07 秘密の告白
私は叔母様とリオンの三人で湖畔へとやってきた。
散歩――とは言っても私は早々に倒れてしまった所為で叔母様に抱っこされて来た訳だけど。到着してからすぐにリオンは木剣で素振りを始める。そんな様子を遠目に眺めていると叔母様は腰を下ろして話し掛けてきた。
「……親の贔屓目もあるけどリオンは凄いでしょう?」
「え……はい、そうですね……」
そう言われてみると木剣を振るう姿はとてもまだ五歳とは思えない。普通の子供なら持った木剣の重さで逆に振り回されそうなのに妙に安定感がある。まるでレオボルトお兄様が庭で剣の練習しているのを見ているかの様だ。
だけど叔母様が言いたいのは剣の事じゃなかった。
「……あの子には触れた相手を察する力があるのよ。父親と初めて剣の練習をした時に剣を合わせただけで使い方を理解してしまったの。今じゃ上の二人より剣の実力は上よ?」
「えっ……それは、心が分かっちゃうんですか?」
「いいえ、はっきりとは分からないみたい。だけど相手が何をしたいか何となく分かるらしいわ。剣を受けるだけで相手の狙いが分かるんだから、そりゃ強くなるわよね」
「……それって……それが、英雄の、魔法……?」
それを聞いて私が考えたのはたった一つだ。特別な魔力を持つ英雄一族の魔法――それは普通の魔法と違って見ただけで魔法と分からないと叔母様は言った。つまり呪文も必要ない、魔法と言うより特殊能力みたいな物だった。
それよりも私が一番悩んだのはリオンが私の事を察したと言う事だ。まさか異世界の記憶を思い出した事を知られてしまったんじゃないかと思うと落ち着かない。はっきりとは分からないと言われてもそれが本当かどうかリオン本人にしか分からない。さっき泣いてしまった時の彼の言葉は私の胸に思い切り刺さってしまった。私自身が気付いていなかった本心を見透かされてしまったのだから。
叔母様は黙ってじっと私を見つめている。まるで私が何かを話し始めるのを待っているかの様に。それでしばらく悩んだ末に少し言い方を変えて叔母様に話す事にした。
「――叔母様、信じてくれるか分からないけど……」
「それはルイーゼが何かを知っている、って話かしら?」
「え……叔母様、気付いていらっしゃったんですか?」
「そりゃあね。だってルイーゼは少し人見知りな処があるけど男性恐怖症では無いもの。なのにリオンの事を怖がり過ぎていたから何かあるとすぐ思ったわ。それに――」
「それに、って……叔母様、まだあるの?」
「――ルイーゼ、貴方元々出不精だったじゃないの。身体が辛いのは分かるけど散歩に誘っても来なかったし家を出るのは嫌だと言って部屋で絵本を見てばかり。そんな子が私の処に行きたいって何事かと思ったわ?」
「……う……」
「だから義兄さん達と相談していたのよ。身体が弱る一方なのに部屋に閉じ籠りがちだし流石に不味いってね?」
これはとても言い訳出来ない。だって私はインドア派で表に出たくなかったから。そうなったのは体調が良かった時に調子に乗って庭で遊んでいたらその後寝込んだのが原因だけど。まあ私の場合は貴族の子供向けに作られた絵本が綺麗でそっちの方が好きだったのも本当だ。
叔母様の暴露のお陰でとてもシリアスな空気じゃなくなってしまった。だけどこれで良かったのかも知れない。
「それでルイーゼ、その話って何かしら?」
「ええと……私、将来どうなるかを知ってしまったの」
「……それは……将来の予知、と言う事?」
「そうなのかな? 多分そうだと思います」
「それで? 一体何を知ってしまったの?」
「……ええと……何をしても私は死んでしまうの。自殺や事故、殺されたりとか……アカデメイアの正規生になって少しすると平民の女の子と出会って、周囲の男の人が全員その子の味方になって私は何をしても絶対死んじゃうの」
流石に私の「死ぬ」と言う言葉に叔母様の表情が険しく変わる。考えてみると四歳の子供が口にするには重過ぎる単語だし、それが自分の死についてなら不吉極まりない。
だけど叔母様は怖い位真剣な目で私を見た。
「……その平民の子の名前は分かる?」
「ええと……マリエル・ティーシフォン、かな」
私が主人公の名を答えると叔母様は驚いた顔に変わる。だけど少し考えると独白する様に呟いた。
「……変ね。グレートリーフにそんな名前の村は無かった筈だけど……それにアカデメイアってアリストクラッツの事でしょう? 平民の子が入れる筈がないわ?」
「あ、確か男爵が後見人だった筈です。その子は凄く魔法の才能があって、特別に入学するの」
叔母様は首を傾げる。普通、平民なら姓は集落の名前がそのまま付けられる。例えば何処其処の村のマリエルと言う意味の名前で出身地が分かる。多分戸籍みたいな物だ。
「……それで周囲の男の子っていうのは? まさかそちらの名前まで分かるの?」
「えっと確かシルヴァン王子、侯爵家のバスティアン、騎士長の息子マティス、それから辺境伯家のヒューゴ……だったかな? あ、他にもレイモンドって人もいたかも……」
私は叔母様に尋ねられた事に素直に答えた。主人公と攻略対象は有名だったしプレイしてなくても覚えている。これだけはっきり思い出せるのに日本にいた筈の私自身に関する記憶だけは思い出せないのが不思議な位だ。だけど叔母様は深刻な顔で木剣で素振りをしていたリオンを呼びつける。
「――リオン! アーサー――お父様は今何処?」
「……え? 父さんは兄さん達と一緒に馬車の片付けをしてると思うけど。多分厩舎にまだいると思うよ? エポックとルーラーの身体を洗ってやるって言ってたし」
「じゃあリオン、先に戻ってアーサーに聞きたい大事な話があるって、母さんが言ってたって伝えてきて頂戴!」
「え……うん、分かった」
リオンはすぐにそう答えると木剣を腰帯に差して駆け出そうとする。だけど走り出す直前に一度だけ私を見て手を振ってみせた。それで私も思わず手を振りかえす。そしてリオンの姿が小さくなって見えなくなった頃、叔母様は私をしっかりと抱き寄せた。それで私はきょとんとする。
「……何故、そんな大事な事を黙っていたの!」
「え、でも……こんな事、信じて貰えないだろうし……」
叔母様は辛そうに顔を歪めている。だけど私は展開が急過ぎていまいち思考がついていけてない。一つだけ分かるのはきっと今の私は私史上これまでに無い位四歳児らしい呆けた表情をしているんだろうなと言う事だけだ。結局叔母様はため息をつくと私に笑い掛けた。
「……そうかも知れないわね。ルイーゼ、気付いてあげられなくてごめんね。だけどもう大丈夫、必ず何とかしてあげるから……さあ、今日はもう帰りましょうか」
そう言って立ち上がると叔母様はリオンが走って行った道を歩き始める。私は状況が飲み込めていなかったけれど何も言わず叔母様の胸で目を閉じる。泣いて疲れた所為もあってそのまま眠ってしまったけれど、それから自分が死ぬ悪夢を見る事は随分と少なくなった。