73 寂しかったね
クラリスが来て初日、夜になって寝る頃。それまで普通にしていたクラリスが私の処に来てぽつりと呟いた。
「あの、お姉ちゃん……今日は一緒に寝ても良いですか?」
「……うん、いいよ?」
それで私はすぐに答えた。これもセシリアとルーシーが何度も泊まりに来てくれていたお陰だ。もしそうじゃ無かったら私は相当戸惑ったと思う。それで私は彼女をシーツに招き入れると一緒に横になった。きっと一人ぼっちで寝るのが寂しいんじゃないかな。
「……おかあさまが、こいしい?」
私がそう尋ねるとクラリスはキョトンとした顔に変わる。
「えと……私にはお母さんがいません」
「……え……?」
「私のお母さんは私が産まれてすぐ亡くなったそうです。それから後は今までお父さんとお爺ちゃんが育ててくれました」
私は驚いてすぐに返事が出来なかった。だけど何より衝撃を受けたのは彼女のお母様が亡くなっていた事にじゃない。それを悲しいと感じている様にはとても見えない事に、だった。
だけどじっと横になったまま目を見開いて見つめる私に気付いたのかクラリスは恥ずかしそうに笑う。
「あ、でも大丈夫ですよ? お父さんとお爺ちゃんがお母さんの分も大事にしてくれました。それにお母さんの事は全然覚えていないので悲しいと思った事がありません。それにお爺ちゃんが小さい頃のお母さんのお話をしてくれます。私はお母さん似だそうです」
ああ……そうか。この世界では小さい内から通う学校なんてないから他の家がどうなのかを知る事がない。当然クラリスもお母様がいない日常しか送った事がない。きっとフランク先生が私の家にクラリスを連れて来た事がないのはその為だ。だから幼い頃から自分の家族が他の家と違う事に気付かないし傷付かない。人間は例えどんなに不幸でも本人が知らなければ不幸にはならない。他の人と違う事を周囲が教えてしまうから不幸だと気付いてしまう。
何よりフランク先生の家は代々お医者様で先代の御当主、クラリスの曾お爺様もうちの専属のお医者様だったそうだ。だから女の子を育てる知識もあるだろうし困る事の方が少ない筈だ。お父様やお母様が子供の頃からデュトワ家はずっと主治医を続けてくれているから私の両親はクラリスのお母様の事を知っていたのかも知れない。
だけど私はそこに踏み込んで良いのか分からなかった。例え家同士の付き合いが長くてもクラリスは私と会ったばかりだしお母様がいる私が何を言ってもきっと彼女には響かない。だから私は――
「――そう……それは……さびしかったね……」
……私にはそう言う事しか出来なかった。そのままお母様が昔してくれたみたいにクラリスを抱き寄せる。だって悲しくはなくても寂しいから一緒に寝たいって考えたんだと思う。フランク先生の奥様は随分昔に亡くなったと聞いた事があるから多分、私はクラリスにとって初めて一緒に暮らす同性の筈だ。
それに彼女は慰めて欲しい訳じゃないし、本当に悲しいと思っていない。私に出来るのはきっと寂しさを紛らわせる事だけだ。
「……はい……」
私の言葉にクラリスは少し驚いた顔をするとそのまま私に抱きついてくる。なんだかまるで小さい子がぐずってるみたいだ。きっとこの子は本来甘えん坊なのにお父様やお爺様を心配させたくなくて気丈に振る舞っていたんだと思う。
――昔、お母様はこんな時はどうしてくれたっけ。確かしっかり抱きしめて背中を撫でてくれてたよね――?
それで私も離さない様にしっかり抱いて背中を撫でる。クラリスも私から離れない様に抱き返してくる。そうやって背中を撫で続けていつしか私も彼女も眠りについてしまったのだった。