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悪役令嬢マリールイーゼは生き延びたい。  作者: いすゞこみち
アカデメイア/準生徒編(12歳〜)
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69 特待生の指導役

「――急にごめんなさいね、マリールイーゼ」


 準生徒三年生になってから一〇日程が過ぎた頃、私はテレーズ先生に教導官室に呼ばれた。


 テレーズ先生は一年が過ぎてあの時に問題を起こした正規生が卒業すると私の面倒を見るのが終了した。その後は正規生からも陰口を叩かれた事も嫌がらせを受けた事もない。お母様の教育担当だった事も考えると信用出来る先生だ。


「……いえ、だいじょうぶ、です……それで、なんですか……?」


 私はそう答えると自分の喉を押さえた。声は少し出せる様になりつつある。だけど蚊の鳴く様な小さな声で大きな声はまだ出せない。緊張していると声を出そうとする時に喉が麻痺したみたいになって話せなくなるんだよね。


 だけど不思議とテレーズ先生を前にすると緊張しない。この先生は人の話を聞かないなんて事はしない。良くも悪くも全部聞こうとしてくれる。そう言う意味では徹底して公平だ。


 私が何とか声を出して答えると先生は目を細くして笑った。


「声が出る様になって少し安心しました。ですが無理をしてはいけませんよ? 少しでも辛いと思ったなら声にしなくても構いません。全教導職員に通達してありますから今はただ穏やかに過ごしてくださいな。フランク氏からもそう承っています」


 それを聞いて私は苦笑した。先生達も人間だから対応はそれぞれ違う。例えば気遣ってくれる先生もいれば徹底して私に答えさせない先生もいる。結果としてはどちらも『声を無理に出させない』だけどその取った方法から色々見える事がある。


 テレーズ先生から学んでいるレディクラフトはそう言う人間観察が基本だ。先ず相手が自分に好意的かそうでないかを見極める事から全てが始まる。どんなに言葉が丁寧でもニュアンスが違うし端々に自然と本音が現れるのが人間だ。


 一番分かり易いのが好意的だと深く察しようとしてくれるけどそうでないと浅くしか受け取らない。悪意や敵意を抱いていると人は声音が変わるし浅い揚げ足取りばかりしようとする。


 王族が曖昧な言い方をする事が多いのは揚げ足取りをさせない為だ。これはイジメにも共通していて見下した相手の言葉は最初から聞く気が全くない。だから分かって貰おうと懸命に言葉を重ねるほど相手に揚げ足取りの機会だけを与えてしまう。


 そう言う意味ではアンジェリンお姉ちゃんはレディクラフトの天才かも知れない。ゆっくりした口調でポワポワした空気を常に演出して相手が身構えない様にしてるし信用しているとは言わず『期待しています』と言う。


「……それで……せんせい、ごようは、なんですか……?」


 私は一番気になっていた呼ばれた理由を尋ねた。テレーズ先生は私を見てにっこり笑う。


「実は今回、実験的に特別待遇生徒という取り組みを行う事になったのです。準生徒と似た仕組みですが受け入れ対象は下流貴族になります。これは今期の貴方達が仲良くなり過ぎてしまったので今後の入学者との隔絶が懸念された為ですね」


「……ああ……そういうこと、ですか……」


 苦笑するテレーズ先生に言われて私はやっと合点がいった。


 今期の私達、準生徒は異様に仲が良い。その仲の良さはこれまでの準生徒と比べても明らかに違う。勿論これは皆が私の事情を知ってしまった事も大きいけどその前段階の時点で既に懸念されていたそうだ。


 要するに、仲が良過ぎて他の子息令嬢が入れない仲良しグループが完全に固定化しつつある。公爵家令嬢の部屋に辺境伯家や伯爵家の令嬢が来てお泊まり会をする事なんてこれまでの準生徒ではなかったそうだ。私の部屋が教導寮にある所為でそれが発覚するのも早かったって事だよね。


