68 一年の猶予
テレーズ先生が言ってくれた様に正規生四年生が卒業するまでの間、私は本当に平和に過ごす事が出来た。
その間はレディクラフトについてテレーズ先生に教えて貰ったり、授業を受けたり。ある意味理想的な学校生活を送れたんじゃないかなって自分でも思う。
アカデメイアは前期三ヶ月、後期三ヶ月の合計六ヶ月しか授業がない。謝肉祭の時だけは雪なんかの問題があるから一月長くなっているけどその分夏季休暇は一ヶ月短い。前期の開始は九月だから私達準生徒が入学したのも九月だった。一年の半分しか授業がない所為か案外あっさりした感じだ。
ただ、準生徒は毎年入学する訳じゃなくてある程度の人数が揃った状態で入学する。上流貴族の子供が少なければ当然入学しない期間もそれなりに長くなる。アンジェリンお姉ちゃんがどうして私達と同時期に入学したのかと言うと単に他に同期になる子供がいなかった為だったなんて気付いてなかった。
私は十四歳になった。アカデメイア入学の時期が年度の開始で数え年もその時期に加算される。セシリアは私と同じ十四歳でルーシーは一つ年下の十三歳。リオンとシルヴァンは十五歳でバスティアンとヒューゴは同じ十四歳。アンジェリンお姉ちゃんは十六歳だ。正規生は四年間だから私が十五歳になるのと同時に正規生になる事になる。
エマさんと友人のカーラさん、ソレイユさんは十八歳で正規生四年生だから私達が正規生になる頃には卒業する。寂しいけど学校生活では先輩が先に卒業するのは当然だから仕方ない。
そして来年になれば現騎士団長の子供、マティスが入学してくる。それにイースラフトからは留学生のレイモンドも。彼らはシルヴァン達と違ってゼロからの出会いだ。良い関係が構築出来れば良いけど上手くいくとも限らない。だって私は登場人物を知っているだけで性格までは知らないからだ。
何よりも問題なのが――主人公、マリエル・ティーシフォンも遂に入学してくると言う事だった。実はマリエルがどんな外見をしているかを私は殆ど知らないのだ。
だって乙女ゲームの主人公って基本的に地味にまとまっている方が多いと思うし彼女は本来平民出身だ。話題に上がる事も殆どなかった筈だし目の色が私が青、彼女が赤くらいしか私の記憶にも無い。
攻略対象の男子は基本的に魅力的になる。当然ライバルの悪役令嬢も主人公と比べて眉目秀麗になり易い筈だ。だって主人公とは違う意味で美しくないとライバルになっても地味子同士の争いにしかならないから。だから主人公は綺麗系じゃなくて可愛い元気系になるんじゃないかな。
それに多分だけど……この学校の生徒は生粋の貴族ばかりで殆ど全員が髪を結える様に長く伸ばしている。勿論短い人もいるけど七割以上が長髪だし私も長い。マリエルの場合は元気系可愛いだと思うから短めの髪である可能性がかなり高い。
まあ残り一年は余裕があると分かっているのが救いだ。ゲームでは存在しなかったリオンもいてくれるし、シルヴァン達も英雄一族の事情を知った上で一緒にいてくれる。最悪、攻略対象の二人が私と反りが合わなくてもシルヴァン達はこれからも私の話を聞いてくれるだろうし良い友人でいてくれる筈だ。
だけど皆歳が上がって随分見た目も変わった。特に男子は声変わりがあった所為でかなり声が違っている。全員がいわゆるイケメンボイスになってるし身長も大分伸びている。特にリオンは私より頭一つ高い。
勿論女子だってかなり成長した。セシリアは身長は少し伸びたけど胸も伸びた。伸びたと言うか増量された。ルーシーも胸が目立つ様になったしちょっぴりお姉さんぽくなった。
だけど私は全然変わらなかった。身長はほんのちょっぴり高くなったけど胸は相変わらず無いままだ。いやまあ確かに微量は増えた気もするけどセシリアやルーシーに比べたらほぼ全く成長してないと言った方が早い。これを特に思い知らされたのは一緒に入浴した時だった。
入浴、とは言っても全員で一緒に入れる大風呂なんてこの世界には無い。精々一人入れる湯桶があって髪を洗うのを手伝ったりする。何故一人で入らないのかと言うと貴族令嬢は髪を結う為に長く伸ばしているからだ。とてもじゃないけど一人で洗いきれる量じゃない。きっと一人で入れば髪を洗う内に湯冷めして風邪をひいてしまう。侍女なんて連れて来れないから生徒同士でお互いに助け合うしか無い。
まあ、お風呂は毎回私の部屋に備えつけられた物を使う様になったから毎回必ず私の部屋な訳だけど。やっぱり大人用のお風呂も生徒寮の物に比べると大きくて、二人同時に入る位なら出来るからだ。つまり嫌でも相手の生の身体が目に入る。
いや、分かってたよ? だって悪役令嬢と呼ばれたマリールイーゼは一人だけ少女っぽい華奢な外見だった筈だし? 同じ私がそれ以上にもそれ以下にもなる訳がないじゃん? つまり私はこの後もロリ体型のままって事だ。ちょっと挫けそうになるけど生き延びる事が最優先だから僻んでる暇は無い。本当に無いよ? 無い無い。全然平気。大丈夫。多分。きっと。別にルーシーに最近お姉さんぽい態度を取られるとか関係ない。
だけど私はこの時、大事な事を失念していた。そう、マリエル・ティーシフォンが元平民だった事だ。アカデメイアと言う施設は基本的に貴族しかいない。つまり貴族としての知識が無い平民がいきなり上手く立ち回れる場所じゃない。
なら当然貴族としての振る舞いを学ぶ必要がある。じゃあそれを一体何処で学ぶのか。普通なら養子になった家で教育を受けるのが定番だけど色々な事情があった場合はどうするのか。
アカデメイアと言う学校の性質。彼女の養子先であるティーシフォン家が泡沫貴族と呼ばれる男爵家である事。そしてそんな男爵は立場の関係で独身が多い事を私は知らなかった。