79 何とかしないと
結局、あれからリオンは私から全く離れなくなってしまった。
クラリスが一緒にいても関係ない。流石に女の子だけしかいない場所にはついて来ないけどそれ以外は片時も離れない。それ処かセシリアやルーシーにも事情を話して自分がついていけない処には二人がついて来る様になった。と言うか二人は物凄く怒っていた。
「――マリー、一人で背負い込むのは止めなさい」
「そうだよ。と言うかなんで喋れなくなってるの? 前よりも悪化してるじゃん。勝手出来ない様に拉致監禁した方が良いの?」
拉致監禁って……ルーシーは時々言い方が怖い。まあそれも本気で心配してくれてるからだと思うと何も言い返す事が出来ない。
今日は貴婦人のマナー授業でテレーズ先生には休んでも構わないと言われていたけどちゃんと出る事にした。声は出ないけど精神的には落ち着いているし、セシリアやルーシーを心配させたくないと言う気持ちも強い。だけど女性向けの授業だからリオンも一緒に受ける訳にはいかない。それで授業に出たら二人共、私がまた話せなくなってしまった事を全部知っていた。どうやらリオンが先回りして全部事情を話してしまったらしい。
正直に言うと私は皆に負担を掛けたくなかった。だって皆も自分の事で手一杯な筈だ。それなのに私の為だけに時間を使おうとしてくれる。それに私は何もお返しする事が出来ない。そしてそんな風に悩む私を見てクラリスが二人に話し掛ける。
「……あ、あの……お姉ちゃんは、お二人を大切に思ってるから、それで無理をして欲しくないんです……」
流石に歳上相手にはまだ慣れないのかクラリスも余り強い言い方が出来ないみたいだ。だけどそんな彼女を見て二人は尋ねた。
「え、お姉ちゃんって……マリーって妹いたの⁉︎」
「うわー……マリーのお父様とお母様、頑張ったんだねえ……」
いやもう、本当に『頑張った』とか言うの止めて? クラリスの教育に絶対良くないから。だけどクラリスは曖昧に笑ってるだけでどうも意味が理解出来ていないらしい。どうやら魔眼で知る事は出来ても本人が把握出来ていない事は理解が及ばないみたいだ。そうして戸惑うクラリスにセシリアはしゃがむと笑って優しく尋ねた。
「ふふ、妹ちゃん、お名前は? それに幾つ?」
「え、あの……私、クラリスです。ええと、一〇歳です……」
「そっか。クラリスちゃん、大丈夫だからね? 私はセシリア、こっちがルーシー。私達は貴方のお姉ちゃんの親友なの。事情も色々知ってるから心配しないでね?」
セシリアは歳下の子に慣れてる感じだ。そう言えば以前、弟と妹がいるって言ってた気がする。きっとクラリスも大事に扱ってくれるんだろうな。そう言う意味では安心出来る。そうして授業が終わるとリオンが私を迎えに教室までやってきた。
「――お待たせ、二人共。リゼは変な事しなかった?」
「大丈夫だよ。ルーシーと妹ちゃんもしっかり見張ってたから」
セシリアはそう言うと私を見て笑う。何ていうか……うん。折角皆が助けてくれるって言ってくれたばかりなのに自分がいなくなる前提で考えたりしちゃってた訳で。きっと私は信用を無くしてしまったんだと思う。だからどんな扱いをされても文句が言えない。
軽く凹んでいるとリオンが私に手を差し出す。私は何も言わずその手を取ると黙って引っ張られるまま付いて行った。そんな私を眺めながらクラリスが呟く声が聞こえてくる。
「……なんだか不思議なんですけど……」
「ん? どうしたの、妹ちゃん?」
「……他の人には申し訳なさそうなんですけど……お姉ちゃんってお兄ちゃんにはそういう抵抗みたいなのが全然ないんですよね」
それで隣にいたルーシーがクラリスに尋ねる。
「抵抗? それって……具体的にはどう言う事?」
「ええと……お姉さん達には申し訳ないって思ってて遠慮してるみたいなんですけど、お兄ちゃんにはそういうのが無いんですよ」
「それって……なんだか地味に酷くない?」
「あ、申し訳なく思ってない訳じゃなくて……リオンお兄ちゃんの言う事は抵抗なく受け入れてるって言うか……子供がお父さんを疑わずに素直に手を繋いでる……みたいな感じでしょうか?」
「……あー……」
「……なるほどねー……」
「……だけどリオン君、お父さん扱いかあ……」
「……なんかそれはそれで可哀想だよねー……」
……うん……全部聞こえてますから! と言うかよりにもよってリオンをお父さんとか、そういうんじゃないし! ただ単純にリオンは小さい頃からずっと一緒だし、私より私の事を知ってるから言う通りにすれば間違いないだけだし! て言うかクラリスも早速あの二人に毒されてる気がするし! とにかく今はクラリスを呼んで一緒に行かないと。それで私が足を止めるとリオンも振り返る。
「……どうしたの、リゼ?」
「…………」
だけどやっぱり声が出ない。気持ちもかなり落ち着いて全然平気なのに声だけが出ない。なんだか変な感じだ。話せなくなった途端今度は伝えたい事が溢れてきて逆に声にならない。私、もう大丈夫なつもりなのにまだ焦ってるのかな? だけどそう思った途端に無意識に自分が消える前提で考えていた事が脳裏をよぎる。今の私は自分の事も信用出来ない。いくら心が疲れ果てていたとしても絶対考えちゃいけない事を気付かないまま考えていたんだから。
それで私が唇を噛んで俯くとリオンが気付く。
「……あー。クラリス、何してんだ……あの二人を信用してない訳じゃないけど、変に染まっても厄介なんだよな――クラリス、行くから早くおいで! でないと置いて行っちゃうよ!」
「……あ、はい! 今行きます!」
そう言ってクラリスは慌てて駆けてくる。そんな後で二人は笑顔で私とリオンに手を振った。
「マリー、無理しちゃダメだからね!」
「行ってらっしゃーい! マリーちゃん、お父さんの言う事をちゃんと聞かないとダメだからねー!」
「だ、誰がお父さんだよ!」
「……また余計な事を言う……ルーシーのバカ……」
そうしてリオンは頬を赤くする。こう言う時でも普通に振る舞ってくれるのは凄く嬉しいかも。変に気を使われるよりマシだ。二人もきっとそれが分かってやってくれてるんだろうな。
そして追い付いてきたクラリスが空いていた手を繋ぐ。彼女は私を見上げて楽しそうに笑った。
「……お姉ちゃん、お二人は本当に良いお友達ですね」
それで私も笑って頷く。上手く笑えているかちょっと自信がないけどクラリスの表情を見る限り私はちゃんと笑えているらしい。
だけど……本当に早く何とかしないと。話す位出来る様にならなきゃリオンやクラリスに負担を掛ける事になってしまう。それに友人達だって心配するし、早く声を出せる様にならなきゃ。
リオンに手を曳かれながら、私は何とか出来ないかを考え始めていた。