 元々『準生徒』っていう制度は上流貴族の子供達が権威を持ち出さない交友関係を築く事を目的にしている。だけど今期の準生徒は適応性が高過ぎて別の問題が浮上してきた、と。


「――まあ、その中心にいるのが貴方だとアカデメイア顧問会で判断されたという事です。それも王族のシルヴァンやアンジェリンまでもが自分から貴方の元に足繁く通っていますしね」

「……あ、あはは……」


 アンジェリンお姉ちゃんはさておいて、シルヴァン達は私の処というよりリオンの処に来てるんだけどなあ。リオンは元々大らかな性格で権威に物怖じしない。まあアレクトー家自体が王族の親戚筋というのも大きいけど貴族家に生まれた子供からすればさぞかし新鮮で魅力的だっただろう。


 特に王子様のシルヴァンにとって肩を並べる相手なんていなかっただろうし。リオンみたいにはっきりと物を言う同年代の男子なんていなかったから興味の方が大きいと思う。実際バスティアンやヒューゴは今でも彼を様付けで呼んでるしね。


 そしてテレーズ先生は私の顔をじっと見てから言った。


「――それで現在、既に特別待遇生の選考が行われて二人枠の内一人目が確定したんですが、その一人目が貴方を指名したのですよ。今回の先行入学は原則先輩と組んで貰う形になっていますから……彼女はクラリス・デュトワ。一〇歳の少女です」


 ……あれ? なんだろう、『デュトワ』って家名、何処かで聞いた気がする。それで悩んでいるとテレーズ先生が苦笑して教えてくれた。


「貴方の主治医、フランク・デュトワ医師のお孫さんに当たる少女です。お祖父様から貴方の話を聞いていたそうで入学するのなら是非貴方と一緒が良いと言うのが彼女の希望です」

「……あ。フランクせんせいの……」


「ええ。それにね、彼女はまだ幼く素直ですから貴方の相手をするのに適していると私も考えています。貴方の現状を鑑みると良い影響があるかも知れません」


 ……あー、そう言う事かあ。


 テレーズ先生の言葉で私はやっと理解した。きっと特待生の実験は本当だと思うけどこれは指導すると言うより私の治療がメインだ。小さい子は素直だし初めて会う相手なら私も身構える必要が無い、と言う理由だと思う。だから恐らくフランク先生のお孫さんが選ばれたのも偶然じゃない。


 それに話を聞いて最初はそんな余裕は無いと思っていたけどフランク先生の関係者なら話は別だ。だってフランク先生は先日の事件で唯一の第三者だから。私の事情に巻き込んでしまった所為で秘密を共有させられてしまった。


「……わかりました。おうけ、します……」

「そうですか。それはこちらもとても助かります」


「……でも、あとひとり、って……?」


 だけど私がそう尋ねるとテレーズ先生は少し困った様子に変わる。


「……もう一人も男爵令嬢なのですが……そちらは少し問題があるのです。ですから選考は通ったものの、面談次第では採用されない可能性もあります。もし採用されればそちらも貴方にお願いする可能性もありますが、恐らく厳しいでしょうね」


「……そうですか……それで、いつからですか……?」

「クラリスは一ヶ月後を予定しています。但しあくまで実験的な物なので一般寮ではなく、貴方と同室になる可能性が非常に高くなります。もしお嫌なら別室を準備をしますからね?」


 それで結局、私は同室で構わないと答えた。だって今の部屋は私一人で使うには広すぎるし。今も衝立(ついたて)を立てて部屋の三分の一は一切使ってないから全く問題がない。


 それに……一〇歳の女の子がいきなり右も左も分からない中で一人で暮らすのはきっと辛いと思う。私の一〇歳の頃って叔母様のお家でこんな広い部屋じゃなかったし、叔母様やリオン達もいてくれたから寂しいと感じる事もなかった。


 だけど……どんな子なんだろう? そう言えば私って末っ子だったから歳下の子と話した事が無いんだよね。ちょっと不安だけどフランク先生のお孫さんだし、きっと良い子だよね。


 こうして私は特待生の指導生をする事になったのだった。


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