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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
81/319

81 思い出の歌

 あの後すぐにお母様が来る日になった。だけどまた話せなくなった事を伝えて良いのか分からない。だって何かあれば必ず報告する様にと言われていたけど、今回の事は何か事件があった訳じゃなくて私自身が精神的に参っているのが原因だからだ。でも来ないで欲しいとも言えないし会いたい気持ちだってある。それで結局何も言えないままで授業が終わった夕方頃、お母様がやってきた。


 だけど私が全く喋らない事にお母様は驚かない。それにクラリスを見ても特に驚いた様子もなく彼女を抱き寄せると話し掛けた。


「――ルイーゼ、お待たせ。それに……そう、貴方がピエール先生とエレーヌの娘さんのクラリスね?」

「……え、あの……はい、ピエールお父さんは私のお父さんです」


「初めまして、クラリス。私はマリールイーゼの母親のクレメンティアよ。きっと今の貴方を見たらエレーヌも喜んだでしょうね」

「……え……それは……私のお母さんの事、ですか……?」


「ええ、そうよ。ルイーゼが親戚の元に行ったすぐ後にね。貴方が生まれてすぐエレーヌが亡くなったの。彼女は私より歳下だったのだけれど、とても仲良しだったのよ? だから私にとって貴方はもう一人の娘だと思っているわ」


 そう言ってお母様はクラリスをしっかり抱きしめた。以前、もしかしたらお母様はクラリスのお母様をご存知かも知れないと思った事があったけど、やっぱり知ってたんだ。それも私がクローディア叔母様の処へ行ったすぐ後だったなんて思わなかった。


 考えてみたらクラリスは一〇歳で私の四歳歳下だ。私が丁度日本の記憶を思い出したすぐ後に産まれている。お母様と仲が良かったのならきっとクラリスの事も気に掛けていたんだろう。お母様に抱かれて初めて母親に抱かれた様な気持ちなのかクラリスは目を閉じている。でもそんな彼女が小さくぽつりと呟くのが聞こえた。


「……おっぱい、大きくて、柔らかいです……」

「そりゃあ私はお母様ですからね? 貴方のお母様のエレーヌも大きな胸だったわよ? 貴方が産まれるのを楽しみにしていたわ」


「……ルイーゼお姉ちゃんと、全然違います……」

「そりゃそうよ。ルイーゼはクラリスとたった四歳しか変わりませんからね。少し歳の離れたお姉様なのですもの」


 ……ぐっ……私は思わず自分の胸を押さえた。いやまあお母様に勝てる筈なんてないんだけど何だが居た堪れない。ごめんねクラリス、私に胸が無くて。何だか申し訳ない気持ちで一杯です。


 だけど……私、もう十四歳だよ? 日本で言えば中学三年生位の年齢だよ? なのに全然身体が大人っぽくならないのって一体どう言う事なの? と言うか私より一つ歳下のルーシーに女の子らしい身体付きで負けてるのってどうなの? これって自分に自信が持てないのは絶対関係してるよね? ああもうこれ、クラリスにも追い抜かれちゃうんじゃないの?


 そうやって一人静かに沈んでいるとクラリスを抱いていたお母様が私を見てにっこり微笑んだ。


「――ルイーゼ。また声が出なくなったそうね?」


 ……うぐっ……。


「だけど大丈夫よ。テレーズ先生とフランク先生から連絡を頂いているから。だからお母様もお父様も家に戻れとは言いません。でも本当に大変な事があれば必ず連絡してね? 自分で言えないのならテレーズ先生やフランク先生に言っても良いし、リオン君に頼んでも構わないから……クラリスもどうかお願いね?」

「あ、はい! おばさま、私に任せてください!」


 それまで目を閉じていたクラリスが元気よく答える。それで私もお母様に近付くと頬を重ねて抱きついた。本当にお母様は優しくて私の事を心配してくれる。それが申し訳なくもあるけど今は慌ててもろくな事にならない。だけど甘え方がよく分からなくてこんな風にしか甘えられない。それでまた悩む堂々巡りだ。


 だけどそんな時、お母様は何かを思い出した様に声を上げた。


「――あ、そうだわ。ルイーゼ、今日は貴方にお土産を持ってきていたのよ。貴方が昔から好きだったあれを持ってきたのよ」


 そう言うとお母様は鞄から何かを取り出す。


「……きっとこう言う物があれば貴方も少しは心が落ち着くだろうと思ってフランク先生に相談して持って来ようと思ったのよ」


 それは私が四歳まで家にいた頃、大事にしていた絵本だった。


 はっきり言って子供が持つには贅沢過ぎる物だ。この世界は印刷技術がないから基本的に本はオーダーメイドに近い。世間で扱われている本は写本だし挿絵も無い。版画は存在するけど文字を写すには適していないからどちらかと言えば芸術用途だ。だからこの絵本は世界に一冊しかない私の為に準備された物で本当の宝物だ。


 私は絵本を受け取ると胸に抱いた。昔、今みたいに悩む事もなく純粋に楽しく幸せに過ごしていた思い出が脳裏を過ぎる。今の自分と比べると幸せ過ぎて泣いてしまいそうだ。いつもこれを開いて私は出鱈目な歌を口ずさんでいた物だ。


――歌……そうだ、歌だ!


 それで私は忘れていた事を思い出した。あの時、折角ヒューゴから助言を貰ったのに私はすっかり忘れていた。軍隊行動で唱歌隊と言う部隊があって、私みたいに話せなくなった人達が歌を歌ったりすると言う話。


 だけど私は歌を殆ど知らないし覚えていない。お母様が昔、寝る時に歌ってくれた子守唄もメロディは何となく覚えているだけで歌詞は殆ど覚えていない。他の貴族令嬢はダンスの練習で楽曲を耳にしたり歌劇を見ているかも知れないけど私はそう言う物を観に行った事がないし音楽自体とはほぼ無縁の生活しかしていなかった。


《――お母様、昔歌ってくれた子守唄を覚えていますか?》


 私は抱えていた絵本をサイドテーブルに大切に置くと、代わりに置いてあった黒板とチョークで文字を書いてお母様に見せる。


「ええと、子守唄? ああ、そう言えば昔は寝る時によく歌ってあげていたわね。勿論覚えているけれど、あれはかなり古い歌だから今の若い子には余り人気がないと思うわよ?」


《――教えてください!》

「お歌ですか? 私も聞いた事がないので是非聞きたいです!」


 クラリスも顔を覗かせてお母様に言ってくれる。それでお母様は仕方ないと言う顔になって私達に教えてくれる事になった。


 その日は結局真夜中になって寝るまでの間、延々とお母様の歌う子守唄を私とクラリスは覚えるまで聞き続けたのだった。


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