん……♪」


 ああ……そうそう。こんな風にお母様は私の髪を撫でながら歌ってくれたっけ。あの頃は本当に何も考えずにいられたっけ――ってあれ? 私……これ、なんか声出てない?


 ハッと我に返って私は自分の喉に手を触れる。それでさっきみたいに鼻歌を歌ってみると少し掠れ気味だけど声が出ている。


――あ、そうか! 声で歌おうとしてたからダメだったんだ!


 その事に気付いた時、私はやっとヒューゴの言った意味を理解する事が出来た。


 歌を歌う時ってはっきりした言葉で歌おうとすると喉の使い方が基本的に話す時と同じになってしまう。当然そんな歌い方をしようとしても話せない状態なら歌う事自体が上手くいかない。


 だけどハミング――鼻歌はそうじゃない。喉に手を触れていると震え方が明らかに違う。普通の声の出し方は喉の中央が振動して声になるけど鼻歌は喉じゃなくて鼻から喉に掛けて震える。実際に喉に触れていても殆ど振動していない。要するに私は話す様に歌う事ばかりに囚われ過ぎていたから歌えなかったんだ。


 それから私は色々試してみた。声を出す事に拘らずに鼻歌を歌う様にしてメロディだけを追い掛ける。最初の内は掠れた声しか出なかったけど喉を使わずに鼻で歌う事を心掛けて。


 ちゃんとした声じゃないし言葉じゃない。だけどこうして声に似た音を奏でる事が出来る。ヒューゴが言っていた唱歌隊ってきっとこうやって歌や音楽で声を出す習慣を忘れない様にしてる。今の私は声を出す事自体を忘れつつあった。だからきっとこうして声に似た鼻歌を歌う事で少しはマシになるのかも。


 その事に気付いて、私にとって夜は一人で声を取り戻す為に練習する時間に変わった。誰かに聞かせる為に歌う訳じゃないし不思議と歌に集中すれば他の事を考えなくなる。きっと何も考えずに歌だけに集中するから心が問題の失声症には向いてるんだと思う。


 ……いやまあ、何故真夜中にやるのかっていうと、口を開いた状態で鼻歌を歌おうとした方が楽だったからなんだけどね。下手に喉で歌おうとするより少し口を開いて鼻から口内を使って歌う方が音色の調整がし易い。今の目的はちゃんと歌う事より声に近い発声をする事だ。だけどなんだか間抜けな感じがして誰かに見られたくないし。


 こんな感じでちょっと予想とは違う形で私のリハビリは続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